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哲学論集

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私の書いた短い哲学論文をまとめてみました。
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記事一覧

分人主義と文体の哲学

分人主義とは小説家平野啓一郎の思想で個人というものはそれ以上分割できない存在(individual…

SW大橋勇
1か月前
11

分人主義と文体。小説、エッセイ、論文などの文体

noteを初めて三年が経ち、現在「小説家になろう」にほぼ毎日連載小説を書いて一年以上経ち、私…

SW大橋勇
1か月前
5

言葉の牢獄

答えは言葉で出せるものなのか? 哲学的な追究では、言葉の外に出ることはできないのではない…

SW大橋勇
1か月前
8

哲学の真実、人生の真実

哲学とは真実を曝露することである。 つまり真実を言語化すること、あるいは言語化しようとす…

SW大橋勇
1か月前
6

言葉と思考の哲学

人は言葉を使って物を考える生き物であると色々な人が言っている。 しかし、私はそうは思わな…

SW大橋勇
1か月前
7

分人主義を批判する。分人と分人のあいだ

分人主義とは小説家平野啓一郎が提唱する思想で、個人というものはさらに細かく分人というもの…

SW大橋勇
1か月前
5

文人主義。優柔不断の倫理学

先日、『「分人主義」∈「文人主義」』という記事を書いた。これは小説家平野啓一郎が提唱する「分人主義」にかけて、「文人主義」というものを考えてみたのだが、そこから、私は文人主義について真面目に考えるようになりつつある。 文人とは文人墨客のあの文人である。 小説家や詩人など文学者を指すとみていいだろう。 平野の「分人主義」には対する語として「個人主義」がある。「文人主義」に対するは「文武両道」とあるくらいだから「武人主義」と言ったらいいだろうか?いや、これは誤解がありすぎるか?武

「分人主義」∈「文人主義」

私は作家の平野啓一郎の思想「分人主義」についてときどき、考えている者である。 私自身小説…

SW大橋勇
2か月前
9

哲学と行為

三島由紀夫の美学や王陽明の陽明学は行為に至るまでの内面の在り方を論じているばかりで、その…

SW大橋勇
4か月前
7

分人主義について考える。ある分人が別の分人を人質に取った件

私の個人的な話だ。 もう三十年前になる。 私の父は優しい父だった。 そして、厳格な中学教師…

SW大橋勇
5か月前
4

(試論)「将来の夢を持ちなさい」は迷惑だ

私は子供の頃、すべてに満ち足りていて、幸せそのものだった。 幼児期から大人たちは、「将来…

SW大橋勇
6か月前
3

十代からの哲学。「恋が愛に変わって・・・」とか。

哲学とはたぶん誰もがやるものである。 その始まりは十代の頃から始まる。いや、もっと幼い頃…

SW大橋勇
6か月前
6

(試論)純文学は迷惑だ

純文学は迷惑だ。 私は幸せな家庭に生まれ、健やかに育っていた。しかし、学校の国語の授業で…

SW大橋勇
6か月前
10

東浩紀の「一番メタな視点に立てた者が一番頭が良い」と言う言葉の意味を考える

東浩紀は以前どこかで、「今の哲学は誰が一番頭がいいかのゲームになっている。誰が一番メタな視点に立てるかのゲームだ」みたいなことを言った。この意味を考えてみたい。 まあ簡単な話、メタな視点に立つとは、現実を俯瞰して見ることだ。そして、東浩紀風に言えば、より高い位置から俯瞰した者がより頭がいいと言うことになると思う。つまり現実を俯瞰しているカメラマンがいて、さらにその上にまたカメラマンがいて、さらにその上にという風にずっと無限後退みたいにメタなカメラマンの列ができる。その最後尾に