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産地のこと。有田町内山地区にて小石原を思い返す。

ひさびさに有田に行くことになった。
春の陶器市以来なのでひさびさ感はない。

この旅で行ってみたかったもうひとつの場所があった。
小石原

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10年近く前の会社員時代、雑貨ブランドの商品開発をしていた際、長崎県の波佐見に来たことがあった。
当時、その店で売る商品の仕入れや、OEM商品の開発のためにいろいろ産地を周った。
その時に、波佐見中尾山の一真窯さんで初めて生で作陶風景をみせてもらう。いろいろな技法がある中、その時初めて知ったのが、「飛び鉋」と呼ばれるものだった。

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あ、焼き物入門という本に載っていた、点々で渦巻きのアレだ!
この技法は小石原焼、小鹿田焼で生まれたことも教えてもらう。
バーナードリーチや柳宗悦も惚れ込んだ焼き物の里に、いつか行ってみたいなぁと思うようになって、、、しばらく経つ。

先月末に東京ミッドタウンのTHE COVER NIPPON で小石原焼・高取焼の方々とお話しする機会があった。
窯元の方々や村の事業として動かれている方とのお話を通じ、遊びに行きます!とお話しをさせてもらった。

さて、6:30羽田発の福岡空港行きに乗り、西鉄バス日田行き、把木下車。
車で数件の窯を巡ってもらった。

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森山寛山窯で、作りたいもののお話しをしたら、
やってみますか、と、ろくろを回し鉋をかけてもらう。
土物と磁器ものの致命的な違いが頭になかった勉強不足の僕のアイディアにも、すぐに手を動かしてくれるフットワークに軽さ。やっていく中で、これ面白いかもしれませんね、と思ってもいない発見と作り方に気づく。そのうちどこかで伝えられたら。

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ヤママル窯、熊野芳雄窯、森喜窯、、、そして
皿山地区にたどり着く。
これまた勉強不足で最近まで知らなかった、、高取焼。江戸時代初期の茶人、小堀遠州の好みの茶器を焼いた七つの窯、「遠州七窯」のひとつとして茶道具を製作している。高取八仙窯さんへ連れてってもらった。

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ガラガラっと茅葺きの店の戸を開けても誰もおらず、器たちだけが僕らを迎えてくれる。裏の丘の上の作業場へ。
焼き物の産地ではわりと日常風景だ。

そこでも偶然の出会い。先日の東京ドームのテーブルウェアフェスティバルでゆっくりお話しさせてもらった、女将さんとまさかの出会い。子供に焼き物の食器を使ってもらうことについて、ドームの下、熱く語ってから一週間も経っていなかった。

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13代高取さんが黙々とろくろを回し続ける中、作業場の中で気になるものを丁寧に丁寧に教えてもらう。

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別件のお打ち合わせ真っ只中だったのに、下の店で茶道具についてお話ししてくださった。

中でも糸切りのお話はとても興味深い。右回りのろくろの回転に合わせ、土から器を切り離すときにできる模様。いや、”つくる”模様。唐物の茶入にはなくてはならない用法だと。
お薄をご馳走になり、お話好きな奥さまの会話も弾む。

「器が呼んでいる。」

の言葉が印象的だった。

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そういえばもうひとつ、産地の成り立ちと違いについて大きな気づきがあった。

小石原の窯元は分業ではない。基本、土は小石原のものを使い、釉薬の開発、生地や絵付け、ほとんどの工程を窯自体で行う。ほとんどの窯が店舗を持ち産地で売る。規模は全く異なる有田では陶土屋さん型屋さん生地屋さんに、釉薬屋さん、絵付けも作家が施すこともある。
裏を返せば、見学に来た人に工程を見せられないということ。その時そのときにやっている作業は見れるが、工程はみることができない。
一貫して窯内で仕上げているこの小石原の面白い特有の魅力であると思った。

急遽有田へ向かう旅に小石原もいけるかしら、、、という思いつきだった。
「寄る距離じゃないですよ笑」と笑われつつも、急なお願いに快く案内いただいた後藤さんには本当に感謝しています。

ありがとうございました。

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