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シリコンバレー流経営・投資術とは 「スタートアップW杯2023」トークイベントから

米サンフランシスコで12月1日に開催された世界最大級のピッチコンテスト「スタートアップワールドカップ(W杯)2023」決勝大会では、ピッチの合間にシリコンバレーの名だたる投資家や経営者、起業家によるトークイベントも開催された。今後の自社の取り組みや新興企業へのアドバイスを率直に語り、世界中から集まった起業家ら約3000人の聴衆を魅了した。

AIビッグバン予見しOpenAIに投資 -ビノッド・コースラ氏

「2018年にサム(米オープン AI OpenAIのサム・アルトマン Sam Altman CEO)が電話をくれた時に直感した。素晴らしいチームだし、今こそビッグバン(宇宙が生まれた大爆発)に投資する時がきたと。AI市場が今のように急拡大するとは当時誰も信じていなかったが、我々は投資額が2倍になると踏んでそれまでで最大の5000万ドルを投じた」

サン・マイクロシステムズ共同創業者のビノッド・コースラ氏

こう語るのはコースラ・ベンチャーズ(Khosla Ventures)創業者のビノッド・コースラ氏(Vinod Khosla)。UNIXワークステーションで一時代を築いた旧サン・マイクロシステムズ(Sun Microsystems、2010年に米オラクルが吸収合併)の共同創業者であり、高い洞察力を備えたシリコンバレーのベンチャーキャピタリスト(VC)としてその名が高い。実は対話型生成人工知能(AI)「ChatGPT」で大注目されるオープンAIの初期投資家の一人でもある。

コースラ氏は似た例として、1996年創業のジュニパーネットワークスへの投資を挙げる。同社はいち早く公衆インターネット用のルーター開発に乗り出すが、米国の主要VCや企業も投資をためらっていた。それでもインターネットの普及を考えれば「ルーターの需要が指数関数的に上昇する前の“膝”の部分にあると私は確信していた。実際、投資リターンは2500倍の70億ドルにもなった」と明かし、2018年のオープンAIへの投資の際も「急上昇カーブの直前にある」と感じたという。

同氏は11月17日のオープンAI理事会によるアルトマンCEO解任劇(その後復帰)には触れなかったが、米テクノロジーメディア「ジ・インフォーメーション(The Information)」によれば、先見の明のあるコースラ氏でさえ今回の事態を全く予見できず、解任後も蚊帳の外に置かれたままだったとされる。

サンフランシスコ・ミッション地区にあるOpenAI本社と思われる建物

そのThe Informationのシニアエディター、スコット・サーム氏(Scott Thurm)はスタートアップW杯のパネル討論でこう述べた。「オープンAIは非営利団体として設立され、その後営利団体に変貌しようとした。今回の(騒動の)最大の教訓は、初めに組織を作る際、シンプルで自分たちにとって効果的と思われる構造にしておくことだと思う」

自動運転レベル4達成 ライセンスを強化 -Waymoのマワカナ共同CEO

モビリティー分野の企業幹部の登壇も相次いだ。

まずグーグル系自動運転開発会社ウェイモ(Waymo)のテケドラ・マワカナ共同CEO(Tekedra Mawakana)。もともと弁護士で、規制の専門家として2017年に同社に加わった。「家族を交通事故で亡くしており、自動運転技術を通して道路安全の問題に取り組む会社で働くのは良い機会と考えた」と振り返る。

ウェイモのテケドラ・マワカナ共同CEO

10月にはライバルとなるゼネラル・モーターズ(GM)子会社クルーズ(Cruise)が運行する無人の自動運転タクシーが、サンフランシスコ市内で他の車にはねられた歩行者を約6メートル引きずって走る事故が発生。これを受けカリフォルニア州当局はクルーズの営業許可を停止。ソフトウエアの不具合も明らかになり、GMの自動運転戦略に暗雲が立ち込める事態となっている。

マワカナ氏も「(過去に勤務した)AOL、Yahoo!といったIT企業はスケール(規模拡大)するのが容易だが、ウェイモは規制にも対応しながらスケールさせなければならない」と事業の難しさを認める。それでもサンフランシスコとアリゾナ州フェニックスの公道で24時間365日、一般向けに無人の自動運転タクシーサービスを提供しつつ、「我々は5段階ある自動運転基準のレベル4を達成した唯一の会社だ」と技術の先進性を強調した。

技術だけでなく、市場参入に向けては「大量のフィードバックを得ながら、本当の意味でコミュニティーと共創することを重視した」とする。さらに「我々は車を作らない。我々が得意なソフト開発に集中する」として、ジャガーの電気自動車(EV)「I-PACE(アイペース)」ベースの現行車に加え、ボルボとロータスを傘下に持つ中国・吉利汽車(ジーリー)とも新EVブランド「Zeekr(ジーカー)」の自動運転化でパートナーを組む。

サンフランシスコ市内を無人で走るウェイモの自動運転タクシー

「車メーカーに限らず、ウェイモ・ドライバー(Waymo Driver)という自動運転機能のライセンス事業に力を注ぐ」ともいう。その理由は速くスケールするため。「スタートアップ創業者はよく知っていると思うが、スケールの規模が小さいうちはコストが高い。だからこそライセンス拡大によるコストダウンに全力で取り組む」

