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[短編] メゾンdivers ⅱ

私のルームメイトは、綿棒くんという。

彼はいつもたいていゆっくり起きてきて、 「おはよう」と、なんとも耳心地の良い声で言う。
そして、彼の淹れるコーヒーは香しく、それだけで私は今日も1日、機嫌よく過ごせる気がする。

ここメゾンdiversの2階、お隣には、賑やかで騒々しい、食パンとビート板という二人が住んでいる。いつも誰かしらお客が来ているようで、まぁ彼らはそんなタイプなんだろう。

あの夜も、遅くまでバタバタ聞こえていた。

私は日頃のルーティンどおり、そろそろ寝ようかとしていたのだが、綿棒くんがソワソワしている。

「お隣さん、何かあったんですかね」
そう言われてみれば、ベランダから声がする。放っておけない綿棒くんと二人で、声をかけてみる。

「あ。すみません、あの、ちょっと、手伝っ  てもらってもいいですか?」
なんとも情けない声が返ってきて、綿棒くんはいてもたってもいられないようだ。おそらく食パンの声だろう。僕たちは、お隣の様子を見に行くことにした。

私たちの住む部屋と、間取りは同じなのに、ドアを開けた途端に、ムワッと賑やかな匂いがたちこめる。
ベランダに、でかいビード板がバタンと寝ていて、綿棒くんと食パンと私は、ズルズルとビート板を部屋の中へと運び込んだ。

ふわりと食パンが、小さな毛布をかけていた。

やれやれ。

明日も私は、5時に起きる。
早く帰って寝なければ。

同じ間取りの部屋なのに、楽しげな賑やかさが残るこの部屋は、どうにも私には居心地が悪く、
「いえ、では、おやすみなさい。」
とさっさと退散する。

きっと綿棒くんは、食パンとひと通り感じよく、あの耳心地の良い声で、少し話してから帰ってくるのだろう。

綿棒くんは、とても丁寧なのだ。じっくりと、細かなところまで気遣う。人の役に立ちたいんだ、と語る彼に、「へぇ」と感嘆の声しか出ない。彼はきっと、育ちがよく、私とは育ってきた世界が違うのだろう。けれども私は、彼のおかげで今夜はお隣さんの力になれたのだ。彼といると、心がポッと暖かくなる。今夜もよく眠れそうだ。


朝、いつものように5時に起きる。


「おはよう」
耳心地の良い声がする。
いつもより早く。

「はぁーーっくしょい!」

と壁越しのビート板の豪快なくしゃみも。


「風邪ひいとるやん」

綿棒くんと私は、同じ瞬間に同じ台詞を言っていた。

ポッと心が暖かくなる。


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