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守護の目覚め② ~守護の熱 第十一話

「ああ、昨日、振り込んだから、給料、確認しておいてな」
「わかりました」
「お疲れ様。遅くまでやってもらった分は、いつもの倍、ついてる筈だから」
「ありがとうございます」

 翌日の学校の帰りに、商店街の外れのATMのコーナーで記帳し、アルバイトの給料を確認した。金額を見た。周囲には、待ってる人もいない。俺は、ある衝動に駆られた。

 五十万円を下した。封筒に入れると、既視感があった。

 清乃が、ヤクザに渡していた、金の入っていたであろう、それを思い出していた。分厚さは解らなかった。五十万って、こんな感じなんだ。使われた札だろうから、膨らみがあるのかもしれないが・・・、重さは、教科書よりも軽かった。

 そうだ。今日は、水曜日だった。このまま、星見の丘に向かった。

 ・・・彼女が来るかもしれない・・・。

 しばらく、待った。日が伸びたから、まだ、星が出る時間でもない。桜も散り、新緑の森が、丘から見えた。周囲の木々も、そんな感じだった。暫く、俺は、そこで、ひっそりと、意味もなく、待った。約束はしていなかったから、会える確率は低いのだが・・・

 気づくと、五時を回っていた。なんとなく、転寝してしまっていた。

 あ、金は?・・・大丈夫だ。

 通学の肩掛けカバンの、チャックのポケットを探ると、ちゃんとあった。

 俺は、ふー、と溜息をついた。こんな所で、待ってたって仕方がない。まずは、坂を降りた。自販機の前には、誰もいなかった。右に折れ、一旦、立ち止まった。

「よし」

 俺は、意を決した。居たら、話をしよう。居なかったら、それでいい。・・・俺は、そのまま、一度、行ったことのある、清乃のアパートの前に行った。すると、そこから、金髪の派手な服装の感じの女が出てきた。

「姉さん、じゃあねえ。私、これからだから」
「まあ、気張って・・・あ」
「あら?・・・お客さん?学生服じゃない、」
「違うわよ」
「そういう意味じゃないわよ、普通の、お客さん」
「ふふふ」
「・・・んー、でもぉ」

 その金髪の女は、俺のことを上から下に見てから、周りを歩き回った。

「・・・へえ、いい収穫が期待できそうな」
「ふふふ、やめてよ、真面目な地元の学生さんなんだから」
「『青』の申し込みも、早いとあるんじゃない、そろそろ」
「はあ、どうかしらねえ」
「後に繋がれば、いいんじゃないの?」
「さあねえ」
「じゃ、行くわね。ごゆっくり~」

 金髪の女は、俺を一瞥して、ニコリと笑って、手を振って、歩いていった。派手な化粧で、厚底のサンダル、身体に張り付いたようなニットのワンピースを着ていた。手の振り方が、違うが・・・手を振るのは、何か、そういう感じもあるのか?・・・多分、そういうことだろう、同業者なのかもしれない、俺は、そう思った。

「何?ああ、これから、丘に行くの?」
「ああ、いえ、・・・あの、話が」
「・・・んー、そう・・・まあ、いいよ。入って」

 煙草の臭いがしていた。彼女の吸っていたものと違った。俺が眉を顰めているのに、気づいたのか、彼女は、窓を開けた。その後、卓袱台の上のマグカップを流しに下げて、洗い始めた。

「ああ、窓んとこ、座ったら?風が気持ちいから、そこ」

 この部屋の向こうも、反対側の、坂の下の風景が広がっているのか・・・。俺は、一目で、この場所が、特等席だと感じた。俺の部屋から見える星空も、その一つなのだが。友達の家でも、窓から切り取れるように、風景が良い部屋は、他に見たことがなかった。外での景色は「星見が丘」が一番なのだが。この部屋から見る、180度逆側の風景を、初めて知った。

「ふふん、いいでしょう?」
「あ、はい・・・」
「きっと、気に入るかと思ってね」
「なんで、今・・・」
「だって、こないだ、もう、夜だったじゃない」
「ああ、そうか」
「はい、どうぞ」

 そう言うと、また、こないだの、ミルク多めのコーヒーが、マグカップに入れられて、出てきた。彼女は、こないだ、俺が座った側に、卓袱台を挟んで、座った。

「ああ、良かったら、そこに座ったままでもいいよ」
「いいんですか?行儀悪いですけど」
「私ね、一人の時は、そこで、コーヒーと煙草、飲むからさ」
「じゃあ、尚のこと、俺がとったら・・・」
「うふふ、君のあの丘と一緒だよ、今日は譲るから」
「あ・・・そうか、なるほど」

 なんか、同じ感じのこと、なんだな。気に入るのが。・・・なんだか、不思議と、落ち着いてきた。

「で、用事があるんでしょ?ふふふ」
「あ、・・・はい」

 そうだ、金のこと、だった。安堵から、一気に緊張の感じだ。足元に置いた、肩掛けカバンを空け、チャックのポケットを開ける。封筒を手にする。躊躇する。

「ああ、やっぱり、こっちに」
「どうした?ああ、例の彼女と、何か、あった?」

 なんか、言ってるが、関係ない。俺は、正座した。

「違います。これ」

 俺は、すかさず、銀行の封筒を、彼女の前に差し出し、卓袱台ちゃぶだいに置いた。

「何?これ」
「あの、・・・使ってください」
「え?・・・なんだろう・・・?」
「どうぞ」

 彼女の手元に向かって、封筒を押し出した。彼女は、まさか、金とは思わないだろう感じで、それを覗き込んだ。そして、俺の顔を、じっと見てきた。

「何?これ」

 最初と、同じ言い方だ。

「あ、・・・これ、少ないんですけど、使ってください」
「?・・・意味が解らないんだけど」
「えっと・・・その、仕事、辞めた方がいいと思って。こないだも言ったんですけど」

