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焼肉と銭湯と鍬(週末田舎暮らし番外編)

私は急いでいた。
鉄道史学会の定例会が大阪で開催されたあと、宿を探しでいた。
なぜかその日は、いくつかの学会の開催日と重なっていて大阪府市内のビジネスホテルはどこもいっぱいだった。穴場だった江坂駅近くのビジネスホテルもアウトだった。

翌日には関東に用事があるので、関西以西の宿は範疇外だった。新幹線の料金は財布の中身を大きく超えていた。

当時はスマホもガラケーもない時代。どうやって宿を探したのだろう、全く覚えていない。多分、急行、快速等が止まる駅の駅看板をもとに公衆電話を掛けまくっていたのだろう。

学会後の流れの飲み屋で、各大学の教授から盃を幾杯か頂戴した。
教授陣は当時若かった私を暖かく迎えてくれた。
「研究のテーマはなんだい?」
「そうか、それだったら、それに関する人を紹介しようか?」
追手門学院大学の教授からは、
「どこかに行くあてはあるのか?ウチに来ないか?」
と、それまでの苦難な研究生活から一転した明るい話題がいっぱいだった。

大学3年生後半だった。進路を選択しなければならない時期だった。
「ありがとうございます。今お願いしたいのは山々ですが、また、お話をさせてください。次回関東で開催する学会でよろしくお願いします。」

翌日の関東での予定がなければ、その場の流れで決めてしまいたかった。
その「関東での予定」が何だったかは記憶がかげろうのように茫として思い出せない。

東海道線に飛び乗り、東進の人となった。
幾駅か過ぎ去り、ここら辺あたりならと、近江八幡駅に降り立った。
しかし当てが外れた。もうこれ以上東進するのは20時を過ぎていたので時刻的に無理だった。

逡巡した挙句、私鉄の近江鉄道の駅員さんに声をかけた。
「ここいら辺で今夜の宿を探してるのですが、どこかありませんか?」
駅員さんは朗らかな表情をみせ、
「あ、ちょっとお待ちください。今、電話かけてみますので」

改札口は年季の入った木枠のみで出来ていた。周りの暗闇の中、電球色のほのかな暖かい灯りが似合う風情だった。

「お客さん、宿、手配出来ました!近くなので今、宿の人が自転車で迎えにきますので少々お待ちください。」

「ご手配、ありがとうございます。」
一言お礼を述べた。駅務本来の仕事でもないのに旅人に優しい駅員さんだった。

自転車でお迎え、なかなかいいじゃないか!まさか二人乗りではないだろう。
こういうのが、パッケージツアーには決して無い、面白さだ。

しばらくすると暗闇から、電球色に照らされた、開襟シャツを羽織った初老男性が現れた。
「いや〜、お待たせいたしました。すぐ近くです。参りましょう。」
優しい駅員さんに軽く会釈をしてから、初老の男性と自転車と並んで歩き出した。
「どこから来なさいました?」
「大阪から関東に戻る道すがらです。」
「そうですか、よく来なさいました。」

程なく宿に着いた。ビジネスホテルが台頭する以前の、いわゆる駅前旅館、商人宿だった。

女将さんが挨拶がてら、すまなそうに話しかけてきた。
「もう火を落としてしまったので、風呂、夕飯はありませんがそれでもよろしかったらどうぞ」

「いやいや、泊まれるだけでもありがたいです。もう少しで野宿をするところでした。」


「お風呂は近くに銭湯がありますからそちらへどうぞ。夕飯は、これも近くに美味しい焼肉屋がありますので、その横丁の入ったところでどうぞ。」
にこやかに話しかけてくる。楽しくなってきた。

部屋に案内されるや旅装を解き、そそくさと湯仕度を整え持った。
まずは夕食、と宿を出た。

教わった通りに曲がって横丁に入っていった。小さな輪っかの蛍光灯が入った看板があちこちに灯っていた。
その中の幾件目かの玉のれんをくぐった。
「いらっしゃ〜い」
これまた初老と思われる、お姉さんの声が聞こえた。
カウンターだけのこぢんまりとした店だった。

