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勇気の歌は、横断歩道で。

気分よくいるための理由は
どんなことでもかまわない。
空が青いから。
おろしたての新しいシューズだから。
8のゾロ目ナンバーの車とすれ違ったから。
とにかく気分がよい、という
そのことが大切なのだ。
そういう時は
思いがけない偶然に出会う確率が
高まるような気がする。


信号待ちをする横断歩道の前は、
不思議スポットのひとつだ。
なぜかここで
ちょっと気になる人に
目が吸い寄せられる傾向がある。

同じ時に同じ場所で
信号が変わるのを待つ者同士。
今日の隣の民は、
小さな女の子だった。
3歳くらいだろうか。
ご機嫌な調子で
アンパンマンの歌をうたっていた。
きっと空が青いからだろう。
春めいた日射しの青空の日には、
人は文句なくいい気分になりがちなのだ。
女の子にとって
横断歩道前は最高のステージだったらしい。

アンパンマンはきみさー
ゆうきをだしてー
アンパンマンはきみさー
信じることさー


舌足らずな口調ながら
かなりの声量で歌いまくっていた。
小さなマスクをしていても
これほどの音量で歌えるのは、
生まれついてのシンガーとしか言いようがない。
しかもダンス付きだ。
お遊戯のような決まった型ではなく、
気持ちの赴くままに
アンパンマンを自己表現しきっていた。
そのピュアさがうらやましい。
その子の母親と思しき人は
別段気にする風もなかったので、
この熱唱はおそらくいつものことなのだろう。

サビの部分だけを2度繰り返した彼女と
目が合った。
思わず私は
「上手だね!」
と声をかけてしまった。
彼女は少しはにかんだ笑みを浮かべて
母親のお尻に顔を埋めたけれど、
すぐにまたパワーアップして
歌い始めたのだった。
情熱的に体を左右に振り、
力強く足踏みする。
天に向かって突き出した両手のひらを
めいいっぱい広げていて、
雲をも掴めそうだった。
彼女の勇気の歌が
昼下がりの横断歩道に溢れかえっていた。

やがて信号が青に変わると、
彼女は何事もなかったかのように
母親と手を繋いで足速に歩き去っていった。
その落差に唖然として、笑ってしまう。
突然歌声を失ったそこには
何かが足りないとさえ思った。
彼女の歌の名残りだけが、
横断歩道の縞模様の上に取り残されていた。

なんとなくの出来心で
私は
彼女が歌っていたアンパンマンソングを
スマホで調べてみた。
それは『アンパンマンたいそう』という歌で、
名曲『アンパンマンマーチ』同様、
胸を打つ歌詞だった。
(著作権などのこともあるので
ここには歌詞は引用しない。
ぜひ調べてみてほしい)

思うようにいかないことや、
悲しく辛いこともある。
自信をなくして心折れそうな時は
良いことだけを思い出せばいいのだ。
自信をなくす材料を
数え上げることなどしなくていい。




あの女の子の歌声のおかげで
私はこの歌にたどり着き、
勇気を授けてもらえた。
そして
こんなに気分のいい日になったのは、
空が青かったからだ。
そんな風に考えることこそが、
これからも次の『勇気の歌』にかわるものを
呼び寄せるような気がしている。
もちろんいつもいつでも
気分よくいられるわけではない
ということくらい、
厭というほど知っているからこそ。

女の子に感謝。
空の青さに感謝。
アンパンマンに感謝。
早春のあたたかい光に感謝。
3月もきっと大丈夫。
私たちは何かしらの
気分よくなれることを思い出しながら
感じながら歩いていけるはずだ。
そういう意思を捨てずに
いこうと思う。






文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。