身近で一番怖いのは…
怪談には「人怖(ひとこわ*ひとおじとも読む)」というジャンルがあるらしい。
お察しのように人が起こす怖い話、言い換えるならば、
「結局さぁ、生きてる人間が一番恐いよね?」
という落ちがつく話が「人怖(ひとこわ)」な怪談になるのだろう。
その人怖の中で私が一番怖いと感じる「慣れ」についての話を綴ろうと思う。
私が中学校に入学して1ヶ月程が過ぎた頃だった。
休み時間にクラスメートとお喋りを楽しんでいる最中に誰かが、
「う~ん・・・なんか今日は臭う。これ、時々臭うよね? 何が臭うんだろうね?」
と言い出した。
「あ~確かに。晴れて風が吹いてる日とか多いよね?」
「校舎裏のゴミの焼却炉じゃないの?」
「いやいや! 焼却炉は放課後にしか使わないって聞いたよ? まだお昼休みだし、ゴミ焼却炉みたいに煙たいって感じの臭いでもないし。うちの学校の近くに焼却場とか無いんだけどなぁ」
季節は初夏だったので教室の窓は開いており、そこから入って来る風に違和感のある臭いが混ざっていた。それは草木や花、水等の自然の臭いとは違っていて、全く嗅いだことが無いわけではないが、あまり馴染みが無く、なんとなく不快感と嫌悪感を抱く臭い。そう表現するしか出来ない臭いだった。
「今日みたいに良く晴れて、ちょっと風がある日にしか臭わないし。校内はどこ行っても臭うでしょ?」
「運動場とか屋上はかなり臭うよね? 学校の外からの臭いかな?」
などと話しているうちに休み時間も終わってしまい、私達はそれぞれの席に戻って次の授業の準備に取り掛かった。
私達が気にしていた「謎の臭い」の正体を教えてくれたのは部活の先輩だった。
「臭い? あ~、この臭いね! うちの学校の近くに○山があるでしょ? で、○山に火葬場あるの知ってる? 火葬場が山の上にあるからさ、天気が良くて南から風の吹く日は臭いが風に乗って来るんよ。たま~にね、ごくたま~にね、すごく風が強い日は細かい灰とかも降ってくるしね」
その話を聞いて私達1年生は、
(・・・あれは人を焼く臭いだったのか・・・。しかも灰って、灰って先輩・・・その灰は・・・!)
ともう何も言えず黙り込んでしまったが、先輩は構わずに続けてこう言った。
「大丈夫!大丈夫!! すぐに慣れるから!」
その臭いの出処と正体を知った1年生達は少なからずショックを受け、何人かは臭いのする日にお弁当を食べられなくなってしまった。けれど夏休みも終わり、時折秋の気配を感じる乾いた南風が吹く頃には、
「今日は晴れて良い風吹いてるから臭うよね~」
「9月だもん、風も涼しくて気持ちいいけどね」
などと話しながら、育ち盛りの私達は美味しくお弁当を食べ、
「いや~、慣れって怖いよね~! もう最近じゃも気にならないもん。空腹ほど辛いものは無いわ!」
「先輩にあの話聞いて暫くは気持ち悪くてさ、臭いのする日はお弁当食べる気しなかったけどね~。やっぱり空腹には勝てん! 今は平気でガッツリ食べてるし、ホント、慣れって怖いよね!」
と言って笑い合うのだった。
非日常だった物や事が、それに慣れる事によって日常へと変わり、それに疑問や嫌悪を抱かなくなる怖さ_。
昨今問題になっているいじめやハラスメントの根底にも「慣れ」は潜んでいるような気がする。
誰にでも経験がある身近で一番怖い話、それが「慣れ」に纏わるものかもしれない。
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