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悪夢の牢獄【短編スリラー小説】

※ 注意 ホラー表現、グロテスク表現あり

 この物語は、一人の女性が夢を見る所から始まります。

 その夢は、すべてが悪夢でした。
 しかし、目覚めるとその夢の記憶は無く、平常心で生活を出来てしまうのです。

 夜も更け、再び眠りについた時に思い出すのです。

 底知れぬ恐怖を。

――――――――――――――――――

 それは、ある日突然はじまった。

ー 1日目

 最初は、ただただ部屋に閉じ込められているだけだった。
 部屋は狭く薄暗い。たった一つの小さな窓から、少しだけ光が差し込んでいる。窓は人が入るには小さすぎて、空気穴としての役割を担っているだけなのだろう。

 その日の夢は、ただそれだけだった。

ー 2日目

 夢を見ているはずなのに少しの違和感に気が付いた。昨晩と同じ部屋に私がいたのだ。
 行った事があるはずもないその奇妙な部屋に、少しだけ変化がある事にも気が付いた。
 部屋は四方を壁と一つの小さな窓だけがあった。しかしその反対側の壁に、昨晩は無かったはずの” 鉄の扉 ”があることに気が付いたのだ。
 もしかしたら、その扉を開ければこの部屋から出られるかもしれない。でも夢の中の私は、ただただ茫然と部屋を見回していた。

ー 3日目

 やはりまた同じ部屋にいた。ただし、小さな窓が見える壁しか見る事が出来なくなっていた。
 私は何かに縛られているようだった。身動きは取れず、椅子に座らされているのだろうか。
 悪夢を見る事はあるが、同じ部屋にいる夢を見始めて三日目にして私は初めて恐怖心を感じた。最後まで身動きを取る事は出来なくなっていた。

ー 4日目

 今日は鉄の扉の方を向いて、体を拘束されていた。

 小さな窓から差し込むわずかな光が、私の影をぼんやりと作って鉄扉まで伸びている。その影を見て、初めて私が今の自分ではない事に気が付いた。
 その影は、夢の中の私が短髪である事を示していた。私は髪が長く、明らかな短髪とわかるような髪型にはどうやったってならない。

 じゃあ、今、この夢を見ている私は誰?

ー 眠りから覚めて

 いい加減、睡眠不足に陥ってもいいような状況なのに、私はすんなりと眠りにつく事が出来ている。
 なぜかと言うと、私は起きた瞬間から夢の記憶を全て忘れて、普通に生活しているからだ。
 毎日眠りにつき、夢を見始めた瞬間に思い出す。そして、こう思うのだ。

「毎日同じ部屋にいる夢を見るなんて異常だ。」

ー 5日目

 その日は、明らかに何かが違った。

 毎日少しずつの変化は感じるのだが、明らかに落ち着かない。胸騒ぎと言うには激しすぎる感情が、流れ込んで来ていた。
 怒りにも似たその感情に困惑していると、突然

『ドンドンドン!ドンドンドン!』

 鉄扉を叩く音が響いた。助けて、と叫びたい気持ちは、理解できない感情に飲み込まれ、私を無理矢理抑え付けて来る。

『カチャ、』

 鉄扉の鍵を外側から開け、何者かが薄暗い部屋へと入って来た。

 顔が見えない。部屋が薄暗く見えない。その者の顔は、何度瞬きをしようと確認が出来ない。

「やめて...」

 私は今、考えている事とは違う事を口にした。口から出た言葉は、恐怖心からの言葉で、私は今怯えているわけではない。むしろ、なぜこんな事になっているのか、怒りさえ覚えていた。

「…。…。」

 顔の無き者は何かをつぶやいているが聞こえない。

「もう...やめて...お願い...」

 顔の無き者は、私の周りをぐるぐると回りながら、嘗め回すようにこちらを見ている。あたかも品定めするかのような視線を感じた。
 これは夢だ。顔が見えないだけで、本当は顔が見えているのかもしれない。

 どうにか見られないものか、と試行錯誤していたその時だった。

「いやぁぁぃあいいいいぃぃぃい...」

 顔の無き者が私の右肩に手を置き、驚いた次の瞬間、私は背中からアイスピックのような鋭利で硬いもので串刺しにされた!

