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志乃ちゃんは自分の名前が言えない

あらすじやネタバレや感想は、三角締めさんが最高にわかりやすいのでそこを観てもらうのが本当にベスト。

セッション22というラジオ番組を聴いていたら、
この映画にからめて、吃音症についての特集をやっていて。そこで興味を持って原作漫画を買って、映画を観たのでした。

主演の二人は本当にすばらしくて、
とくに志乃ちゃんが泣きながら訴えるシーンは、
次の新垣結衣とまで言われる女優なのに鼻水垂らしながらの演技なんかもあって、真に迫ってました。

公園の清掃おじさんなんかもセリフはないのになんか愛情を感じる。

もちろん、不満がないでは無くて。
全体的に煌き感のある撮影の仕方とかが続くのは、青春ぽいきらめきや揺らぎだったりいろいろ意図はあるにせよ、ちょっと邪魔に感じる時もあったし。
路上コンサートから逃げ出す志乃を追いかけるシーンでカメラが揺らぐのとかは、蛇足に感じたり。

何より最期の演説シーン。(知ってる人にしか伝わらないネタバレなので是非三角絞めさんを読んで)
漫画にはあった、菊池と加代への感謝の言葉がなかったのは残念だった。
そして、その後の三人の流れとか。
菊池と加代は全力でぶつかって、志乃もきちんと前進できたのだからその三人のリレーションはもう少し愛情あっても良かったんじゃないかと。(漫画では三人が笑ってる写真がちらっと映ったり)
菊池も加代も同様に悩みを抱えてるわけだしさ、
彼らに救いシーンがないというのは結構わびしいものでした。

とか言いつつも、この映画がとにかく好きです。
何が良いって、

無意識の差別みたいなものをみんな抱えているし、それを自覚すべき

ってことを再認識させてくれるから。

志乃は、加代が音痴なことを気付かないうちに馬鹿にしてしまったり
菊池くんは、志乃がうまく話せないのに普通に歌えることを自覚なしに変なことと思っている、
そういう優位な部分から見ているとどうしても外せないフィルターみたいなものをきちんと描いてくれている。残酷なフィルターだけど必ず誰しも持っているもの。
その存在を自覚しているかいないかは本当に重要なことだと僕は思っています。

例えば、僕は自分のことをバイセクシャルだろうと認識しています。
そういう話を近しい知人の前では話すことがあるのですがそういうときに返ってくるレスポンスは総じて無自覚の差別を感じます。
そういう時思わず、「お前は映画ドリームのビビアンみたいな野郎だ!」とも思います。

分かりづらい例えだらけですが、
とにかく凡庸な悪や、無自覚の差別みたいな誰しもが持つものをきちんと自覚させてくれてしかもそれが青春映画として綺麗だというのはとても素晴らしいです。

この夏是非観て欲しい作品の一つになりました。

#映画
#コラム
#エッセイ
#志乃ちゃんは自分の名前が言えない

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