④介入の下地作り過程について

はじめに
 システムズアプローチの下地作り過程とは、治療的な介入(働きかけ)を行う前に小さな差異や変化を積み重ねて、治療的な変化のための文脈や状況設定(下地)を作ることだといえます。介入の下地づくり過程で重要なのは、セラピストが介入(働きかけ)を行う前に、セラピストと来談者や家族とのやりとり(相互作用やパターン)の中で、治療的な文脈を構成しておくことだといえます。
 会話における話題は文脈(コンテクスト)といえ、そこでやりとりされている様々なメッセージは枠組みともいえるかもしれません。また、ひとまとまりの話題は、様々な枠組みが階層性を持って構成されているとみなすことができます(枠組み階層図を参照)。

吉川悟(2006)「少し視点の違う『意識』と『無意識』―人の日常の中に見られる『わがま
まなさま』と『何気ないさま』」より引用


 セラピストは仮説を用いて、来談者や家族との会話の中でいくつかの話題をやりとりしていくことで、会話の中に特定の内容や指向性を含意するような話題の流れ(文脈)が構成されていきます。こうした会話の中でいくつかの話題をやりとりし、文脈を構成していくことをシステムズアプローチでは文脈構成と呼んでいます。
 文脈構成によって形成された介入の下地には、セラピストと来談者や家族とのこれまでのやりとりの文脈ともいえる治療システムの特徴が反映されており、その特徴によって今後の治療的介入の方法の選択が制限されると考えられます。そして、治療的な文脈構成を行っていくにはセラピストの話術が必要となり、その話術のひとつに枠組みの階層性という特徴をメタファーを利用することで活用し柔軟な話題設定が行えることだと考えられます。
 たとえば、〇〇というネタ(内容)で、◇◇を話題にすることは、〇〇という内容を話すことで、◇◇という文脈を構成しているとみることができます。これを部分が全体を構成すると考えてもいいかもしれません。
 また、〇〇という話題から◇◇という話題へ移行することで、話題のネタ(内容)が変更されることは、〇〇という文脈から◇◇という文脈に移行することでネタ(内容)を変更したみることができます。これは、全体が部分を含むと考えてもいいかもしれません。
 こうしたコミュニケーションを語用論的な側面から捉え、メタファーという事象をなぞらえる力(筆者作成の図を参照、メタファーには類推・包含・近接・象徴・寓意などがあります)を利用して話題の階層性を移行し、枠組みをつなげたり切り離したりしながら、話題を構成していくことができる話術が治療的な文脈構成を行なっていくために必要になるといえます。

(図は瀬戸賢一著「メタファー思考」を参考に筆者が作成)


 ちなみに、セラピストの事象をなぞらえる力については、高橋(2006)を参考にしています。高橋(2006)は、セラピストの「なぞらえの力」を、“①目の前で展開されている現象をよく観察する力、②観察しながら似た現象を探す力、③想起した現象と目の前の現象との類似ポイントを意識する力、④想起した現象について目の前の現象と関連づけながら語る力、が統合して成立する。②のためには、「面接者」が自らの生活場面を「現象」として捉える能力が必要であるようだ。「日常生活」というものは、生起し続ける現象に対してその当事者が無自覚的な意味づけをおこなうことで成立するが、その「あたりまえさ」をいったん保留して「現象の意味づけ」として意識してみる努力が要求される。”と述べています。この論考は短いながらも家族療法家やシステムズアプローチの実践家に必要な臨床能力を「テク・体力・勇気」になぞらえて述べられており、システムズアプローチを実践する上で非常に参考になります。

