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韻フミ愛

*note創作大賞用シナリオ

○ ジャンル
 ラブコメ

○ 想定尺
 30分(テレビドラマ)

○ あらすじ
 その日、員田文花(26)の気分は朝から最悪であった。高校時代に自分の大好きな韻踏み(ヒップホップ)を馬鹿にされた時の悪夢を見てしまったからだ。文花はそのトラウマからヒップホップ好きを会社でひた隠しにしている。唯一それを知る同期の松永明里(26)にだけは、その日も愚痴を溢していた。
 帰り間際、黒尻響也(24)に呼び止められる文花。文花は警戒した。黒尻はトラウマの原因となった男子生徒に少し似ているのだ――。

○ 登場人物
員田文花(26)(17)トモハラ印刷総務部社員
黒尻響也(24)トモハラ印刷営業部社員
松永明里(26)文花の同僚
芦原麗(24)トモハラ印刷デザイン部社員
富山(56)トモハラ印刷営業部部長
オチ(30代)ヒップホップユニット『クレーマービーツ』のMC(写真と声のみ)
クマガイ(30代)ヒップホップユニット『クレーマービーツのDJ(写真と声のみ)
健太(17)文花の高校時代のクラスメイト
男性社員①
女性社員①


○ シナリオ全文

①文花の夢・南高校・教室・中
 学生服姿の員田文花(17)、一人机に座りノートに黙々と韻踏みリリックを書いている。
文花「(ぶつぶつと)『去る時間と共に猿みたいなお前ら』……いや違うか……」
 文花のノートを覗き込む健太(17)。
 文花、健太に気付き慌ててノートを隠すが健太にもぎ取られる。
健太「何これ」
文花「ちょっとやめて。返して!」
 他の男子生徒数名に見せびらかす健太、ノートの内容を見て馬鹿にする。
健太「何だよこれ。やば。お経?」
文花「韻踏んでんの! もう返してってば」
健太「韻?」
文花「そう。リリック! 韻踏み!」
健太「は? 意味わかんね。何かキモ」
 健太、ノートを床に叩き落とす。
文花「え」
健太「オタクかよお前。まじキモいんだよ!」
 一瞬にして表情が曇る文花。
文花の声「やめてぇ!」

②メルデゾン東北沢・文花の部屋(朝)
 ベッドで『やめてえ』等と汗だくでうなされている文花(26)、目覚める。
 ワンルームの室内。至る所にヒップホップユニット『クレーマービーツ』(以降、略称クレビ)のポスターやグッズ、CDが飾ってある。
 半べそを掻きながらベッドから飛び起きる文花、寝癖が酷い。
文花「最悪だ最悪だ最悪だ。悪夢だあああ」
 首を横に振り両頬を叩く文花。
文花「ダメだ。切り替えなきゃ」
 立ち上がりベッドを降りる文花。
 ×   ×   ×
 テーブルに置かれたスマホ画面。クレビのラジオ番組再生を押す文花の手元。
オチの声「クレーマービーツの、モーニングトーキングRADIO!」
クマガイの声「いえあふー!」
 ×   ×   ×
 クレビのラジオ番組が流れ続ける。
 テーブルに座り食パンを頬張りながら韻を踏む文花。
文花「クレビのレディオで切り替えてクレイジーな夢なんて気になんねえ。員田文花、略して員文韻踏み良い風にルーティン――」
オチの声「と言うことでオチ・クマガイの星占い、本日のバッドデイはしし座のあなた」
 驚き食パンを落とす文花。
文花「え、何で? しし座がバッドデイ⁈」
オチの声「そんなバッドデイを回避するラッキーアイテムは!」
文花「ラッキーアイテムは⁈」
オチの声「好きなアーティストのキーホルダー! いえあ!」
 文花、はっとして壁に掛かったクレビのキーホルダーを見つめる。
文花「……どうしよ」

