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【エロコント小説】となりのアンアン

俺は大学生で、二階建ての安アパートの一階に独りで住んでいる。103号室だ。東隣の104号室には、昔、銀座で働いていたという、おばちゃんというか、初老の女性が独りで住んでいる。ときどき、日曜日などに孫なのか子供の声が複数聞こえる。彼女は明るい笑顔が印象的な女性で、銀座で働いていたということしか情報がない。俺は彼女が、元ホステスなのか、それとも高級な宝石店などで働いていたのかは知らない。まあ、こんな安アパートに住んでいるから金持ちではないだろう。ときどき、俺が窓の外に洗濯物を干したりしていると、隣のおばちゃんの干してある洗濯物が目に入る。ふつうに下着など干してある。俺は「おばちゃんは下着を外に干すが、若い女性は外には干さない」などと勝手な洞察をして楽しむ。
 
しかし、問題は104号室のおばちゃんではない。反対隣の102号室の人間だ。一回見かけたことがあるようだが、若い男性だったと思う。彼がどんな生活をしているのか俺は知らない。俺が大学に出かけるときや、帰宅したときなど、102号室の扉は静かに閉まっている。だが、人の気配はある。
その102号室から、夜中になると俺の部屋との薄壁を通り抜けて、女の声が聞こえるのだ。俺が布団に入り眠ろうとすると、必ず隣から女の声で「アンアン」などと色っぽい声が聞こえるのだ。俺は妄想で苦しめられた。
「くそう、102号室め、彼女がいやがんな。くぅ~、うらやましい。俺も彼女欲しい。連れ込みてぇ~」
そんなことがあっても、翌朝には、102号室は沈黙しているのである。どういうことだろう?俺は102号室の彼女が美人かどうかに関心があった。俺などくだらない二十歳にもならない童貞男子なのである。夜のアンアンを聴きながら、オナニーをしようかと思っているのだが、そうなるとその女が美人かブスかが重要だった。読者には、「そんなの妄想の中で美人にしちゃえばいいだろ」という人もいるかもしれないが、俺は真実を探求する哲学科の学生だったため、真実を嘘で塗り込めることをいさぎよしとしなかった。
俺は102号室の男とその女が出てくる現場を見てみたかった。一体いつ男は出かけ帰るのか、女はいつ来るのか?俺は行動に出た。一日中、102号室の見えるアパートの裏の茂みの中に張り込んで、102号室から出るあいつとその彼女をこの目で確認しようと思ったのだ。その朝、五時から張り込んだ。翌日の朝五時まで寝ずに張り込むつもりだった。
午前十時まで動きがなかった。しかし、その十時、男が出て来た。そして、女も出て来た。俺はその顔をしっかりと見た。「メチャメチャかわいい!」ふたりは腕を組んで出かけて行った。俺はもう目的を果たしたと思い、その場を動こうとした。そのときだった。思わぬことが起きた。102号室から、もう一人女が出て来たのである。「え?彼女が二人いるのか?」俺は興奮した、この二番目の女も美人だったからだ。童貞の俺など考えることが下劣だ。美女ふたりの声を聞きながらオナニーができるぞ、などとバカなことを考えていた。しかし、驚いたのはそれだけではなかった。女が戻ってきて、102号室のドアの鍵を開けて入ったのである。「おや?」俺は首を傾げた。なぜなら、その女が、さっきのふたりの女と別の女に見えたからだ。しばらく、俺は待ったが、女は出てこない。俺は勇気を出して102号室のドアに近づこうとした。すると、また別の女がやってきて、102号室に入ったのだ。あいつには四人も彼女がいるのか?俺はドアに近づいて耳を澄ました。中からは洗濯機の回る音と、掃除機の音が聞こえる。俺は思った。「これはたぶん、家事労働をする業者が入ってるんだ。しかし、ふたりとも若いな。しかも美人だ」。俺はこの業者の女性ふたりが帰るのを茂みに隠れて待った。しかし、午後三時になってもふたりは出てこなかった。すると、買い物袋を持った若い美女がやってきて、102号室に入ったのだ。「え?」これで中には、三人女がいることになる。また、俺は待った。しばらくすると102号室からいい匂いがしてきた。さっきの女が料理をしているのだろう。そこへ、102号室の男が帰って来た。無論女を連れている。俺は驚いた。朝、共に出かけた女と違う女なのだ。一体どういうことなのだ?ふたりは102号室に入った。中には男ひとり、女四人がいることになる。いや、他にもいるのか?俺はよくわからなかった。とりあえず、腹が減った俺は、張り込みをやめることにした。自分の103号室に入った。俺は電気ポットから湯を注いでカップラーメンを作った。待つ三分、静寂の中を俺は壁に耳を注いだ。102号室から漏れる声、話し声でも生活の音でもよかった。とにかく聞きたかった。しかし、声も音も聞こえなかった。
