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[掌編小説]美しい鏡

ある町で 醜い老婆が 美しい細工の鏡を 売っていました
この鏡に毎日映すと みるみる顔が美しくなるといいます

誰もが興味を持ち 歩みをとめますが
誰もが老婆をみて 立ち去っていきます

そんな中 一人の娘が 鏡を買いました
その娘はけして 美人というわけではありませんでしたが
また 不味い顔というわけでもありませんでした

老婆は娘から 少なくないお金を 受け取りますと
露店から 姿を消してしまいました

娘は 毎日かかさず 鏡を見ます
はじめのうちは どんどん自分が
美しくなるのを ただ喜んでました

しかしあるとき 自分の顔が 隣の家の娘より
劣っていると 思うようになりました

それからは いくら鏡を見ても
まだ足りない まだ足りないと
鏡に張り付いて 離れません

働かなくなった娘に 心底怒った母親は
娘から 鏡を取り上げると
わざわざ隣町の古道具屋に 出かけて行って
美しい鏡を 売り払ってしまいました

娘は十分美しくなっていましたが 毎日母を恨み
すっかりと しかめ面が張り付いてしまいました


またある町の露店で 老婆が美しい細工の鏡を売っていました
しかし 店主の老婆の醜い顔を見ると
誰もが踵を返して 帰っていってしまいます

馬車から降りた美しい娘が 可笑しそうに笑って
老婆に尋ねました
「美しくなるというその鏡 自分で覗かなかったのか?」

老婆は 被っていたフードを軽く持ち上げて こう言いました
「私は 十分に美しくなりましたので」

娘は面白がって 老婆に大金を渡しました

しばらくの間 娘は鏡を覗いていましたが
鏡の中の自分の顔が 変わらず美しい事に満足すると
すぐに他のことに 夢中になってしまいました

ただ 鏡の細工の美しさは 気に入っていたので
召使に 毎日手入れをさせました

するとそのうち 召使いが可愛らしく 変わっていくので
あの老婆の言うことは 本当だったのだと気付きました
そして自分の召使い全員に 鏡を見せることにしました
娘は 美しいものに囲まれて いつも満足げに笑っていました


ある日 召使の娘が不注意で 鏡を割ってしまいました
召使は何度も何度も 許しを請いましたが
屋敷中の人間の お気に入りを壊してしまったので
どうしても 屋敷を出なければななりません

娘が裏口から出ると ごみを漁る老婆がいました
娘は 老婆を哀れに思いましたが 自分の行く先もわからないので
銀貨を一枚だけ 老婆に渡すことにしました

老婆は 娘の顔をじっと見つめると
「交換だ」 と言って 掌を広げました

そこには 割れたあの鏡が ありました
娘は 自分の失敗を思い出して 顔を覆って泣きました
老婆が 「見ててごらん」 と言いますので
娘は 顔を上げてみました

ひび割れた鏡の欠片が 宙に集まって浮いています
老婆が 何事か言うと 浮いていた欠片が一つ一つ
パズルのように はめこまれていって
一息もすると すっかりもとの 美しい細工の鏡に戻っていました

差し出された鏡を手に取ると 娘は悩みます
これを持って 屋敷に戻れば
また雇って貰えるかもしれない と考えたのです

老婆は 首を振って 「およし」と言いました
「誰も信じないよ」
老婆が続けます
「戻りたくて嘘を言ってるんだと ひんしゅくを買うだけだ」
「あんたそういう顔してる 可愛らしいけれど そういう人間だ」

「ただ みどころもある まだ小さいけれど それを毎日育てればいい」
「それは そういう鏡だよ」

そういうと老婆は 行ってしまいました
娘は追いかけてみたけれど すぐに見失ってしまいました

娘は 鏡を覗き込むと 笑って見せました
そして まだ迷いのある足取りで 歩いていきました



むかしむかし ある娘がいました
娘はたいそう美しく たくさんの人が心惹かれましたが
娘の心は 邪悪でした
美しさを鼻にかけ たくさんに人を不幸にしました

ある時 力のある妖精が 娘に一目ぼれをしましたが
娘はいつものように 酷くふってしまいました

怒った妖精は 娘を醜い老婆に 姿を変えてしまいました
娘は嘆いて 何日も何日も泣き暮らしました

さすがに少しやりすぎたと 妖精は老婆に言いました
「この心映えを映す鏡で100人の娘を映しなさい
映した100の顔の中で 最も美しい顔をお前にやろう」

何年か過ぎて 老婆はとっくに100人の娘を映しましたが
どれもこれも かつての自分ほど美しい顔はないと
いつまでたっても 老婆の姿のままでした

そして今日も 醜い老婆は 露店で
美しい細工の鏡を 売っています



おわり


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