T-Cyclone

1980年代から1990年半ばまで二輪ロードレース界の超有名プライベートチームに在籍。…

T-Cyclone

1980年代から1990年半ばまで二輪ロードレース界の超有名プライベートチームに在籍。 その中での出来事、感じたことを関わった人々たちのことも含め今だから言えることなど自分の備忘録としてまた広く深く知ってほしいとの思いで記していこうとと思います。宜しくお願いします。

最近の記事

1982DAYTONA本番レース

いよいよ日曜日の200マイルレース本番を迎えヒートレースを終えたヨシムラR&Dのメンバーもやっと手が空いて手伝ってくれるようになりましたが基本変わらず(笑) でも時間は待ってくれません。 なんとか無事にスタートの時間を迎えることができました。 クーリーは勿論第一ウェーブスタート、エンジンの調子も良く結果に期待が持てました。バンクの最上段を駆け抜け先頭集団で周回を重ねレースの半ばのガソリン給油作業にむけサポートをお願いしたクーリーのお父さん(!)と給油の段取りの確認を何回も行

    • 1982DAYTONAレース前

      デイトナスピードウェイに行っても基本一人整備!気合い入りまくり! 送り出してくれたオヤジさんのためにもがんばらねば! サーキット内の扉の無いトイレもなんのその。郷に入れば郷に従え!! ヨシムラR/Dの定宿DAYTONA近くのホリデーインでの部屋がまたしても不二雄社長と同室でエキストラベッドで寝かされてもまったく動じす状態でしたがレース前に一番緊張したのが車検でした。 画像は1987年のものですが1982年のこの年もこの検査台に乗せないとマシンをみてくれません。マシンは準ス

      • DAYTONA

        初DAYTONA! 正確には、 DAYTONA INTERNATIONAL SPEEDWAY 何からなにまでデカい!! その圧倒的スケール感にまずやられます。カルチャーショックの数々。 ピットとガレージの距離感なんて筑波の比ではありません。各チーム、レンタルゴルフカートを使って行き来します。が、マシンはもちろん手押し(笑) ピットの前はピットロードという感じではなくコースの一部というくらい広い。実際、スタートはこのピットロードから予選タイム別にグループ分けされ第一ウェー

        • ダウン?

          二日目からはフジオ社長の自宅に宿泊することになりました。 それはチノ郊外の丘陵地の南斜面にありベッドルームに射し込む朝の光がたまらなく気持ち良かったのを覚えてます。リビングの暖炉の上にはさり気なくライフル銃(本物?)が置いてあり、『おっ!さすがアメリカ。』と思ったものでした。シャワー浴びて寝るだけに帰る感じでしたがベッドで寝れるだけでも天国でした。 ジィスポーザーを知ったのもこのときが初めてで、時々台所から凄い音が聞こえるので『なんですか?』とたずねると、生ゴミをそのまま

        1982DAYTONA本番レース

          初日は徹夜。

          当時のUSヨシムラのベンチは日本のものとほぼ同じ測定幅(サイズ)のものでしたが小野測器の計器がはいりちょっとグレードは上な感じでした。ただエンジンからの出力を取るシャフトがユニバーサルジョイント式でオヤジさんはこの種類のシャフトはロスが多いと嫌い日本でオヤジさんと一緒に作った最初のベンチのシャフトは両端に硬質のゴムのダンパーが付いたものにしました。ユニバーサルジョイントの特徴はなんといってもエンジンのセットが断然楽というものでその逆にダンパータイプのシャフトはその構造上エンジ

          初日は徹夜。

          しごと編

          Instagram.com/jbsmikunitokyo/ からの続き。 その後USヨシムラからの迎えの人と無事合流できチノにあるヨシムラR&Dに直行! 挨拶もそこそこに日本から届いていた木箱を解体しマシンやらエンジンやらの荷解きにかかります。 荷物の確認もそこそこに日本から届いたGSのエンジンをダイナモにセットし出力測定。傍らには当時アメリカR&D社長の不二雄さんR&Dチーフメカの渡部さんが睨みを効かせてます(笑)。 もうこの時点でクタクタですがPOPからの司令を言葉では

          しごと編

          はじめまして

          プロフィールの文字数が140とは知らずに書き進めたプロフィール文。消すのは忍びないので最初の記事に(笑) 約6000人(当時)のH社の事業所から当時正社員二人、3番目の正社員になるべく転職したのが1980年の2月。そこから怒涛のレース人生。 巨大なファクトリーチームに勝つために果敢に挑戦する日本のチューニング界の祖ともいうべきPOP吉村が率いるそのチームに全身全霊を捧げてきました。その極小プライベートチームの中での最高の体験と共に中からみた素のPOPをも知ってもらいたいと思

          はじめまして