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【読書感想文】螢・納屋を焼く・その他の短編

村上春樹さんの初期のころの短編集です。

死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。

螢  より。

夕方まで一緒にビリヤードをしていた友人が、その夜、目張りをしたN360の中で排気を引き込んで死んだ。友人の恋人だった彼女と、それからの僕。
透明になっていく彼女。
毎朝ラジオ体操をする寮の同居人のくれた、瓶の中の螢。

当たり前に生きているはずが、そのあまりにも身近で儚い「命」に気が付いてしまった時、脆さや心細さや寂しさ、そして恐さと共に生きることになる。

螢のともしびは、淡くか弱く。
村上春樹さんの描く「哀しみ」は、とても深く、ひどく寒々しく、けれどきっと、その「淵」に立ったことのある者には、静かな安らかさがあるのだと思う。

「あなたは小説を書いている人だし、人間の行動パターンのようなものにくわしいんじゃないかと思ったんです。それに僕はつまり、小説家というものは物事に判断を下す以前にその物事をあるがままに楽しめる人じゃないかと思っていたんです。だから話したんです。」

納屋を焼く  より。

一回り離れたガールフレンドの連れてきた彼氏と、「グラス」をやりながらのシーン。「納屋を焼くんです」という告白。
火を点ける側と見ている側、同時存在するという彼の思考に、1Q84の二つの月を思い浮かべてしまう。どうにも村上春樹さんの世界にいると、肉体と精神が分離していくような気になってきてしまう。あるいは、精神が二手に分かれていくような。

「あんたは何度も何度も勝つことができる。しかし負けるのはたった一度だ。あんたが負けたらすべては終る。そしてあんたはいつか必ず負ける。それでおしまいさ。いいかい、俺はずっとずっと待っているんだ」

踊る小人  より。

あぁ恐ろしい。欲望に打ち勝つということは、自分の中の小さな踊り子の誘いに乗らない、ということなのかもしれない。
それにしても、あの象は…かさ増しした象なのか、ちゃんと本物の象なのか、今度動物園へ行くことがあったら、ちゃんと見てみよう。見た目じゃあ分からないかもしれないけれど、まさか、かさ増しされていたとはね。

短いお話ばかりでしたが、しっかりと村上春樹ワールドでした。むしろ、凝縮されていたせいで、余韻が強く残っています。

今夜、小人の夢を見ないとも限らない。
もしくは、『耳』か。

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