介入の下地作り過程
 吉川(2012)は、“まず、「下地」について明確にしておきたい。どのような介入プロセスであっても、治療者が情報収集を終えたからといって、突然のごとく介入を開始することは少ない。例えば、ミラノ派のポジティブ・コノテーションであっても、既に情報収集段階での変化が起こっている。それは、「問題の焦点をずらす」、いわばディフォーカスという形での変化が起こっている。他にも、多くの逆説的介入では、現状の改善すべき問題を強化される課題が設定されるため、その逆説課題を行うことにどのような意味があるのか論拠を示すことが求められる。”と述べおり、介入の下地作りの重要性と文脈構成という基本技法を獲得する必要性を、家族療法の技法に関する誤解を踏まえて論じています。
 また、吉川(2012)は、介入の下地について、“このような介入の「下地」の特徴は、治療システムに介入プロセスのための「文脈」を構成するという効果が最も重要である。「介入プロセスの下地作り」によって起こる僅かづつの変化は、治療システムの相互作用にある種のルールを規定することになったり、介入プロセスのある程度の「見通し」を明らかにしたり、治療関係の維持のためのリスク回避など、今後の展開における予測可能性が高くなるからである。”と述べています。
 加えて、“介入過程の前段階ですでに形成されている治療システムの特徴は、「有効な介入プロセスの選択の基準」となると考えられる。いわば、治療者にとって有用性の高い介入方法であったとしても、そこまでに構成された治療システムの特徴に準じて介入方法が限定されると考えられるである。”と述べています。
 こうしたことからも、介入の下地づくり過程で、どのような治療的な文脈構成を行うかという「下地」が重要であり、そのために文脈構成という基本的技法が必要になるといえます。そして、これまでセラピストが来談者や家族とこれまでやりとしてきた文脈といえる、治療システムの特徴が治療的介入過程で技法の選択を限定すると考えることができます(筆者作成の図を参照)。

(図は筆者作成)
※図中の文脈形成は正しくは文脈構成になります。



文脈構成
 吉川(2012)は、文脈構成について基礎的な文脈構成・高度な文脈構成・より高度な文脈構成の3つに分けて具体的な方法を提示しています。これらを筆者なりの理解にまとめてみると以下のようになります。
 まず、基礎的な文脈構成とは、話題のテーマを設定し、その話題に関連・隣接・類似する枠組みをやりとりしていくことで話題が移行し、必要な文脈構成がされているといえます。この時にセラピストは、話題の上位・中位・下位の枠組みといった階層性を意識し、できる限り自由に話題が設定できることがポイントになります。また、セラピストが一方的にテーマを設定するのではなく、できる限り自然な会話の流れの中(来談者や家族が話したいことを邪魔しないようなやりとり)で、治療的な文脈構成がされているというのが理想になります。
 次に、高度な文脈構成とは、ある話題に関連・隣接・類似する枠組みの上位部分(テーマに触れる階層)意外を扱い続けることで、最上位の枠組み(テーマ)を明示しなくても、文脈的な意味を持たせることで抵抗感のある話題をやりとりすることができます。たとえば、学校というテーマを扱いたくない来談者に、「部活のやりがい」「友達との間で流行っていること」「テスト勉強について」などという上位の枠組みに関連・隣接・類似する内容をやりとりすることで、テーマに直接的に触れずに語るといったことになります。この時、一定のテーマを語れないことで、ある程度の自由や安心感を持ちながらやりとりができる文脈構成されるとみることができます(これをセラピューティックなバインドとみることもできるかもしれません)。ひとつ留意しておきたいのは、トラウマティックな体験などからある話題を避けている、あるいは健忘しているような人に対してこうした技法を使って語らせようとすることは、侵襲感を与えたり,再体験をおこしてしまうことがあるので技法の使い方には十分な配慮が必要です(いいかえると、セラピストはシステムだけでなく、個人のコミュニケーションの特徴もアセスメントしながら来談者や家族の安全を確保した上で働きかける必要があるといえます)。
 最後に、より高度な文脈構成とは、ある話題のテーマを扱わずに、その話題に関連・隣接・類似する枠組みの中位から下位までの階層で治療システムで扱いやすい枠組みをランダムに設定します。そして、テーマに関する文脈構成を直接的にしないまま、その文脈構成に必要な上位から下位までのすべての階層の枠組みを扱うことで、対象となるテーマの文脈が間接的に構成され、そのテーマに触れる枠組みを直接的にやりとりしようとする際に、その話題のテーマから外れずにやりとりができる文脈構成されるとみることができます。この時に,セラピストと来談者や家族との関係性(治療システムの特徴)によっては、言わずもがなような、暗黙の了解のような雰囲気があるかもしれません(セラピストが一方的に文脈構成しているのではなく、来談者と家族が自らのニーズを原動力として、これまでの治療システムでやりとりで共有している面接の目的や、何をすれば解決に向かうのかというセラピストの意図や振る舞いに呼応するような状態です)。また、来談者と家族の動きに沿った必要な内容を、自然な流れとしてやりとりしていたら、直接的にテーマに触れられるような文脈構成がされていたということに近いのかもしれません。こうしたことは、来談者と家族(家族システム)の動きを無理やり変えようとしても難しく、むしろその動きに逆らわず(時にはその動きそのものや家族システムの多様性を利用utilizationしながら)、小さな差異や変化を積み重ねて、段階的に必要な治療状況をデザイン(土壌を整える)することにつながるのかもしれません。
 吉川(2012)は、家族療法の各学派による文脈構成として、“①MRIに含まれていた文脈構成、②戦略的家族療法に含まれていた文脈構成、③構造的家族療法に含まれていた文脈構成、④象徴的・体験的家族療法に含まれていた文脈構成、⑤ミラノ・システミック・アプローチに含まれていた文脈構成、⑥ソリューション・フォーカスド・アプローチに含まれていた文脈構成、⑥White, M.の文脈構成(問題の外在化)、⑦Goolishian, H.の文脈構成(無知の姿勢)”をあげています。こうした各学派に含まれる文脈構成を理解することで、技法というコンテンツではなく、文脈構成というコンテクストを重視した関わり方が可能になると考えられます。