③トモハラ印刷・通路(朝)
 疲れた顔でとぼとぼと歩く文花。
 文花のリュックにぶら下がるクレビのキーホルダーのUP。
黒尻の声「おはようございまーす」
 文花の横を通り過ぎる黒尻響也(24)。それに気付き一瞬驚く文花。
文花「うわ! ……お、おはよう……」
 黒尻、文花の前で立ち止まり振り返る。
黒尻「あれ?」
 文花も立ち止まり、少したじろぐ。
文花「え、な、何? ……」
黒尻「いや、今、何か見覚えのある……」
文花「(警戒して)……」
黒尻「んー気のせいっすかね。すみません」
 踵を返し先を行く黒尻。
 安堵したように溜息を吐く文花。


④同・オフィス・中(朝)
 絵本やカレンダー、CDジャケット等様々な印刷物が立ち並ぶ室内。
 PC作業をする20名程の社員達。
 自席にリュックを置き、項垂れる文花。
 文花の隣席、松永明里(26)。
明里「朝から何疲れた顔して。どうしたの?」
文花「今日はバッドデイなの……」
 明里、文花のリュックのクレビキーホルダーに気付く。
明里「あ、クレビのキーホルダーじゃん。文が会社に付けてくるなんて珍しい……まさか、遂に会社でも解禁することにしたの? ヒップホップ好きの韻踏みオタク」
文花「んなわけないじゃん……バッドデイを回避するにはこれ付けなきゃだから……また悪夢見ちゃったもんでね」
明里「え、また? 悪夢って、あれでしょ? 文に罵声浴びせて韻踏み馬鹿にして来たって言う高校時代のクラスの男子」
文花「そう……」
明里「まだ根に持ってんの?」
文花「違う……でも、多分……似てるから」
明里「似てる?」
文花「最近デザイン部から異動してきた黒尻君。似てんだよね奴に。顔とか雰囲気が」
 文花と明里、少し先のデスクに座る黒尻に目を向ける。
 黒尻、テキパキとPC作業をしている。
明里「いや、やめてあげな? そんな男と一緒にすんの。黒尻君は優秀なんだから」
文花「わかってるよ。わかってるけどさあ」
明里「見た目は黒尻君かもしんないけど……中身は完全にあっちでしょ」
 明里、部長席に座り男性社員を罵っている富山(56)に目を向け顔で指す。
富山「おい、丸川出版の苦情処理まだできてないのか。こんなの5分もかからんだろ」
男性社員①「すみません……でもこれ、部長の担当顧客じゃ」
富山「俺は管理職業務で忙しいんだよ! たかだか苦情処理で文句言うな!」
男性社員①「……はい……すみません……」
 嫌そうな顔で富山を見る文花と明里。
文花「……確かに。(韻踏んで)パワハラ部長、たかだか苦情と部下に押し付けるクソ」
明里「よっナイス韻踏み」
 文花と明里、黒尻の方に視線を移すと、黒尻の真横に芦原麗(24)の姿。麗、ゆるふわロングヘアでフレアスカート。
麗「黒尻くーん。このデザインなんだけど、どう思う?」
 と黒尻にデザインサンプルを見せる麗。
明里「うわ、出たよ麗様」
文花「麗様?」
明里「知らないの? デザイン部のお姫様よ。部署異動したってのにずっと黒尻君に引っ付いてんの。彼女気取りかって」
 黒尻と麗、かなり距離が近い。
文花「彼女なんじゃないの?」
明里「どうだか? まあ、黒尻君も嫌そうじゃないし、もはやどっちでもいいけど」
 爽やかな笑顔を麗に向ける黒尻。
 黒尻を見つめる文花。

⑤同・同・中(夕)
 壁掛け時計18:05頃を指している。
 立ち上がりリュックを前に背負う文花。
 クレビのキーホルダーが揺れる。
 少し先のデスクにいる黒尻、文花のリュックのクレビキーホルダーに気付く。
黒尻「あ、わかった! クレビだ!」
 慌てて立ち上がる黒尻。

