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共鳴し行動すること、フォロワーで終わらないために。

こんにちは、すりみです。
最近寒くなってきましたね、いかがお過ごしでしょうか?
私は最近本読むか論文書くかみたいな生活で、年末という感じがしないのですが、いい意味では自分と向き合う時間が多く取れている気がしています。今回は今年を振り返る中で気がついたことを書きます。

最近、裏切られた!というコメントをたくさん目にするようになった気がします。誰々ヴィーガンって言ってたのに魚食べるの?とか、誰々っていう芸能人かっこよくて好きだったのに大麻吸ってたの?とか。

前者は勘違いが多いのですが、そうじゃない場合ももちろんあって、生活リズムの変化で続けられなくなったとか、モチベーションがなくなったとか。私は、それはそれでいいじゃないか、勝手にさせてあげてくれ、と思うのですが、どうでしょう?

私もたまに人にがっかりすることはありますが、あまりに気を落としすぎたり、それに過剰反応してその人を叩いたりするのは、自分にとっても相手にとってもいいとは思えないです。

おそらくこの裏切られた!という怒りの原因は、共感そしてその人について行けば大丈夫だという過度の期待にあると思います。

共感すること、むちゃくちゃ大事だなと思います。一方で、共感して相手のことをわかった気になって盲信すること、むちゃくちゃ危険だなと思います。

例えば、会社を選ぶ時、共感しました!と誰もが言うと思うし、実際そうだと思うのですが、常に部分的な共感だったのではないでしょうか?
ビジョン、事業、人。

企業が人間になると途端に、部分的な共感ができなくなってしまう気がします。(私もそうなので気をつけたい)

人になると、どうしてもその人の全部が見えてる気がしてしまう。
全部見えてるなんてありえないです。自分が全部見せてないんやから。

人が信用できないと言うことをここで言いたかったわけではありません。そうじゃなくて、目の前の人は全部を見せているわけではないし、かつ時間によって変化すると常に心の準備をしておかなければ、裏切られた!とショックを受けて時間を無駄にします。(時にはそんな時間も必要かもしれません)

最近は、SNSでその人の日常を垣間見ることができて、その人の頭の中も以前よりかは見えるようになってきて、その人のことがわかる!と錯覚することがより容易になってきたと思います。インフルエンサーという名の通り、フォロワーをたくさん持つ人々は、そのセンスや思想を選択的に見せてより多くの人に追ってもらえるように、試行錯誤しているのだと思います。

そこでやりがちなのが、彼らに共感し自分の考えをあまり持たずにただただ後を付いていってしまうこと。自分で考えて行動するより、どう考えても楽なので、私も時々やってしまいます。

これが極度に進行し、もし追う人を信じられなくなったら、引っ張る人がいなくなった凧のように落下します。

そこで私が思うに、共感がもてはやされる今日だからこそ、共感しすぎないようにする。いいなと思ったら、一歩引いて考えること。それを自分の立場で実践したり実現したりするためには、何をすればいいのか自分で考え、自分なりの行動をとること。それだけでがっかり!してこれから何をしていいかわからなくなることは、なくなるのではないかなと思いました。

これを考えててふと思い着いた言葉が「共鳴」なのですが、いいなって思った時に、共感じゃなくて共鳴すればいいんだなって思いました。

共鳴とは、「振動体が、その固有振動数に等しい外部振動の刺激を受けると、振幅が増大する現象。振動数の等しい二つの音叉(おんさ)の一方を鳴らせば、他方も激しく鳴りはじめるなど。電気振動のときには共振ということが多い。」(コトバンク)

辞書で言葉の意味を調べたら、自分が思っていた意味とは違う意味が出てきて自信を失ったのですが笑、自分の中で共鳴を取り上げたのは、共鳴は共感と違って、自分も自分なりに震えるところがいいなと思ったからです。他者から影響を受けて何かを始める時に、自分なりの方法を考えて行動してみる。自分を常に持つこと、それがすごく大切な気がします。

ぼんやりしたことを書いてしまいましたが、共鳴し行動すること。私の今年の学びの一部分でした。

今日もいい天気です。寒い日が続きますが、夜空が綺麗な冬は最高ですね。
今日もいい日を。

P.S.
写真は去年アメリカに行った時に、ファーマーズマーケットでとったお気に入りの写真。路上ライブをするおじちゃんに興味津々の男の子です。

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