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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #63.0

何が起きたのかしばらく飲み込めなくて、世界が静止したみたいに動きを止めてしまった。ドレラも同じみたいだったけど、なんとか口を開いた。

「これ、信じていいのかな?こんなうまくいくかな?詐欺とかじゃないよね?」

「詐欺なら逆じゃない?口座を教えるからお金送れって」

「そっか、あれ、それじゃ僕たちの方が詐欺やってるみたいにみえない?」

キミオ君が間に入った。
「だからこそイギーは君たちを信じてるって言ったんだと思います。藁にもすがる思いで日本の高校生のことを信じたとも言えるし、必死の現れでもありますね。そもそもオフィシャルなところからの返答なので、正式なものであると思っていいでしょうし」

一番冷静なのは間違いなくキミオ君だろう。

「なんか、すごい」

「とりあえず、返信しようよ、信じてくれてありがとうって」

「そ、そうだね。キミオ君、お願いできる?」

「もちろん」

キミオ君は、僕とドレラから伝えたい内容を聞き、その場ですぐに英文にしてくれた。信じてくれたことに感謝し、ビギーを助ける約束を書いてもらった。

「さて、イギーが言ってた口座どうする?私は、ないです」

「僕があるから大丈夫。家に帰ればわかる」

「え、すごーい。バイトとかのため?」

「うん、まぁ、そんなとこ」

実のところ、子どものときからのお年玉とかを貯めておくために作ってもらったものだったけど、なんだか恥ずかしくて言えなかった。

「じゃあ、口座番号入力すれば良いようにしておきますね」

「助かります」

「とにかくビギーを助けられそうだし、よかった」

「でも、ドレラ、イギーとやりとりしてるのにそんなに驚いてないね?」

「え?いや、急展開すぎるし、現実感がなさすぎて受け止められてないだけ」

真実であって欲しいのだけれど、信じられない、まさにそんな気分だった。
僕らは一旦解散し、午後の授業に臨んだ。けれど、気持ちが昂ぶってしまっているせいで、授業に集中することなど到底できず、時間が過ぎるのを待ち続けた。

ドレラはドレラで、時折窓の外を眺めたり、ひたすら何かをぼんやり考えてるような感じだった。

帰るときにミキモト君を見かけたので、ビギーが元気か確認してみたら、とても元気そうだということで、安心した。どうやら世界は僕らに味方してくれているようだった。

そのまま、なんとなく僕とドレラ、ミキモト君で帰る流れになった。ミキモト君にもうすぐビギーが買えるかもしれないことを伝えるか迷ったが、今はやめておくことにした。そもそも彼がずっと、うどんとそばはどちらが美味しいか論争を独りで行い、話を続けていたので言うタイミングもなかったのだけれど。

駅でドレラ(とミキモト君)と別れて帰る気だったのだけど、ドレラが一緒に僕が帰るホーム側についてきた。

「どうしたの?」

「何が?」

「いや、家と逆方向…」

「何言ってんの?一緒に行くって言ったじゃん」

「いや、聞いてないけど」

ドレラは突然俯き、小さな声でつぶやいた。

「え、あ、ごめん。勝手にそのつもりでいた…っていうか言ったつもりになってた、ごめん、か、帰るね」

「いや、大丈夫、一緒にいてくれたら心強い」

「本当に?」

「ほんと、ほんと」

「じゃ、改めて。キネン君の家に行ってもいいですか?」

「もちろん。たいそうなおもてなしはできませんけど」

ドレラの顔がほんのりとほころび、彼女は頷いた。僕らはミキモト君にお別れを言って、僕の家側のホームに向かった。

さっきのやり取りに、なんだかお互い恥ずかしくなって、電車を待つ間、そして到着し座席に座り、発進してからも沈黙が続いた。

「あのね、キネン君」

そういってドレラが話し始めたのは、電車が駅を離れてからしばらくしてからだった。

「私、過去の記憶のことで悩んでたけど、今のままでいいかなって思うようになってきたんだ。記憶のことを除けば家族は問題ないし、特に弟たちは何かを察してくれて気を遣ってはいるけれど良い子たちだし、イギーのことは覚えてるし、そのおかげでキネン君にも会えたし」

僕はゆっくりと流れていく景色を見ながら、静かに彼女の言葉を聞いていた。掛ける言葉が見当たらなかったといったほうが正しいかもしれない。さっきの沈黙とは違う沈黙だった。それでも、ただ一つ言えるのは、今、この瞬間が僕には大事だってことだった。そして僕は思う。もし、ビギーが無事買えて、イギーのもとに戻ったら、僕らの関係はどうなってしまうのだろうか、と。

「でも、一つだけ心配なことがあるんだ」

「なに?」

「正直に言って、今のこの状況に幸せを感じてる気がするの。ビギーを助けようとしてるこの状況を。キネン君の助けを借りて、結果としてイギーとやりとりするなんて奇跡みたいなことも起きて。もっと言うと弟を巻き込んだことも含めて、全て」

「うん」

「でも、じゃあ無事にビギーを助けたら、その後どうなっちゃうのかなって。また元の何もない毎日に戻っちゃうのかなって。キネン君も私の側からいなくなっちゃうのかなって」

顔を見ずとも彼女が泣いているか、もしくはそれに近づいているのがわかった。

景色が流れていく。時間が流れていく。

「実は、僕も同じこと考えてた。そうだね、えっと、先のことはわからないけど、少なくとも僕はこれからも君といたいと思ってるよ」

僕が返せる精一杯の言葉だった。ただ、それは自分でも驚くほど素直に出た言葉だった。

彼女は顔を見られまいと両手で顔を覆った。そして聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声で、

「ありがと」とだけ言った。

(続く)



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