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ムスコのために走る夜

その時、私は夕飯の支度をしていた。
その間、息子はしまじろうのDVDを見ていた。

それはいつもの日常だった。
何の変わりもない、いつも通りの時間。

「ままー」

DVDに夢中なようで、呼ばれるのはいつものこと。
なので調理の手は止めずに、「はいはーい」と返事をする。

大抵はそれだけで満足する。
姿が見えないことへの不安がふと心を掠めるせいかな、と思い、それがどこか嬉しく思う。

しかし、この日は違った。

「ち◯ち◯が痛い」



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・・・・なんだって?


見れば、なぜか息子のムスコさんがぺろん、とあらわになっている。


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いや、ソイツがなぜ外に出てるんだ。
そんな風にちょいちょい触ってるから痛くなるんだろう。

屈み込み、様子を見るもよく分からない。
当然だ。なんせ私には無い部位なのだから。

もっとよく見てみたいのだが、触ると「痛い」と訴えかけてくる。

(うーむ…)

同じモノを持っている夫はいない。
帰ってくるのは0時を過ぎる。
それまで待ってはいけない気がすると、母としての勘が訴えかけてくる。

ちらり、と時計を確認すれば17時55分。
かかりつけの小児科医は18時までだ。

(明日は…休診日か)

一か八か電話してみよう。断れたら、様子見だなー、なんて思いながら携帯を手に取る。


「あの…今からでも受診できますか?」
「えーっと…18時5分までに来ていただけるなら…」

5分。微妙な時間帯だ。
電話かけている間に57分になってるし。

しかし息子のムスコのピンチとあっては、絶対に間に合わなければならない。

覚悟を決めて、「わかりました。かならず5分には伺います」と電話を切り、素早く息子にコートを羽織らせ、診察券と財布を引っ掴んで玄関を飛び出す。

もうここからタイムトライアルだ。
自転車にまたがり颯爽と走り出せば、早速カゴに入っていた自転車用のチェーンを道に落とした。

「まま、落ちたよー」
「後で拾う!!」

後ろも振り返らずそのまま走るも、何せ退勤時間直撃。
のんびり歩くOLやサラリーマンが歩道を闊歩している。

退け。退いてくれ。
普段は歩道をこんなスピードでなんて走らない。
けれど今は…今は息子のムスコさんのピンチなんだ!!!


幾つかの信号を渡り(しかも全部赤)、道ゆく人たちを避け、自転車を停めて小児科に着いたのは、
18時10分。

つまりあれだ…………


間に合いませんでした!!!



すごすごと、平伏せんばかりに受付の前に行く。
「必ず行きます」なんて大見え切った手前、とてもいたたまれない。

「すすす…すいません…あの…大丈夫ですか?」
「いいですよー。ここに症状書いてください」

ありがたや…
ぺこぺこと親が頭を下げれば、一方の息子は元気いっぱいにおもちゃコーナーに走っていく。

…おい。ここまでして嘘だったら承知せんぞ・・・・。

内心ハラハラしながら、問診票に『息子がムスコさんが痛いと言っている』とだけ書いて受付に返す。


・・・・・・・・なんで、私こんな事書いてるんだろう・・・・



診断は…


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「うーん…剥けちゃったみたいねぇ」
「え?」

診察室に歩いていき、自ら「ち◯ち◯が痛いんでしゅ」と訴え、ズボンを下ろしてぷりんっと可憐なお尻を出す息子に、丁寧に診察した初老の女医の穏やかな声で伝えてくる。

(剥けたって…息子よ…)

「とにかく病気じゃ無いからね。怪我だから。
2.3日すれば痛いって言わなくなるわ」

お薬出しておくわね。塗り方はこんな感じで、と丁寧に指導された後、もう人がいなくなった院内で処方箋をもらう。

(なんかほんと…すいません…)

「お大事に」の言葉に押され、病院を後にして貰った処方箋を手に
すぐそばの調剤薬局の扉をくぐれば、閉店間際なのにそれなりに人で賑わっている。

どのくらい待つんだ。これ。
もう帰りたい。ほんとに帰りたい。

頭によぎるのはこれからの予定。
料理の続きしてご飯食べさせてお風呂入れて寝かしつけって……しんど過ぎる。

頭の中でこれからの予定をなぞって、げんなりしながら処方箋を出す。

しかし待たねばならぬ。  
覚悟を決めて待合コーナーにある絵本を適当に選んで読んでいれば、意外にもすぐに「しゅんたろさんー」と名前を呼ばれる。

お。ラッキー。
シュバババ!!と絵本を片付け、窓口に行く足取りは軽い。

「今日は、どうされました?」

薬を前に、真面目そうな若い薬剤師は問いかける。

「えーっ…………と」

言うのか。
この、それなりに人がいるここで、言うのか。

「どうされました?」

たたみかける薬剤師。
押し黙る主婦。
無言の攻防。


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その後、「息子のムスコさんの皮が剥けてしまったんだ」と呟き、薬を奪い去るようにして夜の街を走り抜ける女がいたとか、いないとか……






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