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推敲と改作について(『翅ある人の音楽』から「凍える声」30首)


はじめに

この文章は、2023年5月21日(日)開催の文学フリマ東京36においてフリーペーパーとして配布したのち、現在もBOOTHで無料ダウンロード商品として公開しているもののnote版です。基本的に異同はありませんが、音楽について触れた箇所にYouTubeのリンクを追加しています。

構成内容は、歌集Ⅰ章に収録した「凍える声」30首とその初稿、それにまつわる「推敲と改作について」という小文です。歌集発行が6月24日予定だったため、先行公開の意味合いを兼ねて作ったペーパーでしたが、このたび歌集批評会を控えて、より見やすい形でアップしようと考えました。

【告知】『翅ある人の音楽』歌集批評会

濱松哲朗歌集『翅ある人の音楽』批評会
日時:2024年2月10日(土)13:30~17:00(13:00受付開始)
 第1部・パネルディスカッション
 パネリスト:荻原裕幸・内山晶太・田口綾子・浅野大輝(兼司会)
 第2部・会場発言
会場:TKP田町カンファレンスセンター ホール2B
 〒108-0014 東京都港区芝5-29-14 田町日工ビル2階
 (JR田町駅・都営三田駅徒歩5分)
会費:2000円(学生半額)
 *懇親会予定(5000円・学生半額)

こちらのURL(https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSc4e05d3CeqfppLkAMDEVSHyyVGsl_NQQqRAD520kfvbPpJEw/viewform)からお申込いただけます。皆様のご参加、お待ちしております!

凍える声(初稿・30首)

傘同士すれ違ふとき片方が高く掲げる雪もろともに
巻き添へを喰らつて生きてきたやうな気がして雪のバス停に佇つ
肺胞に鋼のごとき夜気充ちてかつての冬を残響と為す
いさかひの後のやうなる身体にて雪ふる街を踏みしめてをり
少年のわれの気配は頬あかくわれを待ちをり坂のうへにて
寒いのはおまへだけではない等と云ふ、出て行つた癖に偉さうに
川沿ひに風の強まる気配して昔の傷を確かめてゐる
まつ先にわが身へ及ぶ雪煙の覚えてゐないとは言はせない
遠かつたはずのわたしがここにゐて随分とずぶ濡れの手ぶくろ
おまへはまだここにゐたのか逃れても逃れてもなほくらき回廊
足跡のうへに重なる足跡の時をり逸れてまた戻り来る
まだ誰かうごめいてゐる トレモロのやうに記憶を揺さぶられつつ
忘れてゐたわけではないが、どの雪も迎へにゆけばぬかるみである
かなしみが指にからまる感触のこんなに強く握りかへして
ずつと奥に隠しておいたはずなのに金切り声が耳をつらぬく
取りかへしのつかざる生と思ふとき檻なす雪のわれに迫れり
憎んでも仕方ないから、瘡蓋のやうに言葉を塗り重ねたり
かつて、とは屠りのこゑと識りてより寒雷のごとき眼差しをもつ
閉ぢ込めてゐたのはひかり 遅いからもう帰らう、とわれを見上げて
坂道のすべりやすきを知りつつもこれより他に道知らざりき
まばたきは記憶のふるへ 崩ゆるものみな灰白の影をともなふ
ほの明かりつらなる道に暴力の雪に生まれて雪に消ゆるも
わが指のつめたき内に潰えたるおまへの息よ おまへはわたし
わたしにも凍える声のあることを笑へば笑ふほどにくるしい
さう簡単に殺さなくても良かつたと今頃気づいても冬だつた
幾たびも追つ手のごとくふる雪をかはして、かはしきれずに踏んで
精いつぱい逃げて おまへからも逃げて 凍傷のあと見せつつ過去は
踏切の手前に狂ふ風ありて夜半に過ぎゆく貨車のくらがり
もう春を望んでゐない 弔へばわれもいたみの雪となるらむ
寝台におのれの熱をゆだねつつ目瞑るときのかすかなる息

初出:「塔」2018年7月号


凍える声(決定稿・30首)

