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中国企業の経営に学ぶDXの真髄

DXとは何か

そもそもDXとは何かということですが、結局