「もう、や、、め、、、て...」

 一度ではない。二度目も。三度目も。幾度もぐさぐさと、背中全体に痛みと衝撃が走っていく。
 だんだん意識もなくなっていき、もうダメかと悟った。首を持ち上げる気力もなくなり、視界も狭くなって行く。最期の瞬間、違和感に気が付いた。

 鉄扉の方まで伸びる影は、長髪である事を示していた。短髪だったはずなのになぜ...。

ー 6日目

 私はまだ引き続き夢の続きを見ていた。

 昨日、確かに背中からめった刺さにされ、恐らく命を落としたはずだった。
 この夢は同じ事を繰り返しているのだろうか。いや、今日は昨日までとは明らかに違う。部屋はほぼ真っ暗で光が差し込んでいない。夜なのだろう。

 連続性のある夢なのか。

 それとも、断片的で時間に連続性のない夢なのか。

 夢ならではの、辻褄が合わない展開に私は困惑してはいた。しかし、だからといって椅子に縛られている私に何か出来るわけでもない。今日も何かが起こるのを待っているだけだ。

 すると、今日はノックする音も鍵を開ける音もなく扉が開いた。

 今日も顔が見えない。

 しかし、何かが違うと感じた。昨日のような不穏な気配が全くない。手に握っているのは刃物などではなく、櫛や化粧道具だった。

 顔の無き者は、目の前で突然座り込み、化粧道具を開き始めた。私はそれを見ているしかなかった。そこから不思議な体験をした。

 顔の無き者は、私にデタラメな化粧を施し始めた。暗くて色などはハッキリと確認出来なかったが、使うはずの無い部位へと化粧品を塗りたくってくる。顔には感じた事の無いベタベタとした感覚。

 不快感は否めないが、顔を見るチャンスとばかりに、動きを追っていたが今日もやはり顔を確認する事が出来なかった。

ー 7日目

 今夜の夢は、今までで一番辛い状態からスタートした。

 毎日椅子に括りつけられ身動きが取れなかったが、今日は床に突っ伏している。
 縛られていないから体を動かそうと思えば動かせるはずなのだが、体に力が入らなかった。手足は僅かにうごくようだが、どうにも立ったり出来そうになかった。
 何故だと考える気力さえ沸いてこない。もう朝なのだろうか。少しの光が差し込んでくる。当たる太陽光の暖かみを感じるほど、体に感覚がない事がわかった。

 何故なら今日の夢の中の私はこんなに衰弱している。『誰か助けて』と本気で助けを呼びたかった。

 それでも、じーっとしているしかない。こんなに辛い事は無い。体も感覚が少し残っているだけで、意識自体が薄くなっていっているのがわかった。辛い。辛過ぎる。

 すると、誰かが鉄扉を開けて入って来た。私は、顔を必死に上げようとしたが、やはりもう気力が残っていない。

 入って来た何者かは、やはり私をじっと見ているようだった。しかし、今までと全く違う行動に出た。

「…ぃ…ぃたぃ…」

 私は、髪を掴んで引っ張られているようだった。わずかに残った感覚でわかる。床に触れている部分は容赦なく、摩擦を生んで擦れて痛みがあった。怪我をしているのか、どうかもわからないくらい感覚は薄いが、わずかな視界で確認できた。

 私は無闇に髪を引っ張られたまま、鉄扉の奥まで引き摺られていった。

 今日は、そこで意識が途切れてしまった。

ー 8日目

 今夜もやはりほとんど光の無い部屋の中に居た。夢とは言え鮮明過ぎるこの映像は、本当に私の頭の中で起こっているのだろうか。それとも、、、、。

 壁の角に力なく座らされている。もう縄で縛られているわけではなく、力なくへたり込んでいるような感じだった。

 しかし、今までと違うのは、わずかに体を動かせるだけの気力が残っていた事だった。

 首を動かし周りを見渡す。確かにいつもの部屋だ。ほぼ正方形。天井はそれほど高くなく、もともと電球を設置するような設備も無い。それどころか、この部屋は太陽や月の光、あとは虫くらいしか入って来れそうに無い。
 鉄扉を見ると、こちら側にノブがない。今まで気付かなかったが、鉄扉には監視の為の横長の穴が空いていた。

