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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #58.0

 午後の授業は現代社会からだった。テーマは科学技術の発達と生命で「生命の尊厳」についての授業だった。重要ワードとしてSOLが黒板に黄色いチョークで書かれて、何の略か考えてみろと、頭頂部が薄くなっていて、銀色の細いフレームの眼鏡(心なしか斜めにずれ落ちている)の男性教員が生徒に向かって問いかけていた。
 SOL、なんかの歌で「Suck Of Life」ってあった気がする。suckってどんな意味だろう。まぁ、ろくな意味ではなさそうで、到底答えではなさそうだけれど。考えているうちに授業は進み、教員はSOLの横に英語を書き始めた。どうやら「Sanctity of Life」のことらしく、訳すと「生命の尊厳」になるらしかった。
 「生命の尊厳」と、僕は心の中で呟いてみた。人の命そのものが神聖なものである、みたいな意味らしい(目の前の教師がさっき言ってた)。なんだかとても高尚な言葉の気がするけど、反対にとても空虚な、偽りの言葉のような気もする。難しすぎてよくわからないというのが僕の結論だけれども。

 煮え切らない気持ちのまま授業は終わり、次の理科も数学も僕の頭に何かの足跡を残すことはなかった。帰りのホームルームでは担任が今後の行事のことについて注意事項を話していたが、この後のことで頭がいっぱいで、それどころではなかった。

 終了とともに、机と椅子が床を擦る音が溢れる。振り返るとドレラと目が合った。その瞬間、大事なことを思い出した。僕は立ち上がり、急いで彼女に歩み寄って伝えた。

「今思い出したんだけど、よく考えたら文面をキミオ君に渡してない」

「確かに。でもキミオなら、きっと覚えてるから大丈夫だと思うけど」

 確かにそうかもしれない。でも一応自分としては力作だし、偉そうだけど、微妙なニュアンスも伝えて欲しい気持ちがあった。すると、僕の思いを察したドレラが、
「じゃあ、私にさっきの送って。転送するから」

 不安が顔に出てしまったようで、なんだか恥ずかしかった。慌ててスマートフォンを取り出し、文面をドレラに送った。すぐにドレラの端末に通知が届く。それを軽やかな手付きで捌くと、僕に向かって、

「今送ったよ。これでちゃんとした文章にしてくれるはず。そうだよね、微妙なとこまで考えて作ってくれたんだし、なにより一生懸命やってくれたのに、簡単に大丈夫とかいってごめんね」と言った。

 すべてを見透かされた気がして、こちらのほうが申し訳なくなってしまった。彼女は席を立ち、小さな声で「帰ろっか」と言って、歩き出した。彼女に置いていかれないように、僕も続いた。

 校庭ではいつものように、実に放課後らしい光景が繰り広げられていた。校舎の周辺や校庭の多くの場所に植えられた木々から、トラックを走る男子生徒、ストレッチをする女子生徒から、夏の訪れを告げるような匂いが漂ってくる。それはまるで自分がいる世界とは違う場所のような気がして、ずっとそれを見ていることができなかった。

 そういえばドレラは運動神経は良いのだろうか、隣を歩くドレラをみてふと思う。あまりスポーツをしそうな雰囲気はないけれど、トレーニングウェアとか、ユニフォームとかは似合いそうな気がする。いろいろ聞いてみたい気持ちもあったけれど、過去に触れることにもなりそうなのでやめた。そんなことを考えていたら、校門の少し前の掲示板を見てドレラが突然足を止めた。校内の案内やら今月の予定やらが貼ってある横に、七夕の雰囲気を出した、笹と七夕飾りのイラストが申し訳程度に貼ってあった。

「そういえば今日って七夕だね」

「そうだね」

再び歩きながら会話は続いた。

「あれ?外国で七夕ってあるんだっけ?」

「いや、どうだろ?でも天の川って英語でミルキーウェイって言わないっけ?だったらあるのかな?」

「イギーの曲で七夕のこと歌ってるのはないよねぇ」

「いや、申し訳ないけどイギーと七夕は結びつかないかな」

「あ、でもボウイさんなら似合いそう。星とかについても歌ってそう」

「ジギー・スターダストだし、「スターマン」って歌もあるしね」

「スターマンて彦星のことかな」

「たぶん違うと思うけど」

「帰ったらキミオに聞いてみよ。外国で七夕があるのか」

「そういえば、子どもの頃…」と言いかけて、僕は口を噤んだ。
彼女といるとあまりに普通で(この言い方自体間違っていると思うけれど)、記憶のことなんてすっかり忘れてしまう。だからつい口に出してしまった。

「気にしないで。キネン君の子どもの頃の話聞きたいよ」

「うん、子どものころ、近所の家の前に大きな竹?笹?があって、そこのうちの人がやってたのか、なんか町内会とかがやっていたのかどうかはわからないんだけど、七夕の前に設置されて、それに自由に短冊を飾れるようになってたんだ。テーブルが置いてあって短冊や書くものとかもあって。で、七夕も近いとある日に母親と妹と僕でそこを通りかかったときに、妹が言い出したんだと思うけど、飾ろうってなったんだ。

(続く)





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