⑥同・通路(夕)
 歩く文花の後ろから追いかける黒尻。
黒尻「員田さん!」
 黒尻に気付き立ち止まり振り返る文花。
文花「! ……な、なに?」
 黒尻、文花の前に立つ。
黒尻「クレビ、好きなんですか⁈」
文花「え?」
黒尻「キーホルダー付けてるから」
 慌ててクレビキーホルダーを隠す文花。
黒尻「僕、クレビめっちゃ好きなんですよ」
文花「(驚いて)ええ⁈」
黒尻「朝から気になってたんです。どっかで見たことあるキーホルダーだなって」
 少し前のめりになる黒尻。
黒尻「好きってことですよね?」
 引き攣った顔で少し後退る文花。
文花「や、まあ……」
黒尻「(嬉しそうに)え、え? じゃあヒップホップも好きってことですか?」
 更に文花に近付く黒尻。
 文花、更に後退りしリュックで顔を隠しながら思わず、
文花「こ、これ以上近寄らないで!」
黒尻「え……ああ、はい……? 何で?」
文花「ちょっと……色々とトラウマが」
黒尻「トラウマ?」
文花「と、とにかく、これ以上……半径1m以内には入らないで!」
黒尻「……わかりました……半径1m以内には入らないんで……話しません?」
文花「え」
黒尻「クレビのこと」
 リュックから顔をちらっと出す文花。
文花「……ほ、本当に好きなの?」

⑦トモハラ印刷付近の道中(夕)
 1m程間隔を空けて歩く文花と黒尻。
黒尻「ほら、うちの会社ってCDのジャケ印刷もやるからヒップホップにちょっとでも関われるかなって思ってたんですよ。でもいざ蓋開けたらクラシックCDメインで」
文花「……わ、わかる。同じこと思ってた」
黒尻「ですよね!」
文花「うん……」
黒尻「……クレビは、どの曲が好きですか?」
文花「あーえっとね……全部好きだけど。一つに絞るとなるとやっぱ『くだらん二人』」
黒尻「『くだらん二人』僕も一番好きです!」
 段々と黒尻に近付く文花。
文花「本当⁈ じゃあじゃあ、ベスト版とクマガイリミックス版だったらどっち⁈」
黒尻「クマガイリミックス版!」
 文花と黒尻、至近距離。
文花「(興奮して)わ、私も!」
黒尻「あの!」
文花「?」
黒尻「大丈夫ですか? トラウマ」
文花「へ?」
黒尻「今、めちゃくちゃ距離近いですけど」
 文花、我に返り慌てて黒尻から離れる。
文花「……ご、ごめん……」
黒尻「いえ、僕は全然……あ」
文花「?」
 突如、鞄からチケットを取り出す黒尻。
黒尻「良かったらこのイベント、来ません?」
 文花、チケットのイベント名を見て、
文花「『ブロックパーティー』……?」
黒尻「はい。この『KYOYATRIO』」
 チケットの出演者欄を指す黒尻。
黒尻「僕がMCやってるヒップホップバンドです。月一でイベントやってるんで、ぜひ」
文花「ヒップホップバンドでMC……え!」
 文花、驚き黒尻を見る。
文花「えええええ⁈」

⑧ライブハウス『SHEEPS』・中(夜)
 ステージを見つめる文花と明里。
 周りには100名程の観客。
明里「黒尻君がヒップホップやってるとはね」
文花「う、うん……」
 観客が沸き照明が明るくなる。ステージに登場するKYOYATRIO。黒尻はギター兼MC。
 文花、少し緊張気味でステージを見る。
 KYOYATRIOの演奏が始まる。
 メロウ系なヒップホップ曲。
 ×   ×   ×
 ステージ上の黒尻が歌う。
 曲目は『ブロックパーティー』(メロディはメロウ系でお任せ)
黒尻「ブロックパーティー明け方の空に 少数派に興味がない僕は一人じゃない押し込めるheart ブロックパーティー求めているのは 無理なものは無理好きなものは好きと言える場所――」
 黒尻を見つめる文花、目が見開く。
文花「……やばい」
明里「え?」
文花「やばいよこれ。本気だ」
 突如フロアを飛び出す文花。
明里「(驚いて)え⁈ 文⁈」

⑨同・女子トイレ・個室(夜)
 ドアを閉め、頭を抱える文花。
文花「やばいやばいやばい。あれはダメだ。本気のやつだ……」
 明里が個室ドアをノックする。
明里の声「文ー急にどうした? 大丈夫?」
文花「どうしよう……かっこ良すぎるよぉ」
明里の声「ん? 何てー? 文ー?」
 悶えて崩れ落ちる文花。

