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2022年の新聞書評キラー10人による34冊(新聞書評の研究2022)

はじめに

筆者は2017年11月にツイッターアカウント「新聞書評速報 汗牛充棟」を開設しました。全国紙5紙(読売、朝日、日経、毎日、産経=部数順)の書評に取り上げられた本を1冊ずつ、ひたすら呟いています。本稿では、2022年に新聞掲載された総計3158タイトルのデータを分析しています。

なんでそんなことを始めたのかは総論をご覧ください。

全紙に紹介された書籍やタイトルの分析など、過去の連載はこちらをご覧ください。

多くの書籍が紹介された著者

今回は、2022年に書評に取り上げられた著作数が多い著者を紹介します。文庫化に際して書評が掲載されたものも含みますが、いずれにしても多作でかつ、書評子のお眼鏡にかなう水準の高い書籍を出し続けた証といえます。

2019年~2021年の書評に対しても、同じような分析をしています。以下でご覧になれます。

2019年~2021年の分析では、書評総数を対象にしていましたが、今回は書籍数を対象にしました。2022年には、1タイトルが6回も紹介された例があり、書評総数との乖離が著しかったためです。

まずは全体像です。10人中女性が7人。男3人のうち2人は学者で、文芸作家は1人。一方女性は6人が小説家で詩人が1人です。女性が圧倒しています。各タイトルには、能力の及ぶ範囲で、簡単にコメントをつけました。

2022年に新聞書評(全国5紙)に掲載された同一著者によるタイトル数上位10位

5タイトル 原田 ひ香氏

『そのマンション、終の住処でいいですか?』

単行本を経ずに最初から文庫で出す「いきなり文庫」のようです。メタボリズムで有名なマンションが舞台です。見た目はいいが暮らしにくいデザイナーズマンションはあるあるですね。

『古本食堂』

「こもと」食堂ではなく、「ふるほん」食堂です。東京・神保町の古本街を舞台にした人間ドラマです。第一話「『お弁当づくりハッと驚く秘訣集』 小林カツ代著と三百年前のお寿司」から、第五話「『輝く日の宮』 丸谷才一著と文豪たちが愛したビール」まで、各話のタイトルだけでも楽しすぎます。

『財布は踊る』

大ヒットした『三千円の使いかた』の次の作品ですね。やはりお金がテーマです。貧しい家で育ち、夫の世話と子育てに追われる主人公の物語。

『三千円の使いかた』

2018年に刊行され、2021年8月に文庫化されました。2022年末の読売新聞「読者が選ぶ 今年最高の1冊」で紹介されています。

『事故物件、いかがですか? 東京ロンダリング』

これも単行本の文庫化です。2016年に刊行された『失踪.com 東京ロンダリング』のタイトルを変えて2022年に文庫本化され、書評が掲載されました。


4タイトル 今村 翔吾氏

『幸村を討て』

池波正太郎の『真田太平記』を読んで小説家を志し、武将では真田信之が一番好きという今村氏が、直木賞受賞後の初作品のテーマに真田幸村を選んだという話題の一冊です

『塞王の楯』

直木賞受賞作です。どんな攻めをもはね返す石垣と、どんな守りをも打ち破る鉄砲の対決です。

『八本目の槍』

2019年刊行の文庫化版です。「賎ケ岳の七本槍」の視点から石田三成が描かれています。関ケ原ではいまでも、三成愛に溢れています。

『てらこや青義堂 師匠、走る』

2019年の本の文庫化です。青義堂は「せいぎどう」と読みます。


3タイトル 川原繁人氏

川原氏がすごいと思うのは、3タイトルとも新刊なのに加え、2022年4月から5月までの2か月の間に次々と刊行されていることですね。ゲラチェックとか大変だったのではないかと思います。しかもアマゾンを見ると、レビューの評価がどれも高い。

4月から2か月間で3冊を上梓

『言語学者、外の世界へ羽ばたく~ラッパー・声優・歌手とのコラボからプリキュア・ポケモン名の分析まで~』

川原さんは、ポケモン言語学(英語では Pokémonastics)の提唱者なんだそうです。ラッパーや歌手とも絡んで言語の謎に挑んでます。

『フリースタイル言語学』

川原氏は言語学が大好きで、「ラップを聞いていても」「メイド喫茶でもえもえきゅーん」していても、常に自分の研究に引き付けて考えてしまうのだそうです。そんな身近な現象どもを、言語学のアリーナに引き込みます。

