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Steven Tyler 75歳の数奇な人生。

クリスチャンの一週間は、週5日朝から晩まで働いて、土曜の夜に乱痴気騒ぎ、日曜の朝教会へ行って心を清めてまた一週間がはじまる。ざっとこういうサイクルです。なお、ロックはサタデーナイトの乱痴気騒ぎ担当であり、ロックンローラーは狂乱のパーティのその司祭である。しかもロックはともすれば解放と反逆のよろこびを主題にすえるゆえ、おのずと悪魔的色彩を帯びる。悪魔もけっしてラクじゃない。なにしろかれらにとってはレコーディング中もツアー中も毎晩が狂乱のサタデーナイトなのだもの。考えようによっては、神の国の国家公務員・天使として生きる方が(悪魔として生きるよりも)よほど穏健な人生(?)を送れることでしょう。


しかも、人は生きてりゃ歳をとるものでロックンローラーとて例外ではありません。まず中年に訪れるのが老眼である。つづいて自慢のロングヘアの艶が失われ、毛力とヴォリューム感も漸進的に失われてゆく。乱脈を極め続けた性生活への欲求も減ってくる。ステージアクションのキレも悪くなる。耳鳴りもする。一晩2時間ライヴをおこなってダンスしてシャウトすれば、真夜中にベッドのなかでふくらはぎが痺れて目が醒め、翌朝は肩凝り、腰痛にさいなまれる。そのうえ膀胱の柔軟性は失われつつあって頻尿気味になる。いったいおれはいつまでこんなアホアホ見世物興行を続けるのか?すでに使い切れないほどカネもあるというのに。誰だってそうおもうでしょう。おもえば27 clubの連中はしあわせものたちだ、Jim Morrison、Janis Joplin、Brian Jones、 Jimi Hendrix そしてKurt Cobainたちはみんな27歳で死んでしまったものな。しかし、老眼も腰痛も頻尿も経験したことのないロッカーなんてつまらないじゃないか。そんなんじゃとうてい中高年のハートは掴めない。しかし、では生き残った中高年ロックンローラーはどうすればいい? Forever Young? そんなものは絵空事だ。かくして老齢化にともなってロック・シンガーがシナトラ化するという現象が生まれてくる。古くはSir Rod Stewart、近年ではSting、はたまたElvis Costello。誰がそれを責めることができるでしょう? もちろんできない。


しかし、この人を見よ。Steven Tyler 75歳。イタリア&ウクライナ系ポーランド人の血を持つユダヤ系であるとともにドイツ人と先住民チェロキー族の血を引く、血統のカクテルのような男。かれはニューヨーカーであり、かれのバンド、AEROSMITHは絵に描いたようなセックス、ドラッグ、ロックンロール人生を半世紀にわたって続けてきた。しかもかれらが知覚の扉を何度となく開きまくるべく嗜んできたドラッグたるや、マリファナ、オキシコンチン、ヘロイン、メタンフェタミン、メタドン、LSD、コカインのフルコースである。めくるめく体験と引き替えにたった一回やっただけで体の各種代謝経路がのきなみぶっ壊れてしまうものも含まれていそうです。かれらの尿検査と血液検査の数値はまちがいなくつねに一貫して滅茶苦茶な数字が並んでいることでしょう。もしも若い頃から糖尿病になっていたとしてもまったく不思議ではありません。こんなでたらめな暮らしを続けながらかれは75歳の現在までロックシンガーを続けてきたわけですから、その体の頑健さは人間離れしています! まさに奇跡の男Steven Tylerではあって。


しかし、そんなSteven Tylerとてやはり人間ではあって。2022年のラス・ヴェガスのライヴには事前にかれにドクターストップがかかって中止になったもの。このときかれらはこんなツイートをしました、“Stay healthy and we’ll see you in the new year!” あまりにもかれらに似合わないコメントながらただしたいへんに実感がこもっています。しかもSteven Tylerはこの時期、足の手術をおこなっていて。もしかしてかれは免疫異常に由来する関節リウマチかなにかによって膝に水がたまるようになっているかしらん? しかし、それがどうした! Steven Tylerはけっしてシナトラ化などしない。文化人ふうなところも一切ない。かれは老いてなお断固、Hipster であり続ける。さすがです。


おもえばかれらエアロスミスは聡明にもデビュー曲の Dream On ですでに自分たちの未来を予見しています。

Every time when I look in the mirror
All these lines on my face getting clearer
The past is gone
It went by, like dusk to dawn
Isn't that the way
Everybody's got the dues in life to pay

Sing with me, sing for the years
Sing for the laughter, sing for the tears
Sing with me, just for today
Maybe tomorrow, the good Lord will take you away


この曲 Dream On の心境は75歳のいま、ますます深まっていることでしょう。Steven Tylerこそ、ロックンローラーの鑑。もっとも、いまかれは未成年少女との性行為によって訴えられてもいて、おおっぴらに讃辞を捧げることがはばかられることが残念です。ただし、人間のそなえた不道徳性についてもまた Dream On で見解が示されています。


I know nobody knows
Where it comes and where it goes
I know it's everybody sin
You got to lose to know how to win




 

誰だって高齢になるにともなって多かれ少なかれダークでSF的な未来が待ち構えている。だからこそ、Steven Tylerのように一生Hipster として生き切る人生は無限にすばらしく、中高年に勇気を与えてくれる。

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