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旅先の一歩も、幸せな気持ちになれる方へ

旅もまた、あらゆる「選択」の連続だと思う。

どこへ旅に出よう……? という選択から始まって、いつ行こう……? 交通手段はどうしよう……? ホテルはどこに泊まろう……? と計画の段階から、いろんな選択をすることになる。

さらに実際に旅へ出れば、今日はどこを見て回ろう……? と考え、街を歩きながら、どっちの道を歩こう……? と迷い、道がわからないときは、どの人に道を訊ねよう……? などと無意識のうちに小さな選択を繰り返していく。

そうした旅の選択は、思いがけず幸運な出会いにつながることもあれば、ちょっと後悔してしまうような失敗につながることもある。

旅人は、様々な局面で、いくつもの「選択」をしながら、旅を続けていくのだ。

そんな旅人のひとりである僕にとって、旅の選択でいつも迷うのは、夕ご飯をどこで食べよう……? という「選択」かもしれない。

ひとり旅の夜、街を彷徨い歩きながら、夕食を食べる店の「選択」に戸惑ってしまうことが、実によくあるのだ。

この夏、福岡をひとり旅したときのことだ。

ある夜、夕ご飯をどこで食べようか考えて、有名な中洲の屋台街に行ってみようと思った。

福岡といえば、なんといっても夜の屋台だ。せっかく福岡まで来たんだし、屋台で過ごす夜を体験してみるのも面白いかもしれない、と思ったのだ。

ところが、ホテルからしばらく歩いて中洲の屋台街に着くと、僕はちょっと困惑してしまった。

那珂川の河畔に沿って、灯りをつけた小さな屋台が、何台も軒を連ねている。

ラーメンや焼き鳥、おでん……、どの屋台もお客さんでいっぱいで、美味しそうな匂いとともに、楽しそうな笑い声やざわめきが外にまで届いてくる。

たまたま隣の席になったお客さん同士が意気投合したらしく、お互いに軽く自己紹介をしてから何か語り合いを始める人たちもいる。

見知らぬ人との触れ合いが減った時代なのに、その中洲の屋台街は、人と人との距離が近く、いまも温かい出会いや交流で溢れた、魅力的な空間のようだった。

ところが、だ。

その中洲の屋台街の光景を見て、僕は思ってしまった。

これは僕には入れない、と。

もちろん、ひとりであろうが、初めてであろうが、入ろうと思えば入れる。実際、ひとりで入って楽しそうに過ごしているお客さんの姿もある。

でも、やっぱり入りづらい……と僕は思った。

狭い空間でたくさんの人が食べたり呑んだりしているようなお店が、僕は元々苦手だった。知らない人と肩を寄せ合いながら食事するのが、どうしても落ち着かないのだ。

そのとき、僕はまさに、ひとつの「旅の選択」に迷うことになった。

勇気を出して屋台に入るか、それとも屋台に入るのを諦めるか……?

福岡まで旅行に来たのに、夜の屋台を体験しないのは少しもったいない気もする。それに、思い切って入ってしまえば、意外となんてことはないのかもしれない。

でも……。

しばらく迷った末、僕は屋台に背を向けて、夜の街へ向かって歩き始めた。

「屋台に入るのを諦める」という選択をしたのだ。

そして、僕はスマホを取り出すと、ひとりでも気軽に入れるようなお店を検索した。

すると、天神の方に、いかにもひとりで過ごしやすそうな中華料理のお店が見つかった。福岡を中心にしたチェーン店ではあるけれど、福岡名物の一口餃子も食べられるらしく、なかなか美味しそうだ。

ネオン瞬く街中をしばらく歩いて、天神の街角にある、その中華料理屋さんに入った。

それほど混雑してなくて、カウンター席でひとり、のんびり過ごすことができる。さすがにチェーン店らしく、店員さんもさっぱりしていて、放っておいてくれるのが心地良い。

冷たいビールを片手に、美味しい炒飯と一口餃子を食べながら、僕はひとり旅の幸せに浸っていた。

そして、思った。

こういう「選択」ができるようになって、いや、こんな「選択」を自分に素直に許せるようになって、良かったのかもしれないな、と。

たぶん、もう少し若い頃の自分だったら、あの中洲の屋台街で、勇気を出して屋台に入ることこそ、素晴らしい「選択」なんだと考えたことだろう。

ここで一歩を踏み出すことで、初めて出会える世界がある。面白い人との出会いに恵まれるかもしれないし、忘れられない時間を過ごせるかもしれない。だから、無難な方へ逃げるのではなく、思い切って一歩を踏み出すべきなんだ、と。

でも、いまの僕は、そうは思わない。

少なくとも、自分の心に無理をしてまで、一歩を踏み出さなくてもいい、と思う。

大切なのは、勇気を出して一歩を踏み出すことよりも、自分の心が幸せな気持ちになれる方へ、気軽に一歩を踏み出すことなんだと、そう思うからだ。

確かに、あのとき思い切って屋台へ入っていたら、そこで出会える何かはあったかもしれない。

だけど、こうしてふらっと中華料理屋に入っても、やっぱりそこで出会える何かはあると思うのだ。

いま、冷えたビールを呑みながら、一口サイズの餃子を頬張っている。そこに幸せを感じられるなら、それだけで十分だし、それ以上のものなんてない。

素直に心が動く方を選ぶこと……、いまの僕にとって、それが「旅の選択」の基準になっている。

だから人生も……なんて、拡大して語るほどのことではない。

ただ、「生きる」という意味においても、何かの選択をするとき、僕は最近こんなふうに考える。

自分が本当にやりたいことはどれだろう……? 幸せな気持ちになれそうなのはどっちだろう……? と。

もちろん、ときに思い切った挑戦をすることもあるだろうし、あるいは逆に、ちょっとでも楽な方へと歩いていくこともあるだろう。

どっちにしても、自分の素直な心にただ従って、そこに確かな幸せを感じられれば、それでいい。

そんなふうに思えるようになったのも、もしかしたら、日本や世界を旅しながら、いろんな夜の街で、小さな「選択」をしてきたからかもしれないのだ。

旅の素晴らしさを、これからも伝えていきたいと思っています。記事のシェアや、フォローもお待ちしております。スキを頂けるだけでも嬉しいです!