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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #56.0

席に座り、一通り準備を終えてから、スマートフォンを取り出し、データを移動させておいた昨夜の文章をチェックした。ドレラに見られでもしたらなんだか恥ずかしいので、まだ来てなくて良かったのかもしれない。改めておかしなところはないか見返した。イギーはもとより、キミオ君に変な文章だと思われたくなかった。いちおう先輩だし、こんなもんかみたいにも思われたくない。三回最初から最後まで見返して、自分の中では大丈夫だと認識した。

それにしてもこんなに一生懸命文章を書いたのはいつ以来だろう、ひょっとしたら初めてのことかもしれない。読書感想文とかそういった類の文章も苦手だった。感想とか意見とかを他人に伝えるのがなんだか恥ずかしい気がしてしまうのだ。今回は自分の気持ちというよりは要件を伝えるのと、どちらかというとドレラの気持ちを伝えるという内容だったから、内容自体はあまり悩まずに書くことができた。文章そのものに慎重にならなくてはいけなかったけれど。

そんなことを考えていたら、背後から視線を感じた。振り返ってみると、ドレラがいつの間にか席にいて、こっそり僕の方を見ていた。僕は音には出さない口の動きだけで「おはよう」と言って、それからスマホの画面を指差し、OKのハンドサインを送った。ドレラは優しく微笑んで、「楽しみ」と同じく口の動きだけで返してくれた。

午前中の授業はほとんど頭に入ってこなかった。いつもだったら睡魔に負けて眠ってしまうところだったけれど、気分が高揚しているせいか、眠ることはできなかった(休み時間は、こちらはいつも通り、ドレラが話かけてきたりすることはなかった。もちろん僕からも、だ)。

なんとか授業に耐え、昼休みを迎えた。僕は立ち上がり、ドレラに声をかけた。
「すぐに行く?お昼食べてからとかにする?」

「どっちでもいいよ。私キミオ呼んで、一緒に行ってるから」

「じゃあ、売店で買ってから行くよ、なにかいる?」

「ううん、平気」

「買ったら、すぐに行くよ」

売店に行きがてらミキモト君のクラスを覗いてみたが、彼の姿はなかった。屋上に潜んでいる可能性もあるので気をつけなければ。別に知られてこまるわけでもないのだけれど。

売店でパンとコーヒー牛乳を買い、屋上へ向かった。すでにドレラとキミオ君はいて、談笑していた。僕はそれを見て、思わず入り口で足を止めてしまう。二人の姿を眺めていると、少し卑屈な気分になる。見るからにお似合いのカップルのようなのだ。姉弟だとわかっていても、だ。チープな言い方になるけれど、それは美男美女で、映画やドラマの撮影でもしてるのではないかと見間違うほどに。

ただ、それを眺めていても撮影は始まらないし、物語は進まない。僕という人間がそこに足を踏み入れなければ話は進まないのだ。こんな僕でも今回の物語上はモブキャラではないのだ。僕は意を決して彼女たちの前に向かっていった。

「あ、来た来た」

「こんにちは。星野さん」

「こんにちは。相変わらず礼儀正しいね」

「さ、社交辞令的なのはいいから、さっそく本題にいきましょ」

ドレラに急かされ、ぎこちない動きでスマホを取りだし、文章が映し出された画面をキミオ君に差し出す。彼はそれを丁寧に受け取り(わざわざ手をワイシャツの腹部に持っていき、汚れを取る仕草までしてくれた)、覗き込んだ。

「ふむ、なんとかなりそうです。細かなニュアンスまでは難しいかもしれませんが」

「さすが我が弟、頼りになるなぁ」

僕も半ば尊敬の眼差しを向けるが、多大な期待を察知したミキオ君が、先を読んで話す。

「あんまり期待しないでくださいよ、ごくごく一般的な依頼の文章になると思います。あ、決して星野さんの文章が、ってことじゃないですからね」

「うん、わかってる。日本語の文章を英語にするなんて、僕には考えられないことだからね、やってもらえるだけでもありがたいよ」

となりで強く頷くドレラ。

「なにか気をつけることはありますか?」

「できるだけ丁寧に失礼のないように、それでいてフレンドリーに」
とドレラ。

「随分と難しい注文ですね」

「いや、僕が作った文章でもそれを心がけたつもり」

「心の中で、だったらパソコンの翻訳にかけるとか、英語の先生にやってもらえばいいのにとか思ってる?いや、そんなタイプじゃないか。うん、でも内容からして機械なんかに任せられないし、簡単に人に頼めるものでもないから」

「わかってます、大丈夫です。できるだけはやく仕上げて、渡せるようにします。出来上がったものはドレラに渡せばいいですか?」

「うん、そうだね。面倒なこと頼んでしまって申し訳ない。何かお礼をしなくちゃいけないね」

「いえいえ、姉がお世話になってますんで」

「ちょっと、なにそれ」

ドレラがキミオ君に絡む。やはり映画のワンシーンみたいだ、と思う。二人をみて笑ったけれど、また胸のあたりがチクチクした。

「でも、何もしないわけにはいかないな」

「じゃあ、そうですね、この前行ったお店でご馳走してください、ってのはどうでしょう」

「うん、いいね」

ドレラもすぐに同意した。重くもなく軽くもない、まさにちょうど良い提案に、内心とても感心していた。果たして、僕が彼に勝てるところなんてあるのだろうか、そんな思いも同時に現れていた。

(続く)






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