田作りを買い損ねた私が魚のサステナビリティに思いを馳せる話
特別料理が好きなわけでも得意なわけでもないのですが、物心ついた頃から今に至るまで毎年、おせち料理は毎年家族で作るのが習慣になっています。
とはいえ、買い物からして結構大変なおせち作り。少しでも気楽に取り組めるようにといつもはクリスマス前頃から乾物を買い始め、年末にかけて徐々に食材を揃えていくことにしているのですが…
今年は私がクリスマスから年末にかけて長らく寝込んでしまったため、買い出しに行けたのは12月29日。そこで初めて気づいたのが
田作り(ごまめ)の材料がない!
ということでした。
近所のスーパーを何軒ハシゴしても売り切ればかり。調理済みのものは売っていたのですが、自分で作りたい派の私としてはやはり乾物が欲しい。でも売ってない。
いったいどうしてこんなに店頭にないの?
やっぱりみんな、29日より前に買ってしまったの?
それとも他に理由が…?
疑問に思って色々調べるうちに、どうやら田作り(ごまめ)をめぐるこの話、サステナビリティに関係がありそうだとわかってきたので、今日はこのテーマについて学ぶことにしました。
そもそも田作りって何?ごまめとの違いは?
田作りは、関東のおせちでは「祝い肴三種』と呼ばれる縁起物のひとつ(残り2つは数の子と黒豆)。カタクチイワシの幼魚をそのまま乾燥させたものを炒って、砂糖と醤油とみりんで甘辛く味付けした食べ物です。
なぜカタクチイワシが「田」を「作る」のか?
水産と食品の業界紙である「みなと新聞電子版」さんのnoteによれば、昔はカタクチイワシが田んぼの肥料にされていたからなのだそうです。
五穀豊穣の象徴とされている田作りは、関西圏では「ごまめ(五万米)」という呼称の方が一般的。つまり、田作りとごまめは同じものなのです。
煮干しにしらす、アンチョビにナンプラーも?
さて今回、田作りの材料を手に入れることができなかった私は、しかたなく「食べる煮干し」で代用することにしました。なぜなら、煮干しの原料もその多くが田作りと同じ魚――つまり「カタクチイワシ」だからです。
では、煮干しと田作りとの違いはなんでしょう…?
その答えは「煮干し」という名前を見ればわかります。 つまり、
カタクチイワシの幼魚をそのまま乾燥させたもの → 田作り(の材料)
カタクチイワシの幼魚を「煮てから」干したもの → 煮干し
なのです。
なお、カタクチイワシの用途は田作りと煮干しだけではありません。
たとえば、しらす(ちりめんじゃこ)。
これも、主にカタクチイワシの稚魚が使われています。
それから、目刺し、たたみいわし。
江戸時代から常食されていたというこれらの食材も、多くはカタクチイワシから作られています。
さらに、世界に目を向ければ、アンチョビやナンプラーの原料も、大半がカタクチイワシなのだそうです。
田作り(の材料)が実は煮干しにしらす、目刺しにたたみいわし、アンチョビにナンプラーなど、さまざまな食品と同じだったなんて、なんだか親近感がわいてきますね!
ところで。
カタクチイワシってどうして「加工して食べる」用途ばかりが有名なのでしょう?疑問に思ったので、さらに調べてみることにしました。
弱くて安くてたくさんとれる魚、なーんだ?