⑩トモハラ印刷・オフィス・中
 PC作業中の文花、上の空状態。
 入ってくる黒尻。
 黒尻に気付き慌てて身を潜める文花。
 黒尻、文花に気付き近付く。
黒尻「あ、この前はありがとうございました」
 黒尻とは目を合わせず席を離れる文花。
 去って行く文花を見て首を傾げる黒尻。

⑪点描・黒尻から逃げる文花
 給湯室前。文花の前に黒尻が立つ。
黒尻「員田さん、この前のライブどうでした」
 文花、黒尻は見ず近くの女性社員①に、
文花「高田さん、明日の会議ですけど――」
 ×   ×   ×
 自席から立ち上がりリュックを背負う文花、目の前に黒尻が立ちはだかる。
黒尻「員田さん」
 目を見開く文花、逃げる様に走り去る。
黒尻「あ、ちょっと!」
 文花の後を追う黒尻。
 隣席の明里、文花と黒尻の様子を見て、
明里「……なんだあれ(少し笑う)」
 ×   ×   ×
 エレベータに慌てて乗り込む文花。
 文花を追いかけてくる黒尻。
黒尻「ちょ、僕ももう帰りなんで!」
 文花、急いで『閉』ボタンを押す。
 扉が閉まりエレベータに乗り逃す黒尻。
 ×   ×   ×
 外。文花を後ろから追いかける黒尻。
黒尻「員田さん! 何で逃げるんですか!」
 黒尻に気付き、慌てて走り出す文花。

