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丁寧に重ねられた時間

春の気配がふんわりと漂う中、ウサギとカメはデパ地下の小道をのんびりと歩んでいた。平日だというのに、ショーウィンドウの前には目を輝かせる人々が群がり、賑やかな空気が流れていた。

ウサギはショーウィンドウをのぞき込むと、「ホワイトデーにはやっぱりバームクーヘンがいいわね。3月4日はバームクーヘンの日なんだって」と、つぶやいた。その声にはプレゼントを待つ、軽やかな期待が込められていた。

ぐるりとショップを巡りながら、ウサギが言葉を重ねた。「ドイツ語でバウムは木を、クーヘンはケーキを意味するの。木の年輪のように一層一層丁寧に重ねられた姿から、積み重ねてきた時間を感じるわ。私たちの時間と似ていない?」 フロアに広がる甘い香りが、二人をそっと包み込んだ。

カメも、彼女と同じ目線で見つめながら、「丁寧に重ねられた時間、か…。そう言われると、バームクーヘンがいつもと違って見えるね」と言葉を返した。

カメはゆっくりと彼女に視線を向けると、「厳密に言うと『バウムクーヘン』と『バームクーヘン』は違うみたい。バウムクーヘンはドイツバウムとも呼ばれていて、ドイツ伝統の正統派製法にこだわった一品。国立ドイツ菓子協会の規定に沿った製法と材料で作られているんだって」と、静かに続けた。

ウサギはちょっとびっくりした様子で、「そうなの? それは知らなかったわ。ドイツバウムも食べてみたいわね」と柔らかく笑った。

二人の間に流れる時間は、バームクーヘンのように、それはそれは丁寧に、そして確かに重ねられてきた。二人はショーウィンドウの中で静かに並んでいるバームクーヘンから、いつまでも目が離せなかった。

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