カタクチイワシがこんなふうに様々な用途で使われている理由は、少なくとも3つあるようです。
まず、弱さ。
イワシ(鰯)は魚へんに弱いと書くことからもわかるように、身の質が脆弱で鮮度低下が早い魚です。
次に、漁獲量の多さ。
カタクチイワシはつい最近まで日本の漁獲量ランキング第1位であり、直近でもトップ10に入っている魚です。ですが実は、カタクチイワシは長い間「狙って獲るのではなく、他の魚と一緒に網にかかる『やっかいな』魚」とされてきました。
最後に、サイズの小ささです。
鮮度の低下が早いのに(望まずとも)一度にたくさんとれてしまう魚。だから早く売ってしまいたい…と思っても、サイズが小さいため単価が低い。
それならば加工し、付加価値をつけて売れば良いのでは?と思っても、小さいので機械化には対応できず、頭や内臓を取り除いて店頭に出すと利益が確保できない。
なるほど、そのような事情があったから、煮る・干す・つぶす・漬けるなどの「まとめて加工する」方法で食されて来たのですね。なんとなくわかってきました。
日本でとれるカタクチイワシの量は減少中
豊富な漁獲量を背景に、しらすや煮干しなど、スーパーに行けばいつでも手に入るような食材の原料に加工されてきたカタクチイワシですが、近年、日本での漁獲量は減少傾向にあるとされています。
原因は海水温の上昇や黒潮蛇行、あるいはマイワシの増加?などいくつか挙げられていますが、はっきりしたことはわかりません。
今回私がおせち料理の素材としての田作り(カタクチイワシ)を買うことができなかったのも、直接的な原因はこの不漁であるようです。
これは今年限りの話かもしれませんし、そうではないかもしれません。そこはわかりませんが、海外のニュースを見ると、田作りやしらすをこれからも当たり前のように食べられるかはわからないと考えさせられます。
世界中で拡大する魚需要がもたらしている影響
水産庁「令和4年度水産白書」によれば、世界では、1人1年当たりの食用魚介類の消費量が過去50年で約2倍に増加しています。
世界の1人1年当たり食用魚介類の消費量の推移
(粗食料ベース)
こうした魚需要をまかなうため、養殖業が急成長しています。
世界の養殖業の国別生産量の推移
実は、魚の養殖の際に使われるえさ(魚粉)の原材料、これもまたカタクチイワシなのです。日本も、カタクチイワシの漁獲量世界1位のペルーから、カタクチイワシを原料とする魚粉を輸入しています。
そして、世界的な養殖魚の需要拡大と主産国であるペルーの漁獲枠削減に円安が重なった結果、魚粉の輸入価格は今年(2023年)、過去最高値をつけました。その価格は過去20年で3倍になったとも言われています。
過去数年間と比較しても「国内価格は2020年初めの直近安値に比べて9割高く、養殖事業者はコストの大幅な増加に直面して」います。
貴重な魚の稚魚や幼魚を食べ続けて良いものか
今年(2023年)、国内では上述の「魚粉の値上がり」については何度も報道がなされました。また、それとあわせて、養殖事業者に補助金が出される話や魚粉を国産化するべきだという意見、あるいは魚粉の使用量を減らした餌で育てる養殖魚の話なども紹介されました。
ですが、(少なくとも報道では)「そもそもなぜペルーの漁獲量が減っているのか」、その背景の話があまり強調されてこなかったことを私は残念に思っています。
ペルーが漁獲量を減らしていたのは、ここ数年、カタクチイワシの生育が遅れており、稚魚が多かったことが理由なのです。
稚魚を取り過ぎてしまえば、産卵できる親の資源量を持続可能(サステナブル)なレベルに保つことができない。それが、漁獲量が減っていた(そしてその結果、魚粉の価格が高騰した)原因です。
ここにもう少し目を向ける報道があれば、今回の不漁をきっかけに、日本でも「これまでどおりに(カタクチイワシの稚魚である)シラスを食べても良いものか?」あるいは煮干しは?などと議論が広がるきっかけになったかもしれません。
私たちは「小魚を食べるのは健康のために良い」と言われて育ってきましたし、何なら子どもたちにもそのように教えてきました。ですが水産資源のサステナビリティをこれまで以上に考える必要がある現代においては「この小魚はどのように漁獲されたものなのか」を立ち止まって考え、意思を持って食べるものを選択し、必要な時には声をあげるようになることが大切なのではと強く思いました。
あと1時間で迎える2024年。
サステナビリティ担当者として、ひとりの生活者・消費者として、より真剣に、意識的に「食」と向き合っていきたいと思ったできごとでした。
以上、サステナビリティ分野のnote更新1000日連続への挑戦・83日目(Day83) でした。それではまた明日。
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