 彼女は、腕組みをして、その封筒を見つめた。

「どういうつもりか、解らないんだけど、これは、ダメじゃない?」
「いや、いいんです」
「じゃなくて、君、アルバイトして貯めたお金でしょ?地元の半場で、頑張ってるんでしょ」

 あ、知ってるのか?やはり、狭い地域だからか・・・。

「そうそう、こないだね、お客さんから、熱心な子がいるって聞いたんだよね。地主の息子さんなのに、大学に行く学費を、今から、自分で稼いでいるんだ、って」

 「お客さん」って・・・、

「まあ、そんな尊いお金でしょ。その通り、使わないとダメなんじゃないのかな?」
「いや、その・・・借金があるって、だから、あそこで仕事をしてるって」
「・・・ふふふ、誰から聞いたんだか・・・地主さんだから、恵んでくれる、ってことかな?」
「違います。親父は、関係ないです」
「そうよねえ、お父さんが、私のような立場の女に、お金渡して来い、っていう訳ないもんねえ」
「・・・俺の考えです」

 クスクスと、清乃は笑った。

「どうしようかなあ」
「え?」
「なんて、言ってあげれば、いいんだろう?・・・今、何パターンか、考えてるんだけど」

 どういう意味だろうか?

「聞く?」
「あ、・・・はい」
「まず、Aパターン。今の話の延長。つまり、これは、従来通り、君が当初の目的通り、自分の将来の為に使うものでしょ?受け取れないし、まず、そういう理由もないから」
「でも・・・」
「次ね、Bパターン。もしも、狡い、悪いおばさんだったら、そのまま、頂いたりしてね・・・でも、多分、仕事は辞めないよ」

 つまりは、断る為の、それ前提の話、まあ、そうなのかもしれないが・・・。

「これ、五十万あります。後、いくらあれば、借金が終わって、ここを出られるんですか?」
「・・・凄いねえ。そんなに?本当だ。・・・だとしたら、余計、ダメよ、こんなの」
「それは・・・」
「なんで、そこまでするのかなあ?ああ、ずっと、この所、修羅場、見ちゃったからかな」
「それも、あります」
「そのバッチ・・・箕野沢中央高校って、特進行ってる子は、県内ではトップクラスなんだって?君、辻さんとこの次男なんでしょ?東都大学に行って、将来は弁護士になるんだよね?」
「・・・え、なんで、また、それを」
「知ってるのよ、私の情報源はね、『お客さん』・・・まあ、輝かしい未来が待っている少年が、まず、ここで話してるだけで、傷がつくっていうものよ」
「・・・」
「解った?・・・あとね、私なんかに、お金渡すの、意味、解ってんの?」
「え?」
「じゃあ、これがラスト、Cパターンね。私がこれを、受け取るのは、その実、簡単なことよ。この金額に合った取引ができる条件を作ればいいのよ」
「・・・?」

 クスクスと、彼女は笑いながら、煙草に火を点けた。こないだの甘い匂いが、部屋に拡がる。近づいて、顔を覗き込んだ。今度は、本当に、覗き込まれた。至近距離で、横を向き、煙草の煙を遠ざけた。

「解んなかったら、お金、受け取らないよ、少年・・・今、何歳なの?受験生って、いくつになる計算かな・・・えーと?」

 あ・・・。

 こんな所で、クラスの奴等の会話が浮かんできた。

「お誕生日、いつ?受け取ってもらいたかったら、それ過ぎてから、もう一回、おいで」
「・・・」
「はい、これ、しまって、帰りなさい、じゃあね」
「・・・あの、来月の半ばに」
「・・・そう、へえ、もう、間もなくじゃないの、解ったわ、待ってるから」
「・・・」
「意味、解った、よね?・・・お祝いしてあげるから、その時に」
「・・・わかりました。その時に伺います。失礼します」

 俺は、封筒をカバンにしまうと、清乃の部屋を出た。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 清乃は、そう言えば、俺が怖気づいて、二度と来ない、と踏んだのだろう。

 帰り道、頭の中で、きっとそうだ、と思った。

 俺を、子ども扱いしている。そうだ。貴女から見たら、その時の俺は、本当に、子どもだったに違いないから。
                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 「守護の目覚め②」守護の熱 第十一話

雅弥は、真面目で、正義感。将来は、弁護士で人を援けたい。
ちょっと、それとは違うけど、清乃の今の境遇が、
このままではいけないと思い始めて、
今回は、結構、思い切った行動に出てしまいましたが・・・。
お話は結構、長い連載になってきました。
次回は第十二話「兄の慧眼」です。お楽しみに。
ここまでのお話、こちらのマガジンで纏め読みできます。
前段をまだ、御覧になってない方、是非、ご一読、お勧めします。



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