Re:【短編小説】嗤うヤマザキ(未来はお前の手の中)
「今日、カワイが死んだよ。俺もそろそろ限界かも知れない」
留守電は切れた。
記録は今日の午後五時過ぎ。
時計を見る。
いまは午後十一時を少し回った頃だ。
もうウンノは死んでいるだろう。
俺は携帯を机に放り投げた。
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「がんばれよヤマザキ、お前の未来は俺たちの手の中だぜ」
手を叩いて囃し立てると、ヤマザキは表情を無くした顔で立ち上がった。
フェンスを乗り越えると、指でしがみつきながら背後に広がる校庭を見ていた。
「ひとつ!」
ウンノが声をかける。
ヤマザキは意を決して、フェンスから両手を離すと手を一度叩いた。
「やるじゃねぇか!」
囃し立てる俺たちをヤマザキが睨む。
「ふたつ!」
エダが笑って煙草を投げつけた。
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ヤマザキが自殺したのは二十年前の冬だった。
イジメを苦にした自殺で、俺たちとのやり取りを録音したテープと恨みを綴ったノートが残されていた。
俺たちは暴行と恐喝の罪に問われそうになったが、学校側は加害者の未来を考慮という名目で俺たちに選択肢を与えた。
暴行と恐喝の罪に問われない代わりに、氏名と住所を全国に公開される事を選んだシミズはその二週間後に自殺した。
少なくとも警察は自殺と発表した。
当時の俺はシミズが殺されたと思っていたけれど、今になるとシミズの自殺も嘘じゃないと思える。
罪を認めて少年院に行ったアマミヤは、満期を務めて社会復帰したものの、どこにも馴染めず拘置所や刑務所への出入りを繰り返している。
そのまま人生の大半を塀の中で生活して死ぬだろうし、本人もそのつもりらしい。
氏名や住所の公開を一時的に停止させる為、賠償金を支払い続ける選択をした俺とウンノ、それカワイとエダは就職してその支払いを続けていた。
三年目の春にエダが支払いを滞らせた。
取引先の倒産と、それに伴う人員整理でクビになったことが原因だった。
とうぜん事情は考慮されず、遅延損害金も含めた支払いが間に合わなかった。
エダの氏名と住所が公開された。
そして数年前のシミズのように死んだ。
もう自殺か他殺かはどうでもよかった。
カワイは支払いを続けていたはずだ。
支払いを滞らせた事も無いと聞いていた。
だが月々の支払いに終わりは無い。将来的な事を考えると誰だって暗澹たる気持ちになる。
明るい未来なんてない。
俺たちは貯蓄もできない。
カードも作れない。ローンも組めない。
俺たちの人生はその支払いをする為にある。
支払いに終わりは無い。
そして赦しもない。
教習所で見たビデオでは、交通事故を起こした主人公が同僚に嘲笑されながらも毎月の給料日になると遺族に仕送りを続けて、ついには赦しを得ると言う内容だった。
だが俺たちの人生にそれは無い。
俺たちは奪った分を死ぬまで返し続けるだけだ。
それでも返しきれないだろう。
カワイが耐えきれなくなった事は想像が出来た。
そしてそれを聞いてウンノも疲れを自覚したんだと思う。
だが俺たちに疲れる事は赦されない。
死んで終わるのならとっくに死んでいる。
だが死ねば全身を切り刻まれてありとあらゆる臓器が提供される。
俺たちに拒否権は無い。
そして残された骨だけが家族に返される。
それは葬式で遺体を焼いて残った骨とは違う。
エダもカワイもウンノも骨だけになってどこかに消えた。
俺は給与明細を眺めながら、支払いと家賃、光熱費と食費を計算した。
卓上の湯沸かしが音を立てて鳴いた。
熱湯をカップ麺に注ぐ。内部で跳ねまわっていた湯が数的飛び出した。
三分間待つ。
熱と湿気で蓋が捲れ上がろうとしていた。
俺は割りばしを載せて抑えた。
俺の背後でヤマザキが嗤った。
ヤマザキ、俺たちの未来はお前の手の中だ。
俺は手を合わせた。
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