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椿 堂 その二 舞って紅 第四話

「今度、アグゥとするから、大丈夫じゃ・・・」
「え?」
「だから、アグゥと訓練する」
「・・・アグゥ殿は、アカ、お前の父者ててじゃだ」
「うん、だから?」
「アカ、それは、違う。普段の闘いの訓練と違う。・・・父者とはできない」
「何故じゃ?」
「何故って、実の親子だから」
「解らぬ」
「・・・そんなの、ダメだ、アカ」
「だって、それは、一番、好きな男とするものじゃ」
「それは、そうだ。それが一番良いが、・・・父者ではない。血の繋がりのない男とだ」
「我の一番、好きな男は、アグゥ一人じゃ」

 サライは、アカの両肩にかけた手の力を強める。

「痛いよ、サライ、やめて」
「ああ、ごめん。アカ」

 俺は、アカが好きなんだが・・・。

 サライは、アカの両肩から、ゆっくりと、手を外した。

 アカがまだ、印を得たばかりで、幼いのは解る。だから、すぐに「流れの印」の役割になれないのは解る。でも、恋仲にはなれないだろうか?気持を、互いに確認して、先の約束をする約束、をする、というのか・・・。今のを聞くと、アカの好きな男というのは・・・?

「俺は、・・・アカが好きだ」
「うん、知ってる。戦の前にも、サライは、教えてくれた」
「まあ、そうだが、教えたというより、告げ事をしたつもりだったんだがな・・・」
「・・・告げ事って、えーと・・・」
「あの、前の晩は、眠れなかった。あの後、色々とあって、戦の準備で、ウズメ殿に呼ばれたり、忙しくして、あまり、会えなんだが」
「告げ事って、・・・あああ、好きだって、教えるやつだ!」
「だから、お前、今、そういっただろう?」
「えー・・・」
「なんだ?」
「えー、そうなのか?」
「そうだ」
「えー、サライ、アカのこと、そんな風に・・・?」
「今、解ったのか?」
「うん・・・わあ、びっくりしたあ」
「えー、じゃあ、なんだったんだ?! 蜂の子、口移ししたのとか、俺は、解ってて、交わしたと感じていたのに・・・?!」
「・・・そ、そういうやつだったのか?あれ?」
「そうだよ・・・」
「蜂の子のことしか、覚えてない。小さくて、プチプチして・・・甘かったんだ」
「いいよ。俺は、全部、覚えてる。脳天が痺れる程、お前が良かった」
「良かったって?痺れるって?」
「・・・んー」
「少しずつしか、くれなかった。だから、何度も、何度も・・・わあ・・・」
「はあ・・・ようやっと、解ったか?」
「そっか、意地悪で半分、分けてくれないと思ってたから」
「全部、やったよ、結局」
「蜂の子、要らなかったのか、サライは?」
「いいよ、怒ればいい。騙したんだ。息作りしたくて」
「わあーっ」

  今頃、慌ててもな・・・。でも、そうなのか。解ったんだったら?

「嫌だったか?」
「んー、蜂の子しか、覚えてない。吸いついたら、甘い蜜が口の中に来て」
「俺が、流しこんでやった」
「んー、きぶくなかった。自分で食べると、きぶいけど、美味しかった。甘いとこだけが来た」
「はあ・・・」

 可愛い。そんなこと言うなよ。

「蜂の子ないけど、できるぞ」
「蜂の子ないなら、いらない」
「えー」
「だって、ないから、赤子の母者のものになったから」
「あああ」
「んー・・・」

 アカは、少し黙っていた。少しして、何か、考え、思いついたように、サライに尋ねた。

「サライは、戦、辛かったか?」
「まあ、そうだな。でも、仕事だから」
「アカのとこ、帰りたかったのか?」
「え?・・・あー、勿論、そうだ。その通りだ、アカ」

 膝を抱えて、遠くを見ながら、そんなことを言う。なんか、いつも狡い、そして上手い。

「じゃあ、いいよ。アカの土産は、甘い蜂の子じゃ。サライも、ご褒美が欲しいのじゃろう?だったら、アカがご褒美」
「え・・・」

 唐突だな。アカなりに考えたのかもしれないけど、言葉通りに取ったら、いけないのだろうな・・・でも、これは、良い機会かも知れぬが・・・。

「アカがご褒美になる。蜂の子なしのやつ」

 ああ、だろうな。・・・それにしても、いいのか?解ってるのか?アカ。

「いいのか?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
「じゃあ、そうだな。あそこ、窟の中、もうそろ、一番星が見える。あの明り取りの岩間から、月灯りと一緒に」
「行ったことあるのか?」
「ない」