しかし、夜九時を廻ると、102号室から、「アンアン」が聞こえて来た。俺は壁に耳を当てた。たしかに女の声だ。俺はティッシュを引き寄せ、ズボンを下げた。この隣の「アンアン」でオナニーをしようと思ったのだ。今日の声は凄かった。ひとりの「アンアン」だけではなかった。ふたりめの「アンアン」が聴こえ始めた。ふたり同時の「アンアン」だった。ふたり同時?俺は想像力が付いていけなかった。俺はもうとっくに射精していて、ただ、夢中で壁の向こう側を想像していた。すると、三人目の「アンアン」が聞こえ始めた。え?三人目?俺は困惑した。とりあえず自分を顧み、シャワーを浴びることにした。今日は一日張り込んで疲れた。俺は眠りたかった。シャワーを浴びると、俺は布団を敷いてそこに入った。隣の102号室からは、ついに四人目の「アンアン」が聴こえ始めた。いったい、102号室はどんなことになっているのだ。俺は眠れなかった。深夜になっても「アンアン」は続いた。そして、ようやく深夜二時半には静かになった。それでも俺は眠れなかった。朝になると、102号室からは味噌汁のいい匂いがした。俺はパンを食べ、コーヒーを飲むと、部屋を出て、102号室のドアを叩いた。102号室のドアを開き中から男が出て来た。
「朝からなんですか?」
俺は言った。
「あのう、夜中、アンアンうるさいんですけど」
「あ、声が聞こえちゃいましたか?」
「眠れませんでした」
俺は部屋の中を覗いた。若くて美人な女たちが朝食を食べていた。
俺は言った。
「夜中に何をやってるんですか?」
男は平然と言った。
「セックスですけど」
俺はなんと言ったらいいかわからず、こんなことを言った。
「四人の女性とセックスするんですか?」
「いや、本当は独りのはずが、昨日はついハメを外してしまったんだ」
「ハメ?」
「僕は毎日部屋に四人の彼女が来ていてね、順番に、掃除当番、洗濯当番、料理当番、セックス当番と決めていて、料理当番とセックス当番以外には夕方帰ってもらうんだけど、昨日はつい五人全員で楽しんじゃったんだ。うるさかったなら謝る」
「え?掃除当番、洗濯当番、料理当番、セックス当番?」
「うん、僕の彼女は五十人いてね。当番制で僕の世話をしてくれるんだ」
「ご、五十人?」
「驚いたかい?」
「あなたは・・・あなたの仕事はなんなんですか?こんなに派手に遊べるなんて、どんだけ稼いでるんですか?」
「いや、僕は働いてないよ。強いて言うなら、彼女たちと楽しく生活することが仕事かな」
「え?無職?じゃあ、どうやって生活費を稼いでるんですか?」
「いや、五十人の彼女たちが生活費を出してくれるんだよ」
「は、はぁ?」
「だから、僕は彼女たちを大切にしなきゃならないんだよ」
「え?なんで、そんなに彼女がいるんですか?あなた、イケメンでもないし、カネもないんでしょ?あ、学歴が高いとか、なにか才能があるとか、将来性があるからとかですか?」
「う~ん、僕は中卒だよ。中卒当時から彼女たちが僕の世話をしてくれてるんだ」
「え?金持ちの息子とかですか?」
「そうじゃないな。僕のうちは普通の家庭だよ。僕が中学を卒業すると彼女たちが世話をしてくれると言うので、このアパートに住むことに決めたんだ」
「なぜ、彼女たちはあなたの世話をするんですか?」
「そりゃ、彼女たちが世話してくれなければ僕は死んでしまうからね」
「え?じゃあ、同情で生きているんですか?」
「同情じゃないな」
「わかった、セックスのテクニックがメチャクチャあるとか」
「そんなんじゃないよ。まあ、僕は昔からたくさんの女性に囲まれて育ったからね、女性の心も体も扱い方が人より上手いのかもしれないけどね」
「なぜ、昔から、あなたの周りには女性が多いんですか?」
「それはわからないな」
「彼女たちがあなたの世話をして何か得することでもあるんですか?」
「そんな、損得勘定で彼女たちは動いてないと思うよ。純粋に僕の世話をしたいんだと思うな」
「あなたは、そんな彼女たちの気持ちを利用して無職で遊んでばかりいるんですか?」
「でも、僕が遊んであげないと彼女たちの生きがいがなくなってしまうからね。それはかわいそうだろ?」
「そうだ、あなたはセックスをしますね?ちゃんと避妊はしてるんですか?」
「避妊なんてしたことないなぁ。僕には世間の人たちが避妊をする理由がわからないよ。妊娠したら嬉しいのに決まってるからね」
「え?あなたは、彼女たちを妊娠させるんですか?」
「まあ、セックスをしたら、必ず妊娠する可能性があるだろ?」
「子供は産ませるのですか?」
「当然だよ。世の中には堕胎なんて言葉があるけど、あんなの意味がわからないよ。子供がかわいそうなだけじゃないか」