『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』

4紙に紹介されました。発声のメカニズムや乳幼児が母語を身に着ける過程などを取り上げています。


3タイトル 篠田節子氏

『セカンドチャンス』

高血圧、高脂血症。このままでは60代で死ぬよ、とまで医者に言われ、自分のために生きようと水泳教室に通い始めたら、人生が転がり始めた中年女性の物語です。

『介護のうしろから「がん」が来た!』

3紙に紹介されました。20年以上介護した母を施設に入れたら、今度はご自身が乳がんにという、闘病エッセイです。発覚からの経緯が淡々と時にユーモアを込めて語られていて、患者体験をシミュレーションできます。

『肖像彫刻家』

単行本は2019年に上梓され、2022年に文庫化されました。凄腕なのになかなか芽が出ない中年肖像彫刻家を主人公とした連作。手がけた作品が動き出したり、喋り出したりするんだそうです。


3タイトル 江國香織氏

『ひとりでカラカサさしてゆく』

お年寄りが集団で自殺する物語です。

『彼女たちの場合は 上下』

ニューヨーク在住の14歳と17歳のいとこ同士の少女が、アメリカをめぐる旅にでる物語です。2019年に発刊し、2022年に文庫化されました。

『旅ドロップ』

旅をテーマにしたエッセイです。これも単行本は2019年に出ています。2022年の文庫化に伴い書評が掲載されました。


3タイトル 宇佐見りん氏

『かか』

第56回文藝賞&第33回三島由紀夫賞を受賞したデビュー作です。2019年の出版で、2022年に文庫化されました。

『くるまの娘』

『かか』もそうですが、これも家族の物語です。2019年に単行本が出版され、2022年に文庫化されています。

『推し、燃ゆ』

芥川賞受賞作です。2019年から2021年にかけて5紙に紹介された12冊のうちの1冊です。『推し』に自己を投影することで何とか人生のバランスをとってきた女性が主人公です。2020年に出版され、2022年に文庫化されました。


3タイトル 稲垣 栄洋氏

稲垣氏は植物学者です。植物の知識を基礎に幅広い分野の著作があります。

『生き物が老いるということ』

稲垣氏は、フレッシュな生野菜よりも、古木にエネルギーを感じるといいます。「老い」は悪いことでも、避けられれば避けた方がいいことでもなく、「実り」なのだと勇気づけてくれます。

『一晩置いたカレーはなぜおいしいのか』

カレーの味の秘密を、料理の素材から説き起こす科学エッセイです。2010年に「家の光協会」からでた単行本が新潮文庫になりました。

『文庫 生き物の死にざま はかない命の物語』

セミ、ヒキガエル、ニワトリからゾウに至るまで、生物の今わの際の姿を描いたエッセイです。2019年発行の単行本が文庫化されました。


3タイトル 一穂 ミチ氏

3タイトルとも近刊の単行本で、文庫化作品はありません。ハイペースで次々と話題作をものにしている作家さんです。

『パラソルでパラシュート』

とても不思議な出会いから始まる「ガール・ミーツ・ボーイ」ものです。回転のいい関西弁が、気持ちいいですね。

『光のとこにいてね』

子どものころ、古い団地で偶然であった女性二人の物語です。出だしからドキドキします。

『砂嵐に星屑』

テレビ局を舞台にした群像劇です。


3タイトル 井上 荒野氏

『小説家の一日』

「書くこと」をテーマにした短編小説集です。不倫相手とのメールのやり取りが延々と続く作品など・・計10編。

『あたしたち、海へ』

3紙に紹介されました。少女たちのいじめを素材にした長編小説です。2019年に初版単行本が出てます。2022年に文庫化されました。

『そこにはいない男たちについて』

2020年に単行本が出て、2022年に文庫化されました。


3タイトル 伊藤比呂美氏

『いつか死ぬ、それまで生きる わたしのお経』

母と父、そして夫を見送った伊藤氏のエッセイと20年とりくんできたお経の世界です。本人朗読のお経CD付き。

『伊藤ふきげん製作所』

2000年に毎日新聞社から出版された書籍の復刊です。思春期を迎えた娘と格闘する母親の育児エッセイ。

『人生おろおろ』

西日本新聞「比呂美の万事OK」という人生相談コーナーでの、伊藤氏の回答集です。「万事OK」というタイトルが、なんともいいですね。

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