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母よ、あなたもなのか……(「家族」という呪い・続き)

「家族」という呪い
「家族」という呪い・続き

連続シリーズです。
前回と前々回はこちら。

母から連絡が来た。
当時【「家族」という呪い】に書いた娘に対してお気持ちヤクザを発動した姉。
母も当然ながらそのやりとりを見ていたのである。ところが、母も「娘ちゃんは気遣いがない」とのたまったのだ。

理由は「たとえ欲しいものではなくても姉ちゃんが一生懸命娘ちゃんのために選んだものを突っぱねるのは良くない。欲しくなくてもお礼を言うのは当然のことだ」と言い出したのである。

そこに娘だけでなく、私のことも一切合財考えられていなかった。私の誕生日のお祝いの会にも関わらずだ。もう私の誕生日の会忘れてますよね?そうですよね??……と悲しむ前に、私は大事な事を聞いた。

それは、誕生会の少し前に遡る。姉が娘に事前に欲しいものはないか聞いてくれと私に打診してきたので、「今娘は『○○が欲しい』って言ってたけど、姉さんからは特に気を遣わなくていいよ」と。
ちなみに、娘が欲しいと言ったものは2000円かかかっても3000円くらいの品である。それに、娘ながらプラモデルが好きで、欲しいものはプラモデルなので、その件も話すと「女の子らしくない」とくるのがわかっていたので、プレゼントなど一切のものはお断りした。にも関わらずな出来事だった。

「ちょっと、ちょっと待って!ねえ、娘に会う前に欲しいもの聞いてたよね?それなのに娘が欲しかった物でもない物を渡したのに??」

母は「そうじゃない」と言い出した。
「お姉ちゃんの『娘のために選んだものを否定したこと』に対して謝りなさい」と。
さらにこう付け加えた。
「大人だけでなく他人に気遣いできない娘ちゃんはおかしい」と。

頭がクラクラした。
年に一度顔を合わせるかどうかさえ危ういほぼ関わりのない50代のおばさん(姉)の自己満足が損なわれたという理由で10歳の子供に慮れ、って言ってるのだ。

そりゃあ、無理ゲーってもんだろ。


改めて過去の祖母や伯母や父がしてきた事を母に聞いてみた。

「お母さんはさ、私たちが子供の頃、Tおばさん(父の姉その1)やおばあちゃんやお父さんが、私たちきょうだいに『何が欲しいかリクエストを聞いて』それで全くリクエスト反映されない贈り物もらって喜ばなくて「気持ちを踏み躙られた!』って不機嫌になって母さんに当たり散らしたの憶えてない?」

母は「あれは酷い嫌がらせだったよね〜。あんたたち小学生だったのに大人の顔色伺うようになっちゃって……」としみじみあの時はみんな可哀想だったと言ったのである。

「姉さん、うちの娘に同じことしてるじゃない?」

そう言っても全く理解していないのだ。
「それとこれとは違う」と。
え?なんで???
私にとっては全く同じことなんだけど???
どんだけ???(ハテナ)をつけても足りない。

どんなに話しても、姉が祖母と伯母と父と同じことをしていると指摘しても、祖母と伯母と父のことは「酷い」と認識していても、姉のことは「お姉ちゃんがかわいそう」なのだ。

なんだろう?ダブルスタンダードなのに、母本人は記憶の回路がショートしたのではないか?というくらい「お姉ちゃんがかわいそう」を繰り返して私や娘を非難するのだ。

なんだ?私日本語喋ってるよね?母も日本語ですよね??
「わかった。これ以上話しても意味ないからこの話はもう終わり」
1時間この話を繰り返していたが、無理やり会話のループを切った。母が不満そうなのは態度にも出ていた。

思えば、母にとっては、金持ってトンズラされようが、姉の仕事を家に持ち帰りして母が肩代わりしようが、姉が宗教に傾倒してパシリをやらされたり、どんなに姉から酷い仕打ちを受けても全部「お姉ちゃんはかわいそう」「お姉ちゃんは頑張り屋」で済ませた人だった。私と約束して何か用事をする時も姉の用事をねじ込まれたら私が引き下がるようにされていた。

私も、姉を理由に約束していた用事や何かを反故にされても「ああ、お姉ちゃんだから仕方がないよね」と諦めていたし、いつの頃からか母や姉を頼らなくなっていた。
それが、我が家特に私の当たり前でもあった。ただ、母からヘルプ要請がきたら手を貸していたし、なんなら夫も助けてくれていた。
けれど、娘に関しては別だ。
しつこいようだが、50代のおばさんの不機嫌を10歳の子供に気遣えってなんでやねん。
それに対して私の返答はこれだ。

【うちの大事な娘に何してくれとんのじゃ!】


である。
その後もまだ話し足りなかったのだろう。母はそれから1週間してまた用事にかこつけて我が家にて娘の気遣いのなさに言及した。「またか……」と、うんざりしながら「その話はもう終わったんでしょ?」と聞いた。
当時子供会の役員の人間関係でしんどい時(これも近日書く)で、やらなければならないことが詰まっていた。学校関連とは別に、母からは数年前から私に母の仕事の一部を手伝うように依頼を受けており、わずかだが小遣い程度の報酬をもらっていた。その引き受けた仕事を「電話で話すより良いタイミングだから、母から引き当てけていた仕事を年内で辞めたい」と、母に伝えた。
が、言い争いの売り言葉みたいに思ったのだろう。母も不機嫌になって、
「もう今月から手伝わなくていい」
と言い出し、仕事道具もろともその日のうちに引き上げていった。

