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おやじの裏側xii(12.おやじ、こわっ!)

この記事では
おやじの表と裏の大きな違いに
迫ってみたい。
 
これこそ息子であるオレが
信徒の方々の知らないおやじの姿を
身近に見て知った姿だ。
 
おやじはよく母親を驚かせていた。
それはドッキリではなく
奇行にさえ思えるものだ。
 
久しぶりのSG荘(「おやじの裏側」1.SG荘」)での事件だ。
学校から帰ると
母がため息をついていた。
 
何があったのかはわからない。
夕方おやじが帰宅した。
母のため息の理由が判明!
 
おやじの丸坊主姿を初めてみた。
おやじがいつものおやじではなくなっていた。
テンションが全く違っていた。
 
結局、今にしてもあの時の
おやじが何者だったのか
分からないままだ。
 
母は2,3日、気持ちが沈んでいた。
「坊主になど、ならなくてもよかったのに」
母のこの言葉しかヒントになるものはなかった。
 
1週間もすれば、家族全員に
日常が戻ってきた感じがした。
おやじの坊主頭にも
何も感じなくなっていた。
母もその頭への言及をしなくなった。
おやじだけが、まだ若干引きずっている気がした。
 
オレが中学か高校に通っていた頃、
(つまり、新しい教会堂に移転後)
ある礼拝中に事件が起きた。
 
「日曜学校教師が遅刻するなど
とんでもないことだ。
これからは日曜学校の教師はしなくてよいっ」
 
これは礼拝の説教の時だった。
信徒席は、震撼となってしまった。
 
一人の日曜学校の女性教師が
遅刻してしまったのだ。
当時のオレが所属している
教会の日曜学校は
4,50名が出席していた。
 
そこに遅れてきたその女性信徒は
礼拝中にすっくと立ち上がって
ぷんぷん腹を立てて帰ってしまった。
 
オレはおやじの叱り方にもビビっていた。
それに対して
腹を立てて音を立てるようにして
帰って行った女性信徒にもビビってしまった。
 
彼女はSG荘の時には
おやじたちと訪問した先の「家庭集会」で
時々見たことがあった人だ。
当時はもちろんオレと遊びまわっていた子供だ。
 
礼拝が終わって
信徒が帰った後、
オレたち家族はきまずかった。

おやじが怒ると、
家庭内が静かになる。
おとなしくなる。
いつもと変わらないのは
母くらいなものだ。
 
オレはその後の
おやじの裏の顔を見て
尊敬する気持ちが強まった。
 
後になってみれば、オレの教師人生の見本を見た思いだったからだ。
 
礼拝が終わって、信徒が帰ってしまうと
昼食を家族一緒にする。
いつもと違って、静かな昼食タイムとなった。
 
夜だったか、たまたまオレはおやじと二人っきりの時間があった。
オレは、これはまずいと思った。
おやじから逃げ出したくなった。
 
「××さん、来週の礼拝に来るかなぁ」
 
この独り言のような言葉に
オレはビックリした。
明らかに心配していたのだ。
 
その一週間、オレは同じ「ひとり言」を
もう一度耳にする。

今度は明らかに
オレに話しかけてきた。
オレは返事に困るだけだ。
知るわけがない。
 
日曜日が近づく。
オレの家では、
金曜日からは家じゅうがピリピリする。
それが毎週続く。
土曜日ともなれば、ピリピリがピークに達する。
 
食前の祈りでは、おやじは女性の日曜学校教師のために祈る。
やはり気にしていたのだ。
きっと3畳ほどの狭い勉強部屋でも
一人でその教師のためにお祈りを続けていたのだ。
 
そして、ついに日曜日の朝となった。
オレもさすがに気になっていた。
 
日曜学校は朝9時からだ。

問題の女性信徒は
その時間よりもかなり早くやってきた。

オレはほっとした。

この1週間の心配の事柄が
良い方向で解決に向かった。
 
オレは、おやじが何もなかったかのように
その女性信徒に声をかけるのを見た。
オレの心は、そのおやじの姿に感動した。
おやじのわだかまりなさげな声掛けに
その女性信徒も、普通に機嫌よく応えていたのだ。

そういう現場を
オレは子供時代に山ほど見てきた。
怖いオヤジだったが、
すごいおやじでもあった
 
礼拝が終わって、
家族の昼食の時間に
おやじがどんな気持ちだったのかを知りたかった。
 
「××さん、今日、来たなぁ!」
 
おやじは相当嬉しそうに話してくれた。
やはり、随分心配していたのだ。
 
オレはおやじが一人の時に
その女性信徒のために
神に祈っていたに違いないと感じることができた。
 
それこそが、オレがおやじから学んだことだ。
そこにはお互いに許しあう心が生じていたのだ。
 
オレは生徒たちには厳しい教師として知られていた。
厳しくしかれば叱るほど、
オレは帰宅してから
その生徒のために祈りをささげた。

必死で、家族に分からないように祈った。

おやじの姿を舞台裏である
家族の中で見ていたからだ。
 
オレが家で、
叱った生徒のために祈っていたなどは、
家族ですら知らない。
知るわけがない。
学校で起こったことなど話したことがないからだ。
 
オレは叱った生徒に話しかけるのが得意だ。
その日のうちに
廊下をうろつくのだ。
その生徒の教室の近くに
さも他の生徒に用事があるかのように
うろつく。
 
うまく出会うチャンスがあれば、
すぐさま雑談を仕掛ける。
叱られた生徒は
オレの勢いに気おされるのだ。
そしてすぐ元の関係に戻る。
 
そうはいかない場合も
ないわけではない。
そんな時には
祈りが解決の糸口になる。
 
オレはクラスの生徒で
こっぴどく叱ったことがあった。
その生徒は
廊下で出会っても
次の日に話しかけても、
無視を決め込んでいた。
 
その場面が2学期の最初の頃なのに
3学期も終わろうとしていた。
 
ある日、放課後、
オレがいつものように話しかけると
彼女はオレに話しかけてきた。
 
「先生、わたし、あの時・・・」
 
「・・・」

オレは黙ってその続きの言葉を待った。
教室には彼女しかいなかった。
 
「あの時、わたし、先生に見放されたと
思ってしまったんですよ」
 
「そこまで追い詰めてしまってたんだね。
ごめんなさいね」
 
「先生、謝らないでください」
 
その生徒の顔は柔らかになっていた。
オレが叱る前から、
彼女の険しい顔しか見せてもらっていない。
 
「わたし、自分が悪かったって
分かっていたんです。でも・・・」
 
「でも・・・先生に見放されたって思うと、
先生と話す自信がなかったんです。」
 
「でも・・・先生は、隙あらばという感じで
わたしに話しかけてきた。」
 
「わたし、本当はいつかは先生の言葉に
返事がしたかったんです」
 
こうしてオレは彼女と
気持ちよく話せる関係に戻ることができたのだ。
 
オレはどれだけ彼女のことで祈ったかわからない。
祈りは積み重ねられたが、
その祈りは聴かれそうになかった。
でも、積み重ねられた量だけ
彼女の心にオレの入る隙間が増えていたのだ。
 
こういう時、教会では
祈りが聴かれた、と表現する。
オレはそれよりも神に感謝する気持ちになる。


 

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