高級蕎麦屋はジャズに頼るな!

石田幹雄(p)+山田丈造(tp)のライヴがすばらしいっていう話をしたいのだけれど、まずは前振りから。


日本人にジャズ好きは多いでしょ。とくに戦後世代のタモリさんから村上春樹さんあたりの世代のジャズ好き熱量にはものすごいものがある。(ミュージシャンで言えば、ピアニストの渋谷毅さんにあの世代のジャズ愛を熱烈に感じる。)もちろんそこには大東亜戦争=第二次世界大戦敗戦後のGHQによる戦後処理、日本人をアメリカ大好きにすること、の影響があるのでしょうけれど。



しかも、じっさい1950年~1967年までのジャズはエキサイティングだった。いいえ、もしも贔屓めに言うならば1950年~1970年代初頭までと言ってもいい。しかし、いくらあの時代がすばらしかろうとも、日本のジャズファンはいまだにこの時代だけが大好きで、それ以前にもそれ以降にもほぼ関心を示さない人があまりにも多い。どうしていま同時代を生きているミュージシャンに関心を示さないの? 



たとえば高級蕎麦屋は、有線で(ちいさな音量で)ジャズを流している店が多いでしょ。ぼくはまずあのちいさな音量が気に喰わない。もしも店主がほんとうにジャズを好きならば、もう少しだけでいいから音量を上げればいいじゃないか! ぼくは邪推する。自分が打った蕎麦を高く売りつけるために(ほんとうにご自身が好きだかどうかも怪しいにもかかわらず)ジャズに頼っているとしたら、かっこ悪ッ。



いいえ、ほんとはそんな世俗的な話題はぼくにとってどうだっていいの。実はきょう、ぼくは西荻窪の(ボロいライブハウスながら音は良く、小さめのグランドピアノの調律も完璧で、ジャズを至近距離で堪能できる、そんなキャパ30人の)アケタの店で、石田幹雄(p)+山田丈造(tp)のライヴを、2800円(ワンドリンクつき)を払って聴いた。


マジすばらしかった。ジャズピアニスト石田幹雄さん(42歳)の音楽性は、ぼくの理解に従うならば、一方でセロニアス・モンク~セシル・テーラーであり、そこを起点にして、ビリー・ストレイホーン(デューク・エリントンのパートナー)に遡りもする。石田さんはリズム感抜群で、アタックの強いシンコペーションがかっこよく、ときに変拍子なのかそうでないのかわからなくなるほど。それでいて演奏はまったく崩れない。



それと同時に他方でバラード系の曲では、いくらかキース・ジャレットを連想させもするものの、独自なリリシズムでリスナーの胸を締めつける。(なお、ぼくはメロディと響きに戯れながらただひたすらえんえん流れてゆくキース・ジャレットの演奏よりも、むしろ緻密に構成された石田さんの演奏の方が圧倒的に好きだけれど)。



山田丈造さんのトランペットがまた歌心に満ちあふれ、しかも狭いアケタの店ゆえ、息遣いも生々しい。石田さんと山田さんの呼吸もぴったりで、スリリングきわまりない。なお、演奏はピアノもトランペットも(アンプでの増幅を用いず)生音で成された。なんて贅沢な音楽体験でしょう!



石田さんの作曲能力の高さもまた特筆すべきもの。どの曲も(Cメロ譜とはいえ)複雑なメロディラインが五線譜に緻密に書かれています。石田さんと山田さんの共演歴の長さと深さがわかります。



観客たちはみんな熱狂し、ただ同席しただけの他の観客たちと仲間意識が生れる。この夜、ぼくはしあわせだった。まるで生き返ったような気分だった。ジャズは生きている。



けっしてこの曲に石田さんの多彩な音楽性を代表させていいわけではないにせよ、しかしそれでもこの曲に石田さんの音楽性の一面がある。


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