 夫婦になると決めた、若い二人が行くという窟がある。・・・アカには、どうだろうか?・・・意味が解るだろうか。

「アカと行きたかった」
「・・・そうか、やっぱり、そういうお返事か」
「解ってきたな?」
「想い合う二人が、行くとこじゃ」
「そう」
「うん、わかった、いいよ」

 アカが、素直に手を繋いできた。夕暮れの風と、夜の気配は、アカの雰囲気を一気に変えたような気がした。身体を寄せてきた。・・・なんなんだ。こんなの上手い流れみたいだ。やっぱり、天性なのか。さっきまで、あんなに、蜂の子ばかりだったのにな・・・。

 窟は、少し入り口が掘ってあり、斜めになった地面を下る。中が、それとなく、外からは見えにくくなっていた。明り取りの月だけでは、暗くなってきていた。真っ暗になる前にと、サライは、火打石を出して、備えてある、たき火の設えに灯を燈した。

 サライが、アカを見ると、アカは、火の側に腰を下ろした。少し、寂しそうに微笑んだ。瞳が潤んでいるように見えた。

「サライ、死ななくて、良かった」
「うん、帰ってこれた」
「本当に良かった」

 アカは、サライに抱きついた。

「暗くなって来たら、戦のこと、怖くなった。蜂の子も嬉しかった。あれだって、失敗すれば、刺される。ありがとう、サライ」
「あああ、大歓迎だな。びっくりするよ。すぐ、こうなれば、よかったのだがな・・・」
「ん?」
「ああ、いや、何でもない。あー・・・今の素直なアカは・・・昼の何倍も可愛い・・・」
「そんなこと、サライは言うのか?」
「・・・あー、頑張って、言った」
「そうか、大変だ。恋人の窟だからな」
「窟だからじゃない。本当にそう思うからだ」
「うん、解った」

 アカは、そういうと下を向いたまま、膝を抱えている。サライは、ゆっくり、アカの隣に座り、肩を抱いた。

「いいの?蜂の子ないけど・・・」
「いいよ」

 アカは、微笑んで、目を閉じる。

「あ、流れは、唇は与えないって、好きな男にしか」
「・・・アカ」
「いいよ」

 サライは思った。なんだ。アカ。きっと、ウズメ姉辺りに、もう、全部、聞いているのだろう。印を頂いた時に、きっと。それは、決まり事だ。

 それは、実は、二人にとっては、既知だった。蜂の子がなくても、アカは大人のそれができた。そうだ、蜂の子で練習したから・・・だ。窟に、弾ける音が響く。

「はぁん・・・頭が痺れるって、これのことか?」
「そう、感じたのか?」
「起きてられない・・・」
「ゆっくり、横になるといい、大丈夫じゃ、支えておるから、身体を預けて。頭を地に打つことはないから」
「すまない、サライ。・・・最近、走ると痛いんじゃ」
「どこか、悪いのか?」

 アカは、首を横に降る。アカの薄紅の上位の袷から、齢の割には育っている、胸の谷間が、それを見降ろす、サライから見て取れた。

「しっかりと、薄布で巻いて支えて、訓練しているのだが・・・ああ、今はない。いつもしていると苦しい・・・」
「痛いって、ここ、のことか?」

 小さく、アカは頷き、ゆっくり目を閉じた。

「いいのか?」

 アカは、そのまま頷く。やっぱり、知ってる。それにしても、躊躇がないのか・・・?サライは、多少、不思議に思いながら、そのアカの上衣の袷をゆっくり引いた。

 アカは、顎を上げて、甘えるような仕草をした。齢の割に、そぐわぬ程の豊かな膨らみが現れた。

「綺麗だ・・・アカ・・・え?」

 右の胸の外側に、赤い印を見つけた。

「アカ?」
「だから・・・」
「・・・どういうことなんだ?・・・まさか、お前・・・」
「我が好きなのは・・・」

 サライは、アカの言っていたことの意味を、瞬時に感じ取っていた。

                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 「椿堂 その二」 舞って紅 第四話

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 この出来事は、互いにその後に大きく楔を打つことに・・・。
 次回「椿堂 その三」をお楽しみになさってください。

 ここまでのお話は、こちらのマガジンから、ご覧いただけます。



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