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お父ちゃん③

僕が生まれたのか゛昭和53年で、その頃、父の年齢は24才くらいだろうか。

1.<ミニカータイヤ飲み込み事件>

仕事は大工、身長155㎝程で小柄ながら筋肉質、酒を飲んでは暴れ酔狂癖のある父。

大工という職業のせいか元々あった性格か、あるところでは凄く几帳面で神経質な部分があった。

例えば酔っ払うと、家が散らかっているのが気になり出すのか我慢できなくなるのか、夜の8時9時でも片付けが出来ていない母に当てつける様に掃除機を掛け出し、散々掃除して、それが終わるとイビキをかいて半目を開けて爆睡しているという事もあった。

因みに、これは余談だがそのたまに来る父の”掃除上戸”の時は、僕も緊張が走った。

家は、ひいじいちゃんからの家を引き継ぎとても小さくて古い、ボロボロの家だったのだが、そのボロい家特有かどうかは分からないが畳と畳の間に隙間があり、それを無くす為にそこにクッションフロア(シート状の床材)を丸めてて詰め込んであった。

その丸め込んだ中に、僕のお年玉や少し貰ってるお小遣いを隠していたのだが、その掃除上戸になった時にそれが見付かり、そのままビール代にされる時があったからだ。

そういうエピソードを見れば、最低の親だと思うかもしれないが、僕がまだ赤ちゃんの頃(おむつでオマルくらいの年齢)に、どうやらミニカーのタイヤを飲み込んだというのを母が気付き、それを隠して黙っていても、どのみち父に怒られるので直ぐさま報告すると。。

ここで突然クイズですが、皆様ならどうすると思いますか?そして父はどうしたと思いますか?

正解は、

おむつや、オマル。赤ちゃんだった僕がウンチをする毎に、それを母に調べさせ、小さい小さいミニカーのタイヤを探させた

でした笑。

結局、考古学の博士か、はたまた、「トレインスポッティング」の座薬を便器に落としたシーンの ユアン・マクレガー の如く、執念でその小さなミニカーのタイヤを見付け出し、

捕ったどーーー!!!

と母がピンセットでそのタイヤを摘まみ、高々と掲げ歓喜したかどうかは分かりませんが、そんな本当に子供の事を思ってるのかどうなのか分からない父のエピソードでした。

母も自分の息子のウンチとはいえ、素手ではないにしろウンチが出る毎にピンセットかなにかで掻き分ける、そんな経験をするとは思ってもいなかっただろう笑

感謝

明日は、野球観戦の日だ。

父とサシで行動する事なんか生まれて初めてだ。

野球観戦までに、このエピソード記録の完了は間に合わなかったけど、折角だから続けて書いていこう。

~その④に続く。。。

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