一方で、ウェイモは配車サービス大手のウーバー(Uber)と連携し、ウーバーの配車アプリからウェイモの自動運転タクシーを呼び出せるサービスを10月末にフェニックスで始めた。ライドシェア首位のウーバーのプラットフォームを使うことで自動運転タクシーの利用拡大が期待できるためだ。

継続成長へユーザー体験を向上 -ウーバーのジェインCPO

ウーバーのサンディープ・ジェインCPO

そのウーバーのサンディープ・ジェイン(Sundeep Jain)最高製品責任者(CPO)はウェイモとの連携について「10年後のモビリティーを考えると自動運転・シェアリング・電動化ということになる。我々はそこに向かって着実に歩みを進めている」とコメント。次は1台の車への複数客の相乗り機能についてサービス立ち上げを継続していくという。

そこでジェイン氏が何より重視するのはユーザー体験(UX)。ウーバーが展開する配車と料理宅配の総予約額は実に年間1500億ドルにも上るという。「これほどの規模にあって高い成長をし続けるのは非常に難しい。だが我々は年20%以上の成長を目指す。そこで大規模かつ多様なユーザーベースに対して行うべき最も重要なことはUXを向上し続けることだ」と断言する。

「ミッション主導」で不可能を可能に -テスラのエーレンプレイス取締役

テスラ(Tesla)取締役でもある投資会社DBLパートナーズのマネージングパートナー、アイラ・エーレンプレイス氏(Ira Ehrenpreis)によれば、「私がテスラに関わり始めた頃の社員は50人ほど。ほとんどの人が成功するなんて思ってもいなかった」。そんなチームの中核にあったのが「ミッション主導」の考え。厳しい時でも社員たちが実現不可能とさえ思われるミッションの達成に向け、粘り強く朝早くから夜中まで取り組み、それに引き寄せられるように「大きな志を持った優秀な人材が自動車産業から移ってきた」という。

ちなみにDBLは「ダブル・ボトムライン」を表す。つまり金銭的および環境・社会的な利益という2種類の純利益(ボトムライン)を妥協することなく、同時に達成することの意義が社名に込められている。その実例がテスラでありDBLの投資先であるスペースXだというのだ。

テスラのアイラ・エーレンプレイス取締役

その上で、同氏は「企業は成長するにつれ、よりリスクの低いアプローチに後退しがち。企業規模が拡大しても起業家的なリスク志向の考え方を持ち続ける文化を最初から根付かせることだ」と助言する。

前出のコースラ氏もスペースXやウーバー、エアビーアンドビー(Airbnb)の名を挙げ、「大きなイノベーションは研究機関や大企業、政府のプログラムからは生まれない。はっきり言えば社会の運命は起業家の手の中にある」として起業家の奮闘に期待する。

さらに「自分自身をVCと呼んだことはなく、起業家の会社作りを手伝う『ベンチャーアシスタント』と言っている。だから起業家と話すのが大好きだし、私宛にきたメールには全て返事をしている」と明かし、会場にいる起業家からの相談を歓迎した。こうしたサポートによってシリコンバレーで次のイノベーションが生み出されていくのだろう。

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ウクライナとロシア出身者で起業  -スマートホームのAYDO

AYDOのオレクサンドル・マルキンCEO(右)とロマン・ネクラソフCOO

今回のスタートアップW杯でちょっと意外な会社に出会った。アラブ首長国連邦(UAE)予選から勝ち上がったAYDO(アイド)だ。実は2人の共同創業者のうちオレクサンドル・マルキン(Oleksandr Markin)CEOがウクライナ・キーウ出身、ロマン・ネクラソフ(Roman Nekrasov)最高執行責任者(COO)はロシア・モスクワ出身という組み合わせ。

同社は今年春に設立されたばかり。IoT(モノのインターネット)とブロックチェーンなどウェブ3の技術をベースに、スマートホーム分野での事業を計画する。例えば異なったメーカーの家庭用機器を一つのアプリで管理するだけでなく、利用データについてユーザーが所有権と収益化をコントロールできるようになるという。データは匿名化して販売されAYDOの収益になると同時に、ユーザーもトークンで収入が得られる仕組み。飛行機を使ったことなどで生じたカーボンフットプリントの相殺にも使えるという。

マルキン氏によれば、AYDOの前はロシア系のソフト開発会社の幹部だったが、「(ロシアのウクライナ侵攻という)政治状況もあってその会社では働きたくなり…」。そこで前の会社で意気投合したITエンジニアのネクラソフ氏と新会社を立ち上げた。他のメンバーは「英国やキプロス、ジョージアなどにいてフルリモートで働いている」という。

一方で、出身国によってその人が判断されることを批判する。「世界が分断される中でWeb3といった技術によって人々が団結するのは意味があることだと思う。何か変化を起こそうとするのがスタートアップの文化。重要なのはどこ出身なのかではなく、どんな人間であるかということだ」

会場の投資家に向けてピッチするマルキンCEO

スタートアップW杯では残念ながら決勝10社には残れなかったものの、「パートナー探しの意味では順調。二酸化炭素(CO2)オフセットを手がける複数の会社が一緒に事業をしたいと声をかけてきた」とマルキン氏。現在シードラウンドの資金調達段階だが、投資家を見つけクローズすれば本社を米国に設ける考えでいる。

(写真はいずれも筆者撮影)¶

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