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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #64.0

駅を降りてからぎこちない会話をいくつか交わして、家に着いた。妹は部活だし、母親は仕事だろう。おなじみのシチュエーションだが、最近出演者がいつもより一人多い。僕はふわふわとした緊張感に包まれながら、ドレラを案内し、お茶を出し、着替えてから自分の部屋に戻った。ドレラはその間特になにをするでもなく正座して待っていた。

僕は机の引き出しを漁り、通帳を見つけ出して、ドレラの横に座った。

通帳をテーブルの上に置くと、それを見てドレラは言った。

「キネン君はお金持ちになりたい?」

「そうだなぁ、無いよりはあった方が良いけど、たくさんあっても何に使って良いかわからないな」

「豪華客船で世界旅行とか、美女を侍らすとか」

「侍らすて。いや、好きな人が側にいてくれればいいし、その人が大変な思いをしないくらいのお金は欲しいかな」

「ふうん」

「もっとマッチョな感じの方がいいかな?海賊王に俺はなる、的な」

僕の精一杯のジョークは彼女には通じなかったらしく、不思議そうに僕を見た。

「ドレラは?」

「私?私も同じかな。あ、でもおっきな水槽を買ってブラックゴーストをいっぱい育てたい。あと他の動物も一緒に暮らしたいから広い土地が欲しい」

「同じなのかな、結構お金かかりそうだけど」


「そう?あ、あとどっかの王様だか富豪がやったみたいに、スーパースターを呼んで自分のためだけのライブを開催して欲しい」

「もちろん、呼ぶアーティストは?」

「イギー・ポップ!」

「でも申し訳ないから私だけじゃなく他の人も観に来れるようにする。あ、広い場所も必要になるからやっぱりお金かかっちゃうかも」

ようやくいつもの調子に戻る。そして他愛もない会話が堪らなく楽しい。

「えっと、じゃあ入力するね」

スマートフォンと通帳を見比べながら慎重に入力していく。
彼女はそれをまるで自分も一緒に操作するかのように真剣な眼差しで追いかける。そして彼女がスマホを見るために腕を動かす度に袖が僕の手に触れる。そして髪の毛の柔らかな香りが鼻をくすぐる。正直まともでいることができなくなりそうだったが、必死で堪えた。

なんとか入力を終えて、目配せすると、彼女もそっと小さく肯いた。
僕は送信ボタンをタップし、画面上で完了したことを確認し、天井を見上げ一息ついた。

「これで大丈夫なはず。あとはイギーを信じて待つだけだね」

「うん」

ほっと一息といったところだ。うまくいくことを願う。

「じゃあお腹すいたからラーメン食べに行こ」

「へ?」

「なんかいろんな感情がぐるぐるしちゃったからお腹すいたの、だめ?」

「いや、いいけど」

「決まり。行こ。そうだ、ミキオも部活終わるころだし誘ってみよ」

「いや、迷惑じゃ…」

「いや、あの子は来る」

謎の確信を持つ彼女は、すぐにスマートフォンでメッセージを作成し送信した。内心、ドレラと二人で、という思いもあったが、それはそれ、ミキオ君が嫌なわけじゃない。

通帳を然るべきところにしまい、後片付けをして家を出た。ジーンズにTシャツ、平凡を具現化したような容姿の僕と、制服姿の可憐な少女。気にしすぎなのかもしれないけどやっぱり不釣り合いな気がしてならなかった。彼女はどう思っているんだろう。

勝手にいたたまれなくなって彼女の少し後ろを伏し目がちに歩く僕に、振り向いて語りかけてきた。

「そのTシャツかわいいね」

「え、そう?」

僕が着ていたのは、なんてことのない真っ赤なTシャツで、正面にプリントで某ハンバーガーショップのポテトを模したイラストが大きく描かれていた。

それでも彼女にかわいいと言われて、なんだか一緒にいることが認められた気がした。僕は一歩前に出て、彼女と並んで歩き始めた。

駅前でミキオ君と合流した。まさに帰るところだったらしく、ちょうどよかったですと彼は言ってくれた。そのまま僕たちは以前行ったお店に向かい入った。前回はキミオ君と来たので、キミオ君とミキオ君がこれでイーヴンになった。

店はこの後混雑しそうな雰囲気で、まばらではあるが席が埋まり始めていた。中華鍋を振るう音や、餃子が焼かれる音が重なり合い、油っぽい匂いが店内に充満していた。僕らは空いているテーブル席を見つけ、座った。

着席して少しすると、前回と同じおばちゃん店員が水を持って注文を聞きにきてくれた。絶妙なタイミングだ。ドレラはもやしラーメン大盛りを、僕はラーメンを注文した。また大盛りにされるかと恐れたが、部活帰りのミキオ君がチャーハンを大盛りにし、餃子まで頼んだからか、何も言われなかった。

「あら、この間の子と違ってしっかり食べるのね。お兄さん、弟さん?」

僕らが来たことを覚えていて、かつ双子に気づくなんて驚きしかなかった。
ドレラも驚いたらしく、「すごいすごい」と感心しきりだった。

おばちゃんが言うには、長年やっているうちに自然と身についた技能らしい。「ようは観察力よ」そういうおばちゃんにドレラは双子の説明をしてあげた。

(続く)




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