⑫トモハラ印刷付近の公園(夕)
 息を切らしてベンチにへたり込む文花。
 黒尻も息を切らして文花の前に立ち、
黒尻「いい加減にしてください!」
文花「……」
黒尻「もう。いくらダサかったからってそんなに逃げなくてもいいじゃないですか!」
文花「……え?」
黒尻「正直微妙だったんでしょ? 俺らのライブ。それで何て言ったらいいか困って」
文花「(遮って)ち、違う。それは、違う!」
黒尻「じゃあ何で?」
文花「いや……その……それは……」
 文花、リュックで顔を隠す。
黒尻「?」
 文花、言葉に詰まりながら、
文花「か、か、かっこよかったんだよ!」
黒尻「え」
文花「め、めちゃくちゃかっこよかったの!」
 徐々にリュックから顔を出す文花。
文花「曲も良いし、メロディも良いし……あの『ブロックパーティー』って曲とか何なのあれ超かっこいいし。リリック反則過ぎ」
 熱弁する文花。少し驚く黒尻。
文花「メロウ系なのにちゃんと韻踏んでるし、全然泥臭くないのにめっちゃ魂感じるし。あ、でもサビの一回し目はちょっと詰め込み過ぎ感半端なかったけど。いやいやいや、でもだから余計に二回し目のライムがシンプルでスッと入ってきて沁みてくんの」
黒尻「(吹き出す)ぶはははは!」
文花「(はっとして)あ……」
黒尻「員田さん、めっちゃ熱いっすね」
文花「……ごめん。私、つい……きもいよね」
黒尻「きもい? 全っ然。むしろ好きです」
文花「え、好き?」
黒尻「あ、いや、変な意味じゃなくて……好きなものに対して真っ直ぐになるとこ、俺もわかるなあと思って」
 恥ずかしそうにする文花。
 黒尻、文花の座るベンチの隣を指して、
黒尻「横、座ってもいいですか?」
文花「ど、どうぞ……」
 文花の右隣りに座る黒尻。
黒尻「ブロックパーティの意味知ってます?」
文花「あ、あれだよね。ヒップホップの由来になったって言う……昔、黒人の若者達が集まって、公園でパーティーしてたって」
黒尻「そうそう。俺、高校の時どうしてだか中々周りに馴染めなくて……友達もいなかったんでよく一人でラジオ聞いてたんです」
文花「そうなの? 意外……」
黒尻「あはは。で、ラジオにブロックパーティーで昔作られたって曲が流れてきて……これがあの頃作られた曲かぁって思ったら、何か、何でかわかんないけどめっちゃ沁みてきたんですよね」
文花「……救われたんだね。ヒップホップに」
黒尻「そう……ですね。はい……それで、俺も、時代を超えて誰かの心に沁みる曲作れるようになりたいなって思ったんです」
文花「……そっか。それであの曲ができたんだ……ふふ。黒尻君も中々熱いね(笑う)」
黒尻「(笑う)でしょ? あ、だから、あの曲のこと良いって言ってもらえて、本当に嬉しかったんです。ありがとうございます」
 恥ずかしそうに微笑む文花。
黒尻「員田さんは?」
文花「え?」
黒尻「何か、ヒップホップとの思い出みたいなの? 無いんですか?」
文花「いやあ、私は……」
 少し暗い表情になる文花。
黒尻「? 大丈夫です?」
文花「あはは。昔馬鹿にされた思い出が……」
黒尻「馬鹿にされた?」
文花「あのね……私も高校生の時には既にヒップホップの沼にハマってて……一人でリリックノートとか作っちゃって、そこに良いライム思いついたら書きまくってたの」
黒尻「はい」
文花「そしたらクラスの意地悪そうな男子にそのノート見られて、『オタクかよキモいんだよ』って馬鹿にされて……」
黒尻「……」
文花「そっから私、周りにはヒップホップ好きなこと隠すようになったんだよね」
黒尻「……多分そいつ、員田さんのこと羨ましかったんじゃないですかね?」
文花「? 羨ましい?」
黒尻「わかんないっすけど。多分。夢中になれるものがある員田さんが羨ましくて嫌な事言っちゃたんですよ。きっと」
文花「そう、かなぁ……そっか。そうかもね……(吹き出す)全然似てないや」
黒尻「え、何?」
文花「んーん。ごめん。こっちの話(笑う)」
黒尻「? ……あ、文さん」
文花「ん? 文さん?」
黒尻「って、呼んでもいいですか?」
文花「わ、私は、全然良いけど……彼女に、怒られたりしない?」
黒尻「? 彼女? ……いませんけど?」
文花「え、あれ? う、麗ちゃん? は?」
黒尻「? 芦原さんは、同期入社で確かに仲良いですけど、付き合ってないですよ?」
文花「そ、そっか。なんだ。そうなんだ……じゃあ、はい。文でOKです(照れる)」
黒尻「(照れて)はい。文さんで……」
 少し恥じらう文花と黒尻。
黒尻「あ、もし良かったらライムお勧めの音源とか貸してもらえません?」
文花「お! じゃあねー……あ、クレビの初期のレコードとか持ってる?」
黒尻「レコード? 持ってないです」
文花「じゃあそれ今度貸すよ。激ヤバライム」
黒尻「ありがとうございます。楽しみ」
   微笑み合う文花と黒尻FO。

⑬トモハラ印刷・オフィス・中(朝)
 自席の文花、PC作業中だが手が動いていない。にやけた顔で気持ち悪い。
 明里、隣席から見兼ねて文花に、
明里「昨日、黒尻君と何かあったの?」
文花「は! え? (動揺)な、何でよ?」
明里「顔に書いてる」
文花「へ! え、嘘?」
 手で顔を拭きだす文花。
 文花を見てふざけて笑う明里。
 文花、少し先にいる黒尻に気付く。
 慌てて引き出しからレコードを取り出し立ち上がり黒尻に近付く文花。
文花「黒尻く……」
 と言いかけた所で遮るように麗が黒尻に近付きボディタッチ。
麗「黒尻君、今日の夜って空いてるぅ?」
黒尻「今日ですか? 今日はえっと……」
 黒尻と麗、距離が近く親し気。
文花「……」
 レコードをそっと引き出しに戻す文花。

⑭メルデゾン東北沢・文花の部屋(夜)
 帰宅する文花、ベッドに倒れ込む。
 レコードも鞄から放り出される。
文花「……何期待してんだか(溜息)」
 壁のカレンダー『クレビワンマン』の日に目がいく文花、起き上がり、
文花「そうだよ。私はクレビがあれば生きていけんだから……よし。大丈夫」
 再びベッドに寝転ぶ文花。

