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文章教室課題作品お題「再会」

文章教室では、毎回お題が課せられます。
この回は「再会」で、400字詰め用紙で5枚程度が制限でした。

家族の記憶

 父の眠る霊園へと車を走らせている。ハンドルを握る一時間のあいだ、わたしはぼうっとラジオを聴いている。いや、流しているだけで、頭の中ではラジオの内容とはまったく関係のないことを思っていた。それは、こぼれ落ちた記憶をたどる作業だ。
 病に倒れ、あっという間に逝ってしまった父。父の病魔との闘いの記憶は、わたしの中に辛く悲しい不完全なものとして残っている。ほの暗いモノトーンな色で。けれども全てが暗いのではなく、明るい光をまとっている部分もある。わたしの娘の存在だ。時間を見つけては父の病室へと通っていたわたしの傍らに、いつも居てくれた。日に日に弱っていく父を、なすすべなく見ているしかないわたしの横で、根気よく、ともに見守り続けてくれた。
 当時のとぎれた記憶を、彼女が発していた光を辿り、わたしはつなごうとした。
 やがて霊園に着いた。車を停め中に入ると、清掃作業をしている男性がいる。片手に機器を持ち、落ち葉やごみを吹き飛ばしている。わたしに気づき、首にぶらさげたタオルで汗を拭うと声を掛けてきた。
「お参り、ありがとうございます」
「こちらこそ、いつもきれいにしてもらって、ありがとうございます」
 かんたんに挨拶を交わしてから墓前へと向かう。
「おとうさん、来たよ」
 墓石を洗い、わずかに生えていた雑草を抜く。持参した線香を焚き、手を合わせた。
 陽射しの強い五月。無防備な首筋がじりじりと焼かれていく。それでもじっと立ち去ることができずにいる。
――静かだ。
 男性が使っていた清掃機器の音も、そういえば止んでいる。
 どれほど時間が経ったろうか。風を感じた。肌をかすめる涼やかな風。墓石の向こうから吹いてきては、わたしの右を通り、次いで左を通り抜けていく。まるでここにいるよ、とでも伝えているように。
 ああ、千の風のうたは、ほんとうなのかも知れない。死者は、その魂は、風に乗り漂っているのかも知れない。わたしは風に包まれ、いつまでも動けずにいた。

 その夜、夢を見た。父がいた。生前と変わらぬ長身、山歩きで鍛えた痩躯に禿頭。後ろ姿だったけれど、すぐに父とわかった。
「おとうさん!」
 駆け寄り、抱き着いた。わたしはなぜか少女の背の高さになっていて、振り返った父に抱き締められた。面を上げて父の顔を見ようとしたとき、目が覚めた。
 夢だと知って、少し泣いた。

 台所に立ち、いつものようにコーヒーを淹れる。その香りがリビングにも流れ始めると、夫が顔を見せ、それから娘が起きてくる。
 家族の一日がまた始まる。たいせつな記憶が増えていく。
                                了

以下、講師からの添削とコメント()部分については太字です。

 父の眠る霊園へと車を走らせている。ハンドルを握る一時間のあいだ、わたしはぼうっとラジオを聴いている(どちらかは過去形に)。いや、流しているだけで、頭の中ではラジオの内容とはまったく関係のないことを思っていた。それは、こぼれ落ちた記憶をたどる作業だ。
 病に倒れ、あっという間に逝ってしまった父。父の病魔との闘いの記憶は、わたしの中に辛く悲しい不完全なものとして残っている。ほの暗いモノトーンな色で。けれども全てが暗いのではなく、明るい光をまとっている部分もある。わたしの娘の存在だ。時間を見つけては父の病室へと通っていたわたしの傍らに、いつも居てくれた。日に日に弱っていく父を、なすすべなく見ているしかないわたしの横で、根気よく、ともに見守り続けてくれた。
 当時のとぎれた記憶を、彼女が発していた光をたどり、わたしはつなごうとした。(これがこのストーリーの主題かも?ここをつきつめたい)
 やがて霊園に着いた。車を停め(て)中に入ると、清掃作業をしている男性がい(この男性の役割は?)片手に機器を持ち、落ち葉やごみを吹き飛ばしている。わたしに気づき、首にぶらさげたタオルで汗を拭うと声を掛けてきた。
「お参り、ありがとうございます」
「こちらこそ、いつもきれいにしてもらって、ありがとうございます」
 かんたんに挨拶を交わしてから墓前へと向かう。
「おとうさん、来たよ」
 墓石を洗い、わずかに生えていた雑草を抜く。持参した線香を焚き、手を合わせた。
 陽射しの強い五月。無防備な首筋がじりじりと焼かれていく。それでもじっと(トル)立ち去ることができずにいる。
――静かだ。
 男性が使っていた清掃機器の音も、そういえば止んでいる。
 どれほど時間が経ったろうか。風を感じた。肌をかすめる涼やかな風。墓石の向こうから吹いてきては、わたしの右を通り、次いで左を通り抜けていく。まるでここにいるよ、とでも伝えているように。
 ああ、千の風のうたは、ほんとうなのかも知れない。死者は、その魂は、風に乗り漂っているのかも知れない。わたしは風に包まれ、いつまでも動けずにいた。

(以下は、扱う時間が長くなるため、墓のシーンだけにしたい、余分かも)
 その夜、夢を見た。父がいた。生前と変わらぬ長身、山歩きで鍛えた痩躯に禿頭。後ろ姿だったけれど、すぐに父とわかった。
「おとうさん!」
 駆け寄り、抱き着いた。わたしはなぜか少女の背の高さになっていて、振り返った父に抱き締められた。面を上げて父の顔を見ようとしたとき、目が覚めた。
 夢だと知って、少し泣いた。

 台所に立ち、いつものようにコーヒーを淹れる。その香りがリビングにも流れ始めると、夫が顔を見せ、それから娘が起きてくる。
 家族の一日がまた始まる。たいせつな記憶が増えていく。
                                了

以上、黒田講師の指導でした。
黒田先生は、長編と短編の違いをよく木に例えます。
「長編は一本の木、短編は切り株」
このため、後半部分をいらないと考えたようです。



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