「育てるのは誰ですか、あなたは父親としてその子たちを育てるんですか?」
「うん、まあ、育てるというか、ときどき遊んであげるという方が的確かな。なにしろ子供は三十人以上いるからね」
「三十人?」
「うん、その子たちの相手をするのも僕の大切な仕事だと思っている」
「あ、あなたは、そんなことでいいと思っているのですか?世間には生活のために必死で働いている人がいるんですよ」
「うん、まあ、人それぞれじゃないかな」
「あなたは、努力というものをしたことがありますか?」
「努力?う~ん、ないかな。僕は努力をして何かを得ようとは思わない。すでにあるもので満足することにしている。『足るを知る』これだね」
「じゃあ、五十人も彼女を持たないで、独りにできないんですか?」
「なぜ、独りにしなければならないんだい?そんなことをしたら残りの四十九人がかわいそうじゃないか」
「世間では、ひとりの彼女もできない人がいるんですよ」
「うん、そうかもしれないけど、世間は世間、僕は僕だと思うな。世間に合わせて五十人の彼女を捨てろ、とか言うのだったら絶対におかしいと思うんだ」
「あなたはなんのために生きてるんですか?」
「う~ん、なんだろう?一日一日を楽しむためかな」
「あなたには将来の目標とかはないんですか?」
 「ないよ。そんなものに執着して努力しても得るものは少ないと思うな」
「じゃあ、金メダルを目指して努力するアスリートは無駄なことをしていると言うんですか?」
「そんなことは言ってないよ。人それぞれ人生も価値観も違うからね。ただ、僕は金メダルを目指したりせず、毎日、彼女たちと楽しむことを大切にしているんだ。アスリートだって言うじゃないか、『試合を楽しめました』っていうふうにね。楽しむことが一番大切なんだよ」
「では、あなたには男の友達はいますか?」
「今はいないね。みんな僕から離れて行ってしまう。なぜかな?」
「それはあなたの生き方について行けないからですよ。五十人も彼女がいるって異常ですよ」
「うん、世間的にはね。でもね、さっきも言ったように僕は世間に合わせて自分のライフスタイルを変えようとは思わない。自分は自分、世間は世間」
「あ、もしかして、あなたは新興宗教の教祖ですか?」
「なぜ、そうなるのかな?僕が彼女たちをマインドコントロールしてるとでも言うの?」
「そうじゃないんですか?」
「僕は宗教が嫌いな人間なんだよ。自分の価値観がきちんとしていればそれでいいじゃないか。毎日彼女たちと遊んでそれが楽しい。その楽しい日々が一生続くこと、それだけが僕の願いなんだ」
「働かない人間にそんな幸せはないと思いますよ」
「働いて苦労している人はみんなそういうことを言うね。まるで働かないのが悪いみたいだ」
「憲法にも勤労の義務が掲げられてあるじゃないですか」
「憲法は憲法、僕は僕だ」
「え?あなたは憲法を守らないつもりですか?」
「さっきも言ったけど、僕だって彼女たちと楽しく遊ぶという仕事をしてるんだ。なにも額に汗して苦労することだけが仕事じゃない。それに楽しく働くっていう言葉もあるじゃないか。僕は彼女たちと楽しくデートし、楽しくセックスして毎日を送られればそれでいいんだよ。『足るを知る』さっきも言ったろ?」
俺は何も言えなくなった。こいつのこの満ち足りた態度は絶対に崩せない、そう思った。それに問答を繰り返していると、こいつのほうが正しいような気もしてくる。ダメだ、論争してもこいつには勝てない。彼女五十人の恵まれ過ぎた男と、彼女いない歴二十年の童貞苦学生では立場が違い過ぎる、俺の質問がすべてひがみみたいになる。よし、こうなったら、論点を変えよう。
「とにかく、僕は、毎晩隣からアンアンと女性の声が聞こえて来るので迷惑しているんです。アンアンをやめるか、出てってくれませんか?」
「そうか、ごめんよ、そこまで考えていなかった。僕は隣からアンアンが聞こえて来ても、『ああ、お隣さんも幸せなんだなぁ』と思うばかりで、迷惑に思う人のことなど想像もできなかった」
いちいち、ムカつく奴だ。
彼は部屋の中の四人の女性に言った。
「この部屋を出るよ。みんな。引っ越しだ。引っ越し先は周囲に迷惑の掛からない防音の部屋のある家にしよう」
こうして、その日、102号室は引っ越して行った。引っ越しの手伝いに来た五十人の女性たちとその子供たちを見て、俺は別の人種の人生を見ているような気がした。
その夜、俺は布団に入った。もう、102号室からアンアンは聴こえない。ぐっすり眠れそうだ。
しかし、甘かった。
104号室からアンアンが聞こえて来たのだ。あのおばちゃん!
 
 
(了)

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