⑮同・同(朝)
 ベッドで目覚める文花、スマホを手に取り画面を見る。大量の通知。
文花「(眠そうに)……ん? 何だ?」
 文花、通知を一件開くと『大人気ヒップホップユニット クレーマービーツ オチ大麻所持で逮捕』の表示。
文花「え」
 驚き飛び起きる文花、慌てて他の通知も開くと全てクレビのオチ逮捕の速報。

⑯トモハラ印刷・オフィス・中
 デスクに突っ伏す文花、ほぼ白目。
 隣席の明里、昼食を取りながら、
明里「……死ぬなよ文。まだクマガイさんは生きてんだから」
文花「(泣いて)オチさんだって死んでない」
明里「(苦笑)まあ、大変なのはあっちもか」
文花「え?」
 明里、応接室に目を向ける。
 文花も明里の視線を追うと、応接室には黒尻と富山の姿。
 黒尻が富山に頭を下げている。
文花「?」
明里「昨日の夜、黒尻君も警察に事情聴取受けたんだって」
文花「え、何で?」
明里「クレビのオチが出入りしてた練習スタジオに黒尻君も昨日偶々行ってたんだって。朝一、麗様達が噂してるの聞いた」
文花「でも、それだけで疑うのって……」
明里「もちろん、黒尻君はやってないだろうし、部長もそこはわかってるみたいだけど。あの人、この令和の時代に理解無いじゃん? ヒップホップとかライブハウスとかそう言うの全般小馬鹿にしてるから……」
 文花、応接室の黒尻を心配そうに見る。
 ×   ×   ×
富山の声「黒尻! 黒尻ぃ!」
 富山に大量の会社資料を押し付けられている黒尻。
 PC業務中の文花、黒尻の方を見る。
富山「これな、相沢商事とシンペーレコード、後、倉門出版も序にな。見積り宜しくぅ!」
 堪えた表情で資料を受け取る黒尻。
黒尻「……はい」
 文花の隣の明里、文花の耳元に、
明里「何か、ここぞとばかりに仕事押し付けられてんね。大丈夫か、あれ」
 不安気に黒尻を見る文花。

⑰メルデゾン東北沢・文花の部屋(夜)
 ベッドに座り電話している文花。
黒尻の声「ライブハウスもスタジオも禁止にされました」
文花「え……」
黒尻の声「(苦笑)お前のせいでうちの評判悪くなるんだからって……まあ、仕方がないっすよね。こればっかりは……」
文花「酷い……え、じゃあ、ブロックパーティーはどうするの? 月一やってるって」
黒尻の声「それだけはずっと続けてきたことなんで、やりたいんですけどね……」
文花「そっか……うん。そうだよね……」
富山の声「(怒鳴る)出張に行けないだと⁈」