実際の介入の下地作り過程
 中野(2017)は、介入の下地つくりのポイントとして、“1)パターンを共有する、2)パターンに触れてみてパターンのどこが変えやすいかを探る、3)治療的な文脈を形成、4)ニーズの活用や介入に役立つネタを集め、5)Clや家族のモチベーションを上げるためのプレゼンテーション”をあげて、実際の臨床場面での来談者や家族との具体的なやりとりを説明しています。
 そして、中野(2017)は、“これらのポイントは下地づくりの段階におてい行われるものではなく、ジョインニングや情報取集といった段階でも部分的に行われていることもあります。また、順番が決まっているものでも、必ずすべてのポイントが入らなければいけないものでもありません。事例によっては直接的な治療的介入を初回でせずに、数回に分けて下地をつくっていくこともあります。いずれにせよ、治療技法やそれによる介入の重要性もさることながら、それ以上にそれまでの下地がいかにつくられるのかも大切と考えられます。”と述べています。
 モチベーションをあげるプレゼンテーションという臨床場面ではあまり聞き慣れない言葉から、疑問に思う方もいるかもしれませんが、坂本・東(1994)はセールス・トークとシステムズ・アプローチ(誤字ではなく、この頃はまだシステムズアプローチの表記に「・」がありました)を当てはめて、“(1)アプローチ→ジョインニグ、(2)プレゼンテーション→見立ての説明や指示(処方)の提示、(3)オブジェクト・ハンドリング→抵抗操作、(4)クロージング→指示推敲の同意、確認”といった4つのステップに分けて面接に必要なスキルを説明しています。
 こうしたことからも、システムズアプローチでは特殊な介入技法がある訳ではなく、セールス・トークのような日常で何気なく使われているようなコミュニケーション・スキル(コミュニケーションの語用論的な側面)を活用して、来談者や家族が自らのニーズに沿った変化を導入(場合によっては変化しないニーズもあるのかもしれません)できるように、中野(2017)が説明する介入の下地づくりポイントの必要な部分を過不足なく、ひとつひとつを来談者や家族と丁寧にやりとりしていくことが大切だと考えられます。

おわりに
 簡単にですが、以上がシステムズアプローチの介入の下地作り過程になります。引用が長くなってしまったのは、なるべく筆者の誤読や間違った理解が入らないように、できる限り原文を提示しようと考えたからです(引用として切り取っている時点で、その切り取り方に引用者の意図が現れているといえるのですが、そこはご了承ください)。また、同じようなことを繰り返し述べているようにみえるところもありましたが、それが非常に重要だから冗長的になってしまったといえるかもしれません。関心や疑問を抱かれた方は、引用文献に当たってみてください、多くの学びがあるはずです。

引用文献
坂本真佐哉・東豊(1994)セールス・トークに学ぶ治療技法のエッセンス,ブリーフサイコセラピー研究Ⅲ,日本ブリーフサイコセラピー研究会.
高橋規子(2006)テクはあるか・体力はあるか・勇気はあるか,(牧原浩監修・東豊編集),家族療法のヒント,pp.107-114,金剛出版.
中野真也・吉川悟(2017)システムズアプローチ入門ー人間関係を扱うアプローチのコミュニケーションの読み解き方,ナカニシ出版.
吉川悟(2006)少し視点の違う「意識」と「無意識」―人の日常の中に見られる「わがま
まなさま」と「何気ないさま」,(「意識と無意識」),人文書院.
吉川悟(2012)システムズアプローチにおける下地作り過程ー介入プロセスにおける文脈構成ー,龍谷大學論集479,pp.34-56.

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