 ここは、やはり人を閉じ込める為だけに造られた部屋。それは間違いなさそうだった。

 余力で左腕を確認してみた。私は小さい頃に事故にあって、左の二の腕に大きな傷があった。大人になってからも消えなかったその傷は、私を苦しめ続けた。服装もそうだが、体操服や水着にはなれなかった。私が私である事を確かめるための一番の方法とも言えた。

「…ない…。え…。」

 しかし、そこに傷はなかった。そんなはずは無い。あんなに私を苦しめた傷がない。

 そして、それ以上に驚いた事がもう一つある。今、私が発した声は聴いたことのない声だった。

ー 私じゃない…? ー

 夢の中の私は、本当の私ではないのか。ここ数日で見続けた夢は、連動してそうでそうでない部分があった。刺されたはずなのに生きていたり、髪の長さが違ったり、顔無き者の容姿も違うように感じた。

 私は、いったい誰の夢を見ているんだ…。

ー 9日目

 いつもと違う場所で目が覚めた。

 そこはいつもと違う温かみのある灯りが点いていた。
 個室には変わりないが、机や棚も見える。
 眠りに着いた寝室でない事は確かで、確かに夢の中ではある。

 しかし、違和感もやはり確かなものだった。

 棚に見覚えがある。
 机にも見覚えがある。
 扉にも見覚えがあり、そこの先に何があるかさえも覚えている。

 この部屋を知っている。
 この建物を知っている。
 ここがどこなのか、全てわかる。

 昨日までの夢とは大きく違う『記憶』の断片がハッキリと脳裏に焼きついている。

 私は拘束されてもいない。

 異様なのは、手元にはロープや刃物がいくつも並んでいた事だ。
 そして、誰かにこの感情をぶつけたいという激情とも言える感情が沸き上がっている。

ー 今日は、アイツを、 ー

 私は自由に動けるにも関わらず、その場所から逃げるような事は微塵も考え付かなかった。

ー ここは、私の、 ー

 私は短いアイスピックのような刃物を持って、部屋を出た。
 部屋を出て洞穴のような通路を進み、いくつもの分岐を迷いなく進んだ

 目的の部屋。
 鉄の扉を開け、中に人がいるのが見えた。

 その人は、椅子に括り付けられている。
 呼吸はしているが、もう気力を失っているのだろうか。
 起きているのかさえわからない。

「どう...。なりたい...?」

 私は理解できないこの感情を、声にしていた。
 気力なくうなだれている人が、声を振り絞る。

「もう...やめて...お願い...」

 私はこの人を解放してあげないといけない、と思った。

 信じられないのは、その言葉を聞いて決めた方法だった。

「いやぁぁぃあいいいいぃぃぃい...」

 私はアイスピックをうなだれている人に刺し込んだ。

 1回...2回...3回...。

 何度刺し込んだだろう。解放してあげないと。

 途中まで聞こえていた悲鳴にも似た声は止み、うなだれている人の呼吸が止まったように見えた。

「ばいばい...」

 その時、気付いた。
 感情の起伏はないものの、内心焦りと驚きで心臓が爆発しそうなほどだ。

 私が今、アイスピックでメッタ刺しにしたのは、数日前の私だったのだ。

ー 10日目

 今日も灯りの灯っている部屋で目覚めた。

 昨日気付いたことを確実な物にすべく、部屋の隅々を見回す。
 私がここ数日で続けて見ている夢は、捕まっている人と捕まえている人だった。

 今日、ここで気付いたという事は、捕まえている側の人間だ。
 何の為に、人を閉じ込めいたぶり、時には命まで奪っているのか。

 今日も『見に行かなきゃ』という感情のままに建物内を歩んで行っている。その時、通路の両サイドに合計10個の部屋と、正面に他の部屋とは違う鉄格子がある事に気付いた。

 両サイドにある部屋は、登りの壕になっていてその奥に鉄扉がある。
 それぞれの鉄扉の前まで行って、ハガキサイズの窓から中を覗き込んでいく。それだけの作業だ。

 とある鉄扉の前に立った時、初めて私は中から声を聞いた。

「お前たち、こんな事してどうなるかわかってんだろうなぁ...。」

 その言葉に、感情のままに応える。

「どうなるって...私、遊んでる。それだけだよ。」
「これは立派な犯罪だ。見つかったら死刑になるだけで済まないぞ。」
「よくわかんないよ。私は、私の思うままにやってるだけだから。ここに誰かが来たら...遊んであげてるんだよ。」