「ここの焼肉が美味しいと、宿の女将に聞いてね、」
「ありがとうございます。ではさっそく」

お姉さんの手前にはピカピカに磨いた鉄板があった。ドンッとその上に肉の塊が置かれた。
横だか縦だかわからない赤身にさしが入った肉塊だった。
今思い出せば、そのように表現できるが、当時学生の私には圧倒されて表現のしようがなかった。

お姉さんは六面を順を追って綺麗に焼き上げてくれた。その度に、
「ジューー」
っと音を立てて鼻先にいい匂いを漂わせた。

こんな感じ


「はい、どうぞ」

丼飯と塊り焼肉と味噌汁と香の物。
こんなにも美味いものがあるのか、こんなにうまい肉汁が出てやわらかい肉があるのか!と恍惚となった。

またしても、今思えばその肉は、『近江牛』だったのでは!
とても貧乏学生の身では食することができない代物だったのでは!
でも全然、懐がいたんだ記憶がない。何故だろう…。

肉の旨さを堪能した私は、そのまま銭湯へと向かった。

昔ながらの破風構え、下足箱の板鍵、番台には髭剃り、ブラシ、あかすり、シャンプー、石鹸、そして番人のおばちゃんと、フルラインナップだった。

脱衣所にはロッカーのほか、未だ籐の籠があった。

ざざっと体を軽く洗って湯船に入る。

「ふぅ〜〜」

声が思わず出る。

「おにいさん、どこから来なすった?」

と、50代とみられる地元の親父さんから声をかけられた。私が、まぁ見慣れない顔だったんだろう。

「東京に帰る途中で寄りました。」
「東京かぁ、人がいっぱいおるやろう。」
「ここは、のんびりしたいいところやで。」
と、ゆったりと話が続く。
私も地元の人と話すのが嫌いではないので、適当に話しを返す。

「ウチもとなりも農家や。隣の娘に婿が来てな、あぁ〜良かった良かった、後継が出来たなぁと喜んでおったわ」
「お婿さんですか、よかったですねぇ。ここらへんは水も良さそうだし、良いところじゃないですか。」
「じゃろう?だが、」
と急に顔を曇らせた。

「1週間前、婿がいなくなった。逃げ出したんじゃ!」
「えっ、」
えらい密な話しを聞かされびっくりした。風来坊の私に話して良いことなのか。

「隣の娘が不憫でなぁ…。どうしたもんだか。」
親父さんは天井を見つめていた。

「ウチにも娘が2人おってな、元気にしちょる。」
「畑も手伝うてくれとるわ。」
「そうですか、嬉しいことじゃないですか!」
二人とも天井を見上げて話していたが、ふと、ここで話しが途切れた。

いい体しているねぇ!
腕をギュッと握られた衝撃が走った。

えっ、ナニ、なんなの⁉️

「おにいさん、なにをして鍛えたんだい?」
「いや特になにも。野山歩きが趣味でして…。」
当時20代であった。そのぐらいの歳だったら誰もが体躯はしっかりしているだろうに。

腕をさらに力強く握られた。

「ウチの二人の娘に会ってみちゃくれんかの、気立ては良いのでのう。」

銭湯で、
婿スカウト
されるとは思ってもみなかった。
確かに、体躯、がしっかりしているか、農業に耐えられる体か、を見るには、銭湯が一番だ。

「いやいや、東京にはもっと筋骨隆々の学生はたくさん、たくさんいますよ!」

やんわりと握られた腕を振り解いて言った。

渾身の想いの丈を込めて言い放った親父さんは放心状態だった。


ちょこっとだけ、娘さんに会ってみたい気もあった。が、それは親父さんの思うツボ。


あの時、
娘さんに会っていたら、
首を縦に振っていたら、
琵琶湖のほとりで、鍬を振り下ろす日々を過ごしていたんだろうなぁ、と思う。それもまた、有り、かな、とも思う。

その後、調査、資料収集、フィールドワークに地方へ行くと「婿候補」扱いがポツポツとありました。
成り手がいないんでしょうかね、
「お婿さん」







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