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【超超短編小説】産めば勝手に育って適当に生きると思っていた

 何故産んだのか、と問われた。
 遺伝性の病気もそうだし、大学にやれないってのはどう言うことだとも訊かれた。
 それはとっくに質問の域を出ていた。詰問や尋問ですら無い。
 ホームセンターで買ったと思われる真新しい箒にはまだタグが付いたままだった。
 その先端には、まだ何も切った事が無いであろう包丁が括り付けてある。ガムテープで巻かれた柄の上から乱雑に打ち付けられた釘の頭が見えていた。
 17番目のコードに致命的な欠陥を抱えて産まれた存在の苦痛は、それは酷いものだ。
 過剰と言う欠落のコンプレックスは死ぬまでどうにも出来ない。電脳と義体はまだ夢のまた夢。つまりその屈辱と劣等感を腰にぶら下げた斤量戦をずっと続ける事になる。
 俺は自然発生だった。
 そしてそれは50%の確率で遺伝する。つまり何も分かって無いと言う事だ。肉体が死ぬ訳じゃない病は、治療の優先順位が低い。そう、見捨てられた難病患者達だ。
「だいたい、アンタ達は親に大学まで出してもらってるのに」
 ご尤も、としか言いようが無い。
 親には大学まで出して貰った。その後は酷いものだが、それは自分の責任でしかない。氷河期だとか社会情勢なんて言い訳が効かない。
 実際に同級生は医者だの広告代理店だのメガバンだの大手保険だのと勤めている訳で、有限会社なんぞでプラプラと業務委託されてるのは俺くらいなものだろう。
 俺の喉元にある即席槍の切っ先を、妻も黙って見つめていた。
「なぜ産んだ?なぜセックスをした?なぜ避妊をしなかった?なぜ堕胎をしなかった?」
 俺たちはなぜ死を選ばなかったのだろう。
 妻を見ると、同じ事を考えている様な気がした。愛してるよ、と思った。
「さぁな、そこんとこだが、俺にもワカらん」
 愛してるよと言うべきだったかも知れない。
 さようならかな。
 あぁ、君はいつまで経っても洗濯ネットの裏表を気にしなかったね。
 いや、そんな事じゃな…………
 …………
 ……

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