 私の口から出て来る言葉は、意味を理解するのに十分な情報が足りていないように感じた。今の私はいったい何者なんだ。

「おい...頼むからここを出してくれ。お願いだ。」
「え...ここに来てれるわけないでしょ...。あ、出れないわけじゃないか。生きて出れないだけ。」

 なんて恐ろしい事を言っているんだ。私は自分から発せられる言葉の一つ一つに驚愕した。

「この収容所はね...私の為に創られたんだって聞いたよ。私、人が目の前にいると、いつ殺しちゃうかわからないから。ふふふ」
「うわぁぁあああ。お願いだ。お願いだよ。ここの事は絶対話さないから...」

 聞く耳を持っていない私は、鉄扉から無言で離れていった。

 そして、通路奥の鉄格子から誰かが呼び掛けているのに気付いた。

「まこと。こっちにおいで。」

 その男は軍服を着ていた。この収容所に関わる誰かだろうか。

「君がここに来てくれたお陰で、私たちは本業に従事出来る。君はこの国の英雄だよ。ほら、これをあげよう。」

 差し出して来たのは、鋭利でまだ新品の短剣だった。

「わぁ、ありがとう!」
「大切に使いなさい。困った事があったらいつでも言うんだよ。」

 その軍人のようなおじさんは、笑顔で鉄格子の向こうに消えていった。

 私は手に持っている新しい短剣を試したくなった。

「じっくり、じっくりと…。」

 私は、一番弱っていると思われる人物の扉を開き、髪を鷲掴みにして引き摺って行った。

「ふふ…。楽しみだね…。」

ー その日、目覚めて

 初めて悪夢を見ていた記憶を持ったまま目が覚めた。

 とんでもなく気持ちが悪い。
 何せここ数日の夢の記憶を全て持ってしまっているからだ。

 私は捕まって閉じ込められている夢を、何日も続けて見ていた。
 その後、軽快に殺意を抱くような危険な感情を持つ人物の夢も見た。

 私は整理しきれない状況を必死に整理してみようと試みる。

 しかし、何も心辺りが無い。

 あんなにハッキリと、自分の意志かのように見た夢。
 目の前で本当に起こっているかのような臨場感が、ただの夢だとは到底思えなかった。

 どうにかして、この夢を止めたい。
 また今夜、あんなに恐ろしい夢を見るのだろうか。
 感情が入って来るというよりは、私自身から湧き上がるような感覚があった。
 その感情に支配されてしまわないだろうか。

 そうならない為にも、私は決意した。

 この夢の正体を何としても突き止めてやる。
 私を飲み込もうとしているこの悪夢と感情に暴いてみせる。

 決意の朝に不安を感じつつも、希望の欠片を求めて少女期を過ごした孤児院へと向かうのであった。

 さて、孤児院へ向かった後の話はどうなったのか。
 一言で言うと何かが起こった。

 しかし、それはまた別の話である。

END

【あとがき】
 今回の短編は、知人の「昔から夢見が悪いんだけど」というツイートからヒントを得て書かせて頂きました。
 昔からよく悪夢を見るとの事で、実際にはもっとグロい表現もあったので、本当に見た夢の方が怖いかもしれませんね。

 この作品は、あて続きを書けそうな閉め方にしました。
 本来のスリラー要素に、ミステリー要素を加えた続編を書けそうです。
 大筋と流れは決まっていますので、書いてみようかと思います。
 もし、少しでも面白いかも、と感じて頂けたら、次回も読んで下さいね♪

 それではまた、小説の世界の扉を開きに来て下さいね。

T-Akagi






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