⑱トモハラ印刷・オフィス・中
 黒尻に怒鳴りつけている富山。
 文花や明里、社員達も富山に注目する。
黒尻「すみません……その日は、元々休日ですし……それに、相沢商事は昔から部長が担当されてる得意先ですよね」
富山「だから何だってんだよ! ええ? パーティーはな? 若い者が行かなきゃ意味無いんだよ! 若い者が! なあ?」
 と、社員達に頷きかけるが皆苦笑い。
黒尻「だとしても……その日は、すみません。どうしても外せない大切な予定があって」
富山「大切な予定? (鼻で笑って)あれか。またライブハウスってか?」
黒尻「あいや……その……」
富山「(舌打ち)これだから困るんだよ。若い奴は……え? まだ懲りないか?」
黒尻「……」
 文花、黒尻と富山の様子を見て俯きながらも段々と手に力が入る。
富山「ヒップホップだか何だか知らんがな……そんなチャラついた意味わからんもんやってるから頭おかしくなって薬に手出す奴が増えるんだよ! あー気持ち悪い!」
 文花、顔にも力が入る。
 ×   ×   ×
 (フラッシュ)
健太「オタクかよお前。まじキモいんだよ!」
 ×   ×   ×
 デスクを強く叩きつける文花。
 驚く黒尻、明里、富山、社員達。
明里「え、文、どうした?」
富山「な、何なんだ!」
 文花、少しずつ顔を上げ歌い出す。
文花「ブロックパーティー 求めているのは」
富山「は? 何を歌ってる員田」
黒尻「文さん?」
 富山に段々と近付き韻を踏み歌う文花。
文花「好きなものは好きと言えない。無理なものは無理と言えない。そんなのは全部自分次第ってパワハラ上司がいる場合は例外」
富山「パ、パワハラ? 何言ってんだお前」
 構わず韻を踏み歌い続ける文花。
文花「あれ、気付いてない。いつも部下に仕事押し付けてる。自分は管理職だからって逃げてる。出世の為うっせー役員のおっさんに圧力かけられてる。それとも嫁にどやされてる? そんなの知ったこっちゃねえ。死んだような目して働いてんだよこっちも」
 呆気に取られる社員達。
文花「MakeMoneyして、Break自由にして何が悪い。お前もあっただろ。昔はやりたいことあっただろ。夢、目標、希望、KeepOnしてここまできたんだろ。忘れたか、思い出せ。部長まで上り詰めてきたんだろ。批判殺到するようなパワハラ部長に成り下がる這い上がるには今ここで変わるしかないだろ!」
 開いた口が塞がらない富山。
 黒尻、明里、社員達も驚き静止する。
 我に返る文花。
文花「あ……」
富山「な、な、な何なんだお前。し、失礼過ぎるだろ! そ、そもそも、パワハラなんてな、してないんだよ俺は! なあ?」
 と、社員達に頷きかけるが皆頷かない。
 動揺する富山、文花を指さして、
富山「いいかお前、く、クビだからな! し、し知らないからな!」
 逃げるようにしてオフィスを去る富山。
 静まり返るオフィス内。
 黒尻、堪えきれず吹き出し拍手する。
 続けて社員達も徐々に立ち上がり拍手。
 文花、苦笑しながらも皆に会釈。
 明里、その様子を見て微笑みながら、
明里「やるじゃん。韻踏みオタク」
 『ブロックパーティー』が流れ始める。

⑲ライブハウス『SHEEPS』・中(夜)
 ステージで『ブロックパーティー』を歌う黒尻。
 フロア後方で黒尻を見つめる文花。

⑳同・前(夜)
 出てくる文花。
 文花の後を追って出てくる黒尻。
黒尻「文さん」
 黒尻の方に振り返る文花。
 黒尻、缶ビール二本を掲げる。
 ×   ×   ×
 屈んで缶ビールを飲む文花と黒尻。
黒尻「この前は本当にありがとうございました……でも、俺のこと庇ったせいで……」
文花「いいんだよ。私が部長に思ってること言っただけだし。何とかクビはま逃れたし」
黒尻「(少し笑って)ですね」
文花「(吹き出して)上司にラップバトル吹っ掛けて出勤停止処分とか前代未聞だよね。本当キモいなあ私」
黒尻「いや、前にも言いましたけど、キモくないですよ文さんは……カッコいいんです」
文花「黒尻君……(思わず)好き」
黒尻「え」
文花「え(はっとして)あ、いや……」
 恥ずかしくなり鞄で顔を隠す文花。
 黒尻、文花の鞄をそっと避けて、
黒尻「……俺も、好きです。文さんのこと」
文花「! そ、それは……変な意味じゃなくてだよね?」
黒尻「? ん? いや、変な意味で……」
 照れて堪えきれず吹き出す文花と黒尻。
文花「わ、私も……好きです。変な意味で」
黒尻「(いたづらっぽく)じゃあその気持ち、韻踏んで現わしてみてください」
文花「は、え、ええ?」
黒尻「ほら早く」
文花「……き、君が好きーで危機一髪にー」
黒尻「(笑って)微妙」
文花「はあ? じゃあ黒尻君が韻踏んでよ」
黒尻「えー。俺そんなにうまくないから」
文花「ほら早く――」
 笑い合う文花と黒尻FO


                                 了

#創作大賞2022


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