„Seid ihr nicht der Schwanendreher?‟

傘同士すれ違ふとき片方が高く掲げる雪もろともに

風花よ 呼気にひかりをうつしつつ見上げてゐたり冬の鉄橋

いさかひののちのやうなる熱もちて雪ある街の一点となる

少年のわれの気配は頬あかくわれを待ちをり坂のうへにて

遠かつたはずのわたしがここにゐる随分とずぶ濡れの手ぶくろ

怯えてはゐないやうだが、冬の手はおのづと鉄の扉をさがす

かなしみが指にからまる感触のこんなに強く握りかへして

まばたきは記憶のふるへ 崩ゆるものみなくわいはくの影をともなふ

お気に入りだつた絵本の鳥の名を呼ぶとき喉はもう燃えてゐて

読み聞かせの途中で眠くなつたから覚えてゐない毛布のことを

白鳥を焼くをとこゐて私にもすすめてくれるやはらかい部分

かつて、とは屠りのこゑと識りてより寒雷のごとき眼差しをもつ

じつと目をこらせば声が匂ふから大人をえらぶのにも慣れてゆく

寒いのはおまへだけではない等と云ふ、出て行つた癖に偉さうに

毛嫌ひの果てに未だに食はざりし物あり たとへばむらさきのガム

坂道の滑りやすきに驚きて笑ふ、転んでもなほ笑ひたる

もつと早く凍らねばならぬ ためらひを芯にして太りゆく雪だるま

忘れてゐたわけではないが、どの雪も迎へにゆけばぬかるみである

わたしにも凍える声のあることの笑へば笑ふほどにくるしい

子守唄爪弾くやうに雪はふる おはなしだから、おしまひだから

肺胞に鋼のごとき夜気充ちてかつての冬の残響をなす

おまへはまだここにゐたのか のがれてもなほ点々と生け捕りのあと

ずつと喉に隠しておいたはずなのに斧の重みが時をつらぬく

同じ目をしてゐるわれに怯えたるみづからを逃さずにわが目は

覚えてゐないとは言はせない 火搔き棒まつ先に探り出して、わたしも

見開きのまま本は燃え、暴力の雪に生まれて雪に消ゆるも

雪原よ われはわれより逃れ来て消されるまでを碑文に刻む

金継ぎのやうに朝日を透かしつつ垂直の力に立つ針葉樹

氷とはみづとひかりの咎なるを鳥よこの世の冬を率ゐよ

マフラーを道の途中に外すときわれにひかりは春をともなふ


推敲と改作について

 歌集のⅠ章末尾に収めた「凍える声」は、第8回塔短歌会賞候補作として「塔」2018年7月号に掲載された同名の連作を核とする30首です。言い換えると、応募時の初稿から歌集の決定稿に至る過程でかなり手を加えた連作ということです。

 前提として、私は自分のなかに感じたもやもやを、言葉で捉えるのがとても苦手です。そもそも普段あまり言葉でものを考えていないとも言えます。ぼんやりとした色調の濃淡や増減、あるいは寒暖差が頭の奥で疼いている、それが私にとっての「認識」であって、言葉の形で思いつくというよりは、思いついたものを言葉に落とし込んでいるというのが正確なところです。

 そのため、「言葉にする」という行為を通じての合理化や解決があまり得意ではなく、同じような心のひっかかりにケリがつけられず、繰り返し作品化してしまう癖があります。手癖というのは心の癖のことです。これは連作のストーリー構造においても言えることで、“現実のある風景から記憶が引き出され、幻視した回想や過去の自分によって現在の〈私〉が浸食される”というパターンから、私は長いこと抜け出せずにいました。「凍える声」もそんな繰り返しの一例です。ですが、作者がどれだけ切実に、切羽詰まって言葉を紡いだところで、読者からすれば単調な堂々巡りにしか見えません。

 そこでまず、なんか似ているなと思う連作と並べるところから始めました。「雪の碑文」(2015年)「英雄のゐない子守歌」(2020年)「声と歯車」(2020年)……。30首単位の没稿がぞろぞろ出てきます。このうち、「雪の碑文」は一部を既に「〈富める人とラザロ〉の五つの異版ヴァリアント(2016年)に使っています。この50首は動かせない(まあ改作したけど)。「声と歯車」も「土のみづから」(2021年)に何首か使ってしまいました。しかもこれは夏から秋にかけての歌で、冬真っ只中の「凍える声」にはちょっと組み込めそうにない。消去法的に、似たようなテーマと季節で書かれた「英雄のゐない子守歌」とガッチャンコすることになりました。ちなみにこのタイトルは、ドビュッシーの《英雄的な子守歌Berceuse héroïque》のパロディーです。

 まず、「凍える声」の初稿から歌を落とします。〈巻き添へを喰らつて生きてきたやうな気がして雪のバス停に佇つ〉とか〈取りかへしのつかざる生と思ふとき檻なす雪のわれに迫れり〉とか、言っていることがそのまま過ぎて弱い歌はここで容赦なく切り捨てます。30首がここで一旦、16首にまで減ります。

 続いて、「英雄のゐない子守歌」から大丈夫そうな歌(?)を選んで、配置を考えつつ改作をします。歌集の自選5首にも選んだ〈白鳥を焼くをとこゐて私にもすすめてくれるやはらかい部分〉は、この時の〈民謡に白鳥を焼く男ゐてすすめてくれるやはらかい部分〉からの改作です。説明的な初句を消して正解でした。ちなみにこれも、ヒンデミットのヴィオラ協奏曲《白鳥を焼く男Der Schwanendreher》に由来します(この連作と違い、ヒンデミットの曲自体はドイツ民謡をパラフレーズした楽しい作品なのですが……)。

 この歌を入れたことで、連作として安定したような気がしました。元となったドイツ民謡の歌詞(“あなたは白鳥を焼く人ではありませんか?”)を謎かけのように冒頭へ置くことも、ここで決まります。これで16+7=23首。歌は基本的にExcelで管理しているので、ここからは初出誌でソートをかけたり、発表月順に並べ替えたりして、良さそうな歌を拾っていきます。〈風花よ 呼気にひかりをうつしつつ見上げてゐたり冬の鉄橋〉〈雪原よ われはわれより逃れ来て消されるまでを碑文に刻む〉という似た構造の歌を、前半と後半にそれぞれ配置するなどの‟仕込み“もしつつ、30首を重ねていきます。

 その結果が、上に載せた決定稿です。初出は以下の通り。

・「凍える声」初稿(「塔」2018年7月号)…①③④⑤⑦⑧⑫⑭⑯⑱⑲㉑㉒㉓㉕㉖(16首)
・「英雄のゐない子守歌」(2020年)…⑨⑩⑪⑬⑳㉔㉘(7首)
・「雪の碑文」(2015年)…㉗
・「塩対応」(「夕化粧」vol.16、2018年2月)…⑥
・一日一首2015(ブログ掲載)…⑰
・「塔」月詠…②2017年5月号、⑮2017年7月号、㉙2018年5月号、㉚2018年7月号

 こんな感じの作業を420首分やって、一冊の歌集になりました。

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