私と娘への気遣いのなさを文句言いに来たのに色々と肩透かしみたいになって余計に感情的になったのだろうと想像できた。

ただ、言いたい事を含んだまま帰った母はまだ私に言いたかったらしく、

「ねえ、へなちょこ(私)はお姉ちゃんのことで会いたくないから仕事辞めようとしてる?」

という開口一番身も蓋もない言い方にさらにうんざりした。
「仕事をただ辞めたいことになんで姉さんが出てくるの?ただしんどいって理由で辞めちゃダメなの?」

当時はパン屋を辞めて数ヶ月。
「次の就職先もきまってるの?ねぇ?」と深掘りして聞いてきたので、今は就職活動中だと言った上で「もうご飯の準備しないとダメだからこの話はまたね。電話切るね」と通話を切った。

しんどかったのは事実だし、対応に関しては私もうんざりしていたので話を切り上げたかった。
母はさらに電話口で姉のことで私や娘からの謝罪の言葉を聞きたかったようで、また「お姉ちゃんがかわいそう」が始まった。母の様子からして姉はずっと不機嫌で調子が悪いのだろう。
母は、祖母の機嫌、父の機嫌、伯母の機嫌をずっと伺ってきた。今度は姉の機嫌に左右されている。

私はずっと、大人になって実家の家族が機能不全だと感じるようになって、一人暮らしの際に心理学の講座を何度か受けて、私が鬱になった時も当時罹った先生に質問してほんのりと【父がADHDかASDで母はカサンドラ症候群罹ってる可能性が高い】そう思っていた。実際、蓋を開ければカサンドラ症候群だったのは私だった。

当時の担当先生が私的にはアタリで、その先生から
「できればきっぱり離れた方がいいけど、家族はなかなか難しいよね?無理だったらどれくらいの関わりだったらセーフでアウトか考えてみて。心と物理的な距離を少しずつ作るといいよ」と提案してくれて、その考え方で今まできた。
これは家族との関係だけでなく人間関係でも成り立っていて、しんどかった時は何度も思い出して気持ちを落ち着かせた。
とはいえ、前職のパン屋ではそれすら役に立たなかったのだけど。

現状、母と姉が無理だ。無理。距離だけでなく時間も必要。いつまでも少女みたいな感情を持っていては娘や夫を守れないしどーすんの、これ?なのだ。

私は娘の親になったのでいつまでも「母に愛されたい自分」や「実家家族に認められたい自分」ではいられない。私も【ええ歳のおばさん】なのだ。
家族ではあったけど、今は「夫の妻」で「娘の母」だ。こんな理不尽に付き合ってられるか??
んなわけないでしょ。

今大切にすべき人たちは夫と娘と猫たちなのだ。
別れて暮らす実家家族の機嫌をとる必要は無い。

母も不機嫌になったようでその後はいつもなら2週に一度は用事などで我が家にきた連絡は、数ヶ月経ってまるで音沙汰がないのである。

ちなみに、母と姉のプレゼントに対する執着と雑な扱いでこれまでにも散々だった。

姉は私が姉のお下がりを着たり持ったりする事に「かつては私(姉)のものだった」とアピールする。
中学生にもなると、私自身姉のお下がりは減り、文具や雑貨など徐々に小遣いで自分の欲しいものを買っていたら、その文具や雑貨をある時期からクレクレしてくる。

アピールが酷いものはずっと「これイイなぁ、欲しいなぁ」と言い続けるので母が「使ってないならお姉ちゃんにあげたら?」と言う。
いざ渡した途端、「気分じゃ無くなった」と雑に扱う。

一方、母はクレクレではなくヤルヤルで、家にあるもので相手が使いそうなものを与えるのだ。
これが、母自身のものなら文句もない。
ところが、母にリサーチして買ったプレゼントを「もういらないからあげる」と贈った本人に渡してくるのだ。「お母さんには趣味じゃなかった」などといらん一言を添えて。
服飾品だとたまに聞いてきて、使ってる旨を話すと喜んでくれるものの何故かいらん一言で気分が悪くなってくる。

母も姉も物に何処か固執している。
けれど、大事に扱うというよりもものをより多く持っていたい願望が強いように思う。
大事に扱うものもあれば雑なものも多い。物に溢れている。私に関わるもので大事に扱われていたことは少ない。

若い時分は母と姉の言動にこちらが気分を害して訴えても「一度手渡したプレゼントにあなたの機嫌を入れてくるな」だった。
ああ、やっぱりダブルスタンダードなんだなぁ……
こうやって書いていくとわかってくるというか……

この数ヶ月、関わりがなくなって楽になった分、過去のことを考えるようになった。
記憶が次々にたくさんの「あの時のこと」をフイッと出してくる。
私の記憶半端ないな。
それだけ気になってたんだな。

これまで、家族との関わりは進学や就職に関しては特に反対もなく過ごしていたし、就職後は自宅に給料の半分を入れていた。姉はお金を入れたことがない。もうここでも気づけよって事なんだけど、呑気すぎるわ私。

男兄弟は早々に家を出ていたので家に金を入れることが無いのは当たり前だが、姉は「給料が低い」という理由で免除されていた。後に聞いたら私よりももらっていた。なんでやねん、である。この違いは何やねん。

そんなことがあった後、私の再就職に1年近いブランクがあった時、父から援助してもらったのは驚いた。援助がほぼなく当時初めての援助。援助に差があった事に関しては文句はなかった。それが、今になって諸々のことだけでなく当時の気持ちが吹き出してきて落ち着かないのも事実。

母や姉にしていた援助は金銭ではなく、一つ一つは微々たるものだしサービスを駆使すれば母と姉でなんとかなる。
なので、もう私も姉や母とお互いに離れて良いと考えている。
「してやった」という考えはなく、ただただ、母と姉の関わりが悲しいし虚しい。




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