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距離感の達人のことが嫌いな私の話

距離感がおかしな人は恐ろしい

距離感の重要性を学ぶ相手

子供の頃から本を読むことが好きだった私は、他人との距離感を測ることが苦手だ。

本を読むことは、自分と本との、一対一の対話である。
本との関係性には、自分で測ることができる距離感というものがある。それは、自分で調節可能なものだ。誰に気がねすることもない。だから、距離感というものを感じたことがない。

しかし、他人を相手にすると、主導権は自分とは限らない。
むしろ、向こう側に主導権が握られている関係性の方が多いかもしれない。
そうした時に、距離感を測ることが難しい人間は、どうなってしまうのだろうか。

距離感がおかしい

私は犬が嫌いだ。
そもそも、犬は距離感がおかしい。
初対面なのに、昔から知っている友人のような態度で接してくる。

なんなのだ。お前とは、初対面だぞ。

明らかにナメた態度で接してくる彼に対して、ナメられないように、きぜんとした態度で立ち向かってみる。
しかし、そんなこちらの気持ちを、くみ取る様子もなく彼は突進してくる。
来るだけなら良いが、顔やら手やらを舐めようとする。気を抜いたら、本当に舐められるのだ。たまったものではない。

なんなのだ。腕の中に飛び込んで、顔を舐めるなど、初対面の態度ではない。もっと、距離感というものがあるではないか。猫をみなさい。猫などこっちが近寄れば離れていき、こっちが逃げれば近寄ってくる。「親しくなりたい」と人間に思わせることにかけては、“プロ”と称してもいいのではないかと思うほどだ。
「日本の一般家庭に、一番普及している動物である君も、猫を見習ったらどうだ」
と声をかけてみる。犬の分際でありながら、馬の耳に念仏らしい。全く聞く様子もない。

それなのに、同居している家族が、犬を飼ったことがある。
「嫌いと思っていても、実際に家族になると、かわいいと思えるものだよ」
誰かがそんなことを言っていた。半信半疑だったが、やはりそうだった。好きになんてなることはなかった。思い出しただけで、忌々しい。
奴は、実際に生活を共にしてみると、おかしなことだらけだった。

家族に対して『上下関係』を定めてくるのだ。しかも、なんの相談もなしに定めてくる。こうした、勝手に自分の立場や相手の立場を定めるなど、どう考えてもおかしい。
「そんなこと、人間社会では通用しないぞ」
とおどかしてみたが、やはり犬に論語だった。

立場を定めてきた奴は、自分の信念に基づいて実行してくる。
自分よりも立場が下だと思った人間には、舐め腐った態度で接してくるのだ。

あるとき、私が奴の散歩に付き合うことになった。家族の誰もが手を離せず、忙しい。私だけが暇だった。とてつもなく嫌だったが、観念して行く事にした。私は人間社会で生きてきたんだ、こんな奴とは違って、社会とは何たるかを知っている。嫌だからと行かなかったら、奴と同レベルになってしまう。

「見ているか、君。私は嫌なことも、きちんと割り切ってこなしている。これが。人間社会というものだよ。立派だろう?」
自慢げに横目で見てみると、奴は悠々と歩いている。こちらのことなど、気にも止めていない。まるで、私の散歩に、わざわざ付き合ってやっているような態度だ。
これだから嫌なのだ。私の包容力によって、お前は散歩できているんだぞ、わかっているのか。

そう思うか、思わないかのタイミングで、急に進路変更をしだす奴。
「おい! そっちじゃない!! 戻れ!!」
そう言っても、言うことを聞かない。そうだった、こいつには、馬耳東風だった!

引きずられるままに、散歩“させられた”私は、ヘトヘトになって家路についた。いつもは30分ほどの散歩が、60分となっていた。時間にして倍であるが、上り坂やら山道まで連れ回された私は、汗と涙でビチョビチョだった。

帰るなり、本来の飼い主である、義母に「なんでこんなに遅かったのー?」と聞かれたため、ていねいに説明する。もとはといえば、こいつが悪い。勝手に言うことも聞かず、好き勝手に連れまわしやがって……。と言ったところでさえぎられた。
「かわいそうに、いじめられたの?」
私に向けての言葉かと思ったら、完全に犬の方しか見ていない。
「こんなに泥だらけになって……。もう、こんな人に散歩行ってもらうのはやめましょうねえ」
いやいやちょっと待て。振り回された上に、こなした仕事も落第点では、あまりにも私が、かわいそうではないか。

そう思っていると、向こうではもうすでに、綺麗に体を拭いてもらった奴が、お行儀よくおやつを食っている。
「こんなに良い子が、そんな山道に入って行くもんですか」
と腹を立てている様子の飼い主と、奴の顔は同じ顔をしていた。

この親にして、この子あり。
そんな言葉が思い浮かんだ。

初対面では馴れ馴れしいくせに、親しくなると上下関係をつけてくる。
長いものには巻かれるように、その家で権力を持った者に取り入り、かわいい態度と仕草で人を“とりこ”にする。
なんて恐ろしい動物なんだ。こんな動物に、心を侵略されているのに、人間は一向に気づかない。

私は犬が嫌いだ。
距離感を測ることが苦手は私は、距離感を巧みに操ってくるこの動物の恐ろしさを、もっと日本中に広める義務があると思っている。

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