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読書感想【文明と戦争 上・下】

この本は生物学,人類学,考古学,歴史学,社会学,政治学といった幅広い学問領域に基礎を置いている.そのため 上下それぞれ約500ページという長編ものになっている.なかなか読むのが大変であったものの 人類の壮大な物語を堪能できるため 面白い.


本書を通じて著者は,戦争は人類の生活と共に常に存在しており 人類の一般的な欲求を満たすために戦われてきた事実を明らかにしている.

人類の歴史を振り返ると 戦争が不要なものとなるかもしれない出来事はあった.それは資本主義の勃興,高度に発達した市場経済の誕生,そして産業革命による生産性向上である.

これらが起こる前はゼロサムゲームであった.

人類が狩猟採集社会を営んでいた頃から 限りある資源を奪い合うために争いが行われていた.戦争は不自然な現象ではなく かなりの頻度で起こっていた.それは人類が定住し農業を始めても変わることはなく,栽培作物の生産性を高めても 人口の増加で相殺されていた.


経済的革命により 暴力による奪い合いよりも比較優位による自由貿易で発展したほうが豊かになれるという状況になった.商業によって戦争を根絶できるのではないか と当時議論も起こった.

しかし ご存じのとおり経済的な革命が起こってもなお戦争は発生した.その理由として著者は 血縁を基礎にしたアイデンティティと保護主義的な動きが影響していると指摘する.

日本の歴史を見ても著者の指摘は当たっていると思う.

満州国の設立が分かりやすい.列強諸国が世界を地理的に分断し それぞれで自由貿易圏を作るなら,日本も経済的な自足のために それが日本という共同体全体の繁栄のためになると考え 満州に侵攻したのだろう.

そして日本国民はそれを歓迎した.満州国の設立に関わった人たちが国民から熱狂的に支持されたことからも明らかだ.日本国民に浸透したアイデンティティから生まれたナショナリズムの荒波は権力者をも動かし 戦争へと向かっていった.


血縁を基礎にしたアイデンティティは今も戦争を起こす要素であると思う.『AIが神になる日(松本徹三)』で提示されているように AIが哲人政治を行えば 国民と政治を切り離すことができるため 戦争は起こりにくくなるかもしれない.

しかし人類は政治を簡単に手放すのであろうか,また,AIはまだまだ発展途上の技術であるため 哲人政治を行わせる時期はまだ来そうにない.

将来の発展によって生み出されるAI以外の技術に期待してみたいところだが,それが我々を平和へと導くものであるとは限らない.

これからも戦争と共に悲惨な現実と付き合わなければならないようだ.



以上.


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