見出し画像

パノプティコン性 介護施設の課題 Ⅲ-3


1.パノプティコン性

 介護施設とは何かということを考えるとき、語るとき、パノプティコン(panopticon;一望監視施設)という概念を外すことはできません。

 パノプティコンとは、イギリスの思想家ジェレミ・ベンサム(Jeremy Bentham)が考案した監視塔から監獄のすべての部分が見えるように造られた円形の監獄のことで、ミシェル・フーコー(Michel Foucault) が『監獄の誕生 監視と処罰』(田村俶訳、新潮社、1977年)において、近代管理システムの起源として紹介したことで知られています。

 介護施設の施設度をこのパノプティコンという視点から考察することはとても大切なことです。なぜなら日本の多くの介護施設が実質的に障がい老人のパノプティコンと化しているからです。

 以下に施設のパノプティコン性を整理してみたいと思います。

(1) 移動自由度

 移動の自由は基本的人権の中でも非常に重要な価値です。人が自分の行きたいところに移動することは、表現の自由・集会の自由と密接な関係にあります。
 また、移動の自由は、人間の活動範囲を広げ、見知らぬ人々との接触の機会を与えることにより、人格の形成と成長に不可欠の条件です。

 國分功一郎(哲学者:東京大学大学院総合文化研究科教授)さんはジョルジュ・アガンベン(Giorgio Agamben;イタリアの哲学者)を引き合いに出して次のように移動の自由の重要性を強調しています。

「移動の自由は、原-自由とでも呼ぶべきものであって、あらゆる自由の拠り所なんですね。」

引用・参照:大澤真幸/國分功一郎 2020「コロナ時代の哲学」左右社 p81,82

 さらに、近代において監獄が刑罰の中心となったのは、移動の自由が最も苦痛だからという指摘も非常に参考になります。

「移動の自由の制限こそが人間にとって最も苦痛であるから、・・・」

引用・参照:大澤真幸/國分功一郎 2020「コロナ時代の哲学」左右社 p81,82

 監獄は、人からのこの移動の自由を奪うことで、その人に苦痛を与え、罰するのです。
 介護施設でも施設内の移動、施設外への移動、および面会の容易度も基本的人権の観点から非常に重要です。
 ユニット型の介護施設では安全確保のため?にと、施設内の自由な移動が制限されていることが多いように思います。さらにまた、施設外への移動が自由ではない施設も多いでしょう。
 特にここ2,3年、新型コロナの感染予防ということで施設内外の移動、及び面会(面会場所、時間、人数等)が厳しく制限されてきています。この観点からすると、ここ数年、介護施設はそのパノプティコン性を高めてきていると言え、憂慮すべき事態だと思います。

(2) 退所自由度

 監獄では刑期を全うするまで退所できません。
 移動の自由には住居移転の自由も含まれています。人は自分の欲する所に居所を定め、移転し、自己の意志に反して居住地を移されることのない自由があるのですが、介護施設ではご本人及びその家族の諸事情からこの居住移転の自由を実質的に享受できないでいるのです。
 ごく一部の介護施設で積極的に自宅に戻れるよう支援していますが、介護施設における退所の容易度、退所への支援も、その施設のパノプティコン性を測る際には重要な要素だと思います。

(3) 監視度

 職員から監視される度合いによってパノプティコン性の強度は決まってきます。要するに、プライバシーの確保度はパノプティコンの重要なスケール(scale:目盛り)です。
 特に最近のモニタリング機器、カメラによる監視は当事者のプライバシーをおかし、パノプティコン性を強化するものになりかねません。
 このような監視も「ご本人の安全のため」というパターナリズム(温情的庇護主義)によって正当化されているのです。
 モニタリング機器を設置する場合は、本人または家族の同意を前提とすべきだと私は思っています。

(4) 規律度

 介護施設の秩序・規律の柔軟度はパノプティコン度に大きく影響します。監獄では囚人服と看守の服は明確に区別され、決まった日課・週課を囚人たちに厳守させます。
 介護施設でも、職員の制服の有無、日課・週課(時間規律)の柔軟度はそのパノプティコン性に大きく影響を与えます。「業務日課」至上主義はまさしく、この規律度を高めるものといえるでしょう。

2.パノプティコン度の比較

 監獄・刑務所の他にも、工場、学校、病院、介護施設などもパノプティコン的性格を有する施設として知られています。
 これらの施設のパノプティコン度の比較をしてみるのも良いかもしれません。この比較をとおしてパノプティコンとしての介護施設の位置づけを明確化することができるかもしれません。
 先に紹介しました。移動の自由、退所の自由、監視度、規律度の4つの視点で整理すると下表のようになると思います。もちろん、これは私の独断と偏見以外のなにものでもないのですが・・・お叱りを覚悟の上です。

パノプティコン度比較表

 移動の自由、退所の自由、監視度、規律度の4項目を1点から3点までの3段階評価とします。点数が高い方がパノプティコン度が高いということを示します。

① 移動の自由
 工場や学校は、自宅との往復もあり、移動の自由は確保されているように思うので1点。病院は病気の状態にもよりますが、状態さえよければ一定程度の自由はあるでしょうから2点。介護施設は心身の状態にもよるでしょうが、実態的にほぼ移動の自由はないと思われますし、もちろん、刑務所は移動に自由はあり得ませんので3点。

② 退所の自由
 工場は辞めることができるので、退所の自由はあるので1点。また学校も義務教育であっても期間限定ですし、転向も可能でしょうから1点。病院も病気が治れば退院できますし、転院もできますので1点。刑務所は刑期さえ終えれば退所できますので2点。介護施設は、実質的に期間限定なしの無期でしょうから3点。

③ 監視度
 私は病院、介護施設、刑務所等は監視カメラ、モニターなどがあり、監視度は非常に高いので3点とし、工場、学校は1点としてみました。

④ 規律度
 刑務所の規律が一番厳しいように思いまうので3点。介護施設の規律も、日課・週課などの時間規則を中心に厳しいというか融通が利かない面があるので、3点にするのか2点にするか迷いましたが、一応、病院と同じ2点にしてみました。

 上表をみてみると、介護施設のパノプティコン度は刑務所並みということになってしまいました。繰返しになりますが、これはあくまでも私個人の勝手なイメージ、独断と偏見に基づいたものです。
 皆様はどのように評価するのでしょうか?是非、やってみてください。

 パノプティコンという言葉・概念が、介護の世界でも一般的になれば良いと思います。知らなければ、パノプティコンとしての介護施設を認識することができません。
 移動の自由、面会の自由、退所の自由、プライバシーの尊重(モニタリング機器の設置の説明と同意)、規律の柔軟性、業務日課及び週課の柔軟性、職員の制服の私服化などについて、パノプティコンという概念を手掛かりに、役職員間で話し合ってみても良いのではないでしょうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?