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結果を恐れなかった結果

思いを伝えることは結果を恐れないこと

全力でペダルを踏み締める。
「ハア、ハア、ハア……」
小学生の頃から喘息で苦しんでいた私にとって、死に物狂いとはこのことだった。
ここで倒れてもいい。
間に合わないことの方が後悔する。
薄れゆく意識の中、ここに至るまで、思い悩んだ日々を思い出していた。

中学2年になり、私は2年3組になった。
中川さんも同じクラスになったのだが、当初は意識などしていなかった。彼女は小学校でも目立つ存在ではなく、全く気にも止めていなかった。
いや、私が子供だったのだ。女性を意識したのが、ついこの間、中学の水泳大会の日だったからである。初恋だった。
彼女は幼い頃からスイミングスクールに通っていて、水泳が得意なのは薄々知っていた。しかし、その彼女が実際に泳いでいる姿を見ることはなかった。
中学水泳大会というものが、我が中学では年に一度開催されていた。
学校を上げての、水泳を推奨する運動であり、暑い夏でも体を丈夫に保とうという取り組みである。
そこで最も輝いていたのが彼女、中川さんだった。

50メートル背泳ぎで出場した彼女は、二位以下を25メートル引き離す‘離れ業’を見せつけた。陸上ではお世辞にもパッとしない彼女が、水を得た魚のように生き生きとプールを泳いでいた。ディズニーに詳しくはないが、その姿はまさにリトルマーメイドだった。
泳ぎ終わり、プールサイドに上がった彼女は、昨日までの地味な女の子ではなく、水面が輝くプールに舞い降りた、天使だったのだ。
私はその瞬間から、彼女から目を離すことができなくなった。
『魅了される』という言葉の意味を、初めて知った瞬間だった。

偶然にもその次の日の席替えで、彼女と隣の席になった。
視力が悪い彼女は、陸上では眼鏡をかけた地味な女の子に戻っていた。
しかし私の目には、昨日の美しい彼女の姿が焼き付いている。そう思うことによる錯覚なのか、昨日の姿を知っているからそう見えるのか、地味な見た目の彼女がとても美しい存在として、隣に座っているのである。

彼女は目が悪かったため、45人のクラスの一番後ろの席からは、黒板が見えずらい様子で困っていた。困った挙句に、「ちょっと見せて」と、隣の席だった私のノートを見て、板書を取るようになった。
私の高揚は止まらなかった。顔から火が出そうになるのを、必死で抑えながら、平静を装っていた。

私のノートを見ている彼女の様子を見る。
水泳大会の彼女はアイドルだった。
25メートルを引き離した彼女は、全校生徒から盛大な拍手を浴びていた。
それはまるで、テレビに出ているアイドルが、コンサートホールで歌い終わった後に盛大な声援と拍手喝采を浴びている情景に似ていて、とても遠い存在のような感覚に私の目には映った。違っていたのは、主役である彼女が、プールサイドでは小さくなって、とても恥ずかしそうであったことくらいだ。

そんなアイドルである彼女が、自分の隣で、私の文字を見てくれている。
夢のようだと思った。形容ではなく、心から舞い上がるような気持ちだったのだ。

それからというもの、放課後に学校に残って話をするようになり、楽しい時間を共有するようになった。
だんだんと距離が縮まってくることを実感しながら、私にはある感情が湧き上がってきた。
「彼女にしたい!」
彼女からも、「好きな人はいないの?」という質問をもらったことがある。しかしその時は「いない」と答えてしまったのだが、いないと言ってから急に、芽生えてきた感情だったのだ。
初めは片思いで十分と思っていた。思いの丈を伝えてしまうと、今のままでいられなくなることが嫌だったからだ。

ところが3年生になって私たちは違うクラスになった。
もう、それまでのような距離感ではなく、話すことも極端に減ってしまった。隣のクラスまで話に行くほどの行動力もなかった。
「告白しよう」そう決めた私は、彼女の誕生日にプレゼントを買った。
学校が終わってから、全速力で走って帰宅した私は、そのプレゼントである置き時計を持って、自転車で彼女の家に向かった。
全力でペダルを漕いだ。心臓が張り裂けそうになる。これは恋によるものか、はたまた自転車によるものか、わからない。全力で漕いでいるのに、なかなか到着しない。彼女の家と私の家は距離にして約2キロほどの、短いもののはずなのに。
息も絶え絶え、やっと到着した。時間は15時30分。まだ帰ってきていないはずだ。

彼女の家の前で待った。
とにかく伝えなくては。
私の気持ちをそのまま伝えるんだ。
「尾崎くん」
彼女の声がした。
「す、す、す……」
うまく言葉が出てこない。
「ありがとう」彼女は笑顔で迎えてくれた。
私と彼女は付き合うようなことはなかった。しかし、彼女に気持ちを伝えることが、言葉ではできなかったものの、行動に移せたことに後悔はない。

次の日、彼女は放課後に、校門で私に向かって「一緒に帰ろ」と満面の笑顔で言った。

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