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相続が争族になった日 4 悪徳行政書士への反撃開始

「裁判にでも訴えろ」

母の雇った行政書士に遺言執行者である私は、嘲笑混じりに言われました。

私には何の知識もなく、味方となる人物もいやしないと、高を括っていたのでしょう。私のことを侮っていた母の台詞を信じたのだと思います。昔から、私が幼い子どもの頃から、母は私をずっと馬鹿にしていましたから。

しかし打ちのめされた数日後、私は立ち上がりました。
まず父の遺言書を読み返しました。それから病床にあった父の声の録音を聞き直しました。
父の声を聞いているうちに、次第に父の苦悩する姿が蘇ってきました。

「お父さんはお母さんと離婚するかもしれない。そうしたらお前はどちらと暮らしたい?」
「お父さんと一緒がいい」
小学生だった私は迷わず答えました。
その頃すでに、私は母に愛されていないことを知っていました。
妹は、かつて地元では小町と呼ばれていた母に生き写しでした。妹が長い髪を毎日美しく結わえてもらっている横で、ハンサムとは言えない父に似た私は、ぶすだばかだとののしられるのでした。
弟は昔から天真爛漫な子でした。「バカな子ほど可愛い」と言いながら、母は借金の肩代わりも含めて尻拭いを重ねました。
いじめっ子気質の母のターゲットが、私だったのでしょう。

この頃父は単身赴任が多く、留守が長年続いていました。それをいいことに母は浮気をしていました。決まった曜日の決まった時間に家を空けるのです。それは水曜日の夜でした。
これを近所の誰かが恐らく、帰宅した父に伝えたのでしょう。父は離婚を考えるに至ったのでした。

この離婚騒ぎは、祖母が駆け付け父にとりなしたことで収まりました。私は落胆しましたが大好きな祖母に会えたこと、そして祖母がしばらく家に滞在してくれたことは嬉しかった。

父の思い、母への思いを取り戻し、私は勇気を奮い起こしました。孤軍奮闘、できるところまで戦おうと。相続の負けは決まったけれども、泣き寝入りはしない。母と行政書士に一泡吹かせてやる。心に誓いました。

令和2年6月某日、千葉県行政書士会へ行政書士、朝原(仮名)への苦情を訴えました。

朝原のことはインターネット検索で調べました。

「私は千葉県N市で行政書士事務所を15年以上経営しています。個人法務として相続手続きに強い行政書士、遺言書作成に強い行政書士、など様々な実績があります」

顔写真とともにこのように紹介分が掲載されています。今現在も。

写真に写るその人は、違法業務に手を染めるようには見えません。細面の人のよさそうな顔立ち。白いワイシャツが似合う男性です。

土地の違法登記が行われたのは5月11日。弟からの電話でこのことを知ったのが6月7日。この間、相続の遺産分割協議書をどう処理するか、母と朝原は頭を悩ませていたのでしょう。私にどう判を押させるか。言いなりになる弟がその役目を仰せつかったということだったのでしょう。

6月26日、千葉県行政書士会より、書面が届きました。

「苦情・紛争等処理委員会への出席について(依頼)」と書かれています。

7月28日(火)午後2時から(時間厳守)とありました。

どうも嫌な予感がしました。
「丸め込んでやる」文面からはそんな雰囲気を感じ取りました

市役所の市民相談窓口に行ってみることにしました。
第三者の意見や助言を聞いてみたいという気持ちがありました。
それに必要があれば、今更でも専門家を雇おうと考えていました。
幸い私は専門職として勤めています。費用をひねり出すことはできる、と思いました。

「このような召喚状が届いています」
予約して向かった市役所の相談室。
向かい側に座る相談員に、千葉県行政書士会からの書面を見せました。眼鏡を掛けた温厚そうな男性です。彼は目を丸くしながら、頷きつつ話を聞いてくれました。
「それで、最終的にはどう決着をつけたいのですか?」
私は少しだけ考え、答えました。
「何をされても母は母なので、彼女を裁きたいとは思いません。だから裁判にはしません。しかし母に手を貸し、父の遺言を無視した朝原行政書士のことは許せません」
「そうですか。率直に言ってこの委員会では、あなたの希望する進行にならないと私も思います。あなた一人に対し、相手側は二人以上、もしくはもっと大人数で迎えるかもしれません。一人で出向くのは避けた方がよい。できれば法律の専門家に付き添いを頼むのが良いでしょう」

「・・・ひとり、心当たりがあります。ただ、相続人ではありません」

「それは予め、委員会に連絡をして承諾を得ておいたほうが良いでしょう。また何かあったら、いつでも来てください。私は法律の専門家ではないので、専門的なアドバイスはできませんが」

相談室はパーテーションで仕切られただけの小さなブースだったため、どうやら聞かれていたようです。市民の声を聞く課の一部の職員から、同情交じりの好奇の目を注がれました。それは良い気分ではありませんでしたが、それでも相談して良かったと思いました。

ともかく「委員会側の聞き取り相手は複数人」というのは、悪い予感が当たっていました。委員会は、仲間である行政書士を守ろうとしているのでしょう。

ここで、思いつきました。

「千葉県に訴えてみてはどうだろう」

私の持つ資格の届け出先は千葉県です。行政書士もそれぞれの都道府県が監督者のようでした。

令和2年7月某日。県庁のホームページにアクセスし、メールを送りました。タイトルは「行政書士の処分について(相談)」。
送信後、早々に千葉県庁 佐藤氏(仮名)より、メール返信がありました。

「詳しくお話を伺いたいと思います。県庁までお越しいただけますでしょうか」

7月7日、庁舎内の椅子に腰掛けました。

「初めまして、佐藤です」
笑顔の女性から受け取った名刺の部署名には
「千葉県総務部 政策法務課文書審査・収発班」とありました。

                               つづく


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