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ピカの子

*約一年前、執筆学校の課題で書いた作品です。


○ 登場人物

畑岡勇一(10)大浦小学校5年生
畑岡富子(20)(31)勇一の母親
真田進(10)勇一の友人・大浦小学校5年生
住川(45)勇一のクラス担任教師
畑岡浩一(19)勇一の父親(写真のみ)
男①(40代)ABCCの職員
児童達


○ シナリオ全文

①浦上町(長崎県)の街中

   T『1945年8月9日』

   辺り一面焼け野原の赤黒い街。

   真っ黒焦げの死体や響くうめき声。

   体中傷だらけで大きなお腹を守るように手で押さえ歩く畑岡富子(20)、右足を引きずっている。

   ドーム部分が倒壊した浦上天主堂。柱の一部だけが残った長崎医科大学。

   その光景をうつろな目で見つめる富子。

富子「……うっ……うう……」

   富子、産気づきその場に倒れ込む。


②畑岡家・外観(朝)

   古びた木造の一階建ての一軒家。

   T『11年後 1956年8月』


③同・居間(朝)

   古びた畳の六畳程の室内。

   奥の祭壇には畑岡浩一(19)の遺影と十字架が立てかけられている。

   真ん中の卓袱台の前に座り食事している畑岡勇一(10)と富子(31)。

   富子、嬉しそうに微笑みながら白ご飯を頬張っている。

   勇一、不思議そうに富子を見て、

勇一「なんね? そげん嬉しそうにして」

富子「うまかぁと思うて……ようやく米を普通に食べるるごとなってきたけん」

勇一「……そやなあ」

富子「ばってんちょっと入れすぎたばい。 母さんお腹いっぱいばい。勇一、残り食べんね?」

   富子、白ご飯が残ったお茶碗を勇一に差し出す。

勇一「え、よかばい」

富子「ほら、遠慮せんと食べんね?」

   お茶碗を勇一の前に置き、他の空いた食器を持って立ち上がる富子、ほとんど動かない右足を引きずり台所へ向かう。

   勇一、富子の右足を見て複雑な顔。

勇一「……」

   富子が残した白ご飯を頬張る勇一。


④大浦小学校・教室・中(朝)

   20数名の児童達。

   窓際の席には勇一の姿。

   住川(45)が教壇に立ち授業を行っている。

住川「……原爆からもうすぐ丸11年経つと。未だに浦上出身者は、ジープ車に乗せられてABCCば連れて行かれて色々調べられとる言う話もよう聞くけん、それほど原爆ってもんは恐ろしかもんで」

   児童達の中から真田進(10)、住川の話を遮るように、

進「ABCCって何ね?」

住川「……原爆障害調査委員会たい」

   しんとする教室内。

進「……?」

   勇一、皆から顔を背けるように窓の外の方を見る。

住川「……まあ、簡単に言うたらピカの毒ば調べとる言うことたい」

   『えー』等と騒めく教室内。

   進、少し嫌そうに、

進「うぇ、ピカの毒……」

   俯き加減で窓の外を見続ける勇一。


⑤住宅街~畑岡家・前(夕)

   並んで歩く勇一と進。

   勇一は古びた布製のランドセル、進は綺麗な革製のランドセルを背負っている。

進「住川先生の授業は面白くなか」

勇一「え? 興味あるんじゃなかと? 質問しとったばい」

進「原爆に興味なんてなか。あげん話聞いて誰が喜ぶと?」

勇一「……」

進「なして大人は昔ん話ばっかりするとやろうか」

勇一「昔?」

進「そやろ? 戦争なんてもう終わった話ばい。今は関係なか」

   勇一、進に聞こえないようぼそっとした小声で、

勇一「……そげんことなかたい」

   畑岡家前に着き、立ち止まる勇一と進。

進「じゃ、また明日」

勇一「おう」

   勇一に軽く手を振り去って行く進。

勇一も進に手を振り返す。

   進と入れ替わるようにジープ車がやって来て勇一の前に止まる。

   進、ジープ車に気付き振り返り、訝し気に勇一を見つめる。

   ジープ車から七三分けでスーツ姿の男①が降りて来る。

男①「ABCCです。今から来てもらえるかな?」

勇一「……(小さく頷いて)はい」

   男①に促されジープ車に乗り込む勇一。

進「……ABCC……」

   一瞬にして汚いものを見る目に変わる進。


⑥大浦小学校・教室・中(朝)

   10数名程の児童達、騒がしい様子。

   入室する勇一。

   勇一を見て静まり返る児童達。中には嫌そうな顔で見つめる児童もいる。

   勇一、その様子を察して、

勇一「?」

   進の席の前に行く勇一。

勇一「おはよう」

進「……」

   勇一を無視する進。

勇一「なん?」

   進、勇一の方は向かず、近くの男子児童達に向かって、

進「あっち行こうや」

   進、立ち上がり男子児童達と歩き出す。

勇一「え? 進?」

   勇一も自席に荷物を置き、進達に付いて行こうとするが、進が遮り、

進「(大声で)付いてこんで!」

   勇一、進の勢いに少し驚き、

勇一「な、何ね?」

進「……ピカが遷るけん」

勇一「え?」

進「……昨日、ABCCば連れて行かれてたと」

   顔が曇る勇一。

進「ピカん子やて黙ってたと? 遷るけん、もう話しかけんで!」

勇一「……」

   勇一を痛々しい目で見る児童達。

   俯き無表情になる勇一。


⑦同・同・同

   20数名の児童の前で授業を行っている住川。

   窓際の席で暗い表情の勇一。

住川「……そして、1945年、7月26日にポツダム宣言が発表されたわけだ」

勇一「……(小声で)7月?」

   少し反応する勇一。

住川「先程も言うたごと、ポツダム宣言ってのは連合国が日本に対して『降伏せんば、攻撃する』言う半ば脅迫んごたるもんで」

   勇一、住川の話を遮るように立ち上がり、

勇一「すぐに決断せんかったとですか?」

   驚き勇一を見る住川、児童達。

住川「……え?」

勇一「そげん脅されとったとに日本はすぐに降伏ばせんかったとですか?」

住川「……そうたい……あん時の政府は」

勇一「(遮って)なして?」

住川「……」

勇一「わかっとった言うことですよね?広島や長崎んごたることなるって、政府はわかっとった言うことですよね?」

   困った表情の住川。

勇一「政府は、日本人じゃなかったと?」

住川「そげんことあるわけなか。日本人たい」

勇一「……同じ日本人やとに……」

   児童達の中から、勇一を見て嘲笑う進。

進「ピカが変なこと言いよる」

   一瞬にして目つきが鋭くなる勇一。

勇一「……同じ日本人やとになして?」

   冷めた表情の進。

勇一「……原爆さえ無かったらうちの母さんは……」

   進の方に近付いて行く勇一。

進「は?」

勇一「今も辛か思いばしとる人らようけおるとに、何ね昔の話って!」

進「は、来んで! 遷る!」

勇一「なしてや‼」

   進に殴りかかる勇一。

   殴られた勢いで椅子から落ちる進。

   進もすぐに立ち上がり勇一を殴り返す。

   騒然とする児童達。

   止めに入る住川。

住川「やめんね!」

   悔しそうな顔で再び進を殴る勇一。
   ――


○ あとがき

取り急ぎ、期間限定公開としました。
以下の記事に私がなぜこの作品を書こうと思ったのか記しています。
ちょっと長いかもしれませんが、このシナリオとセットで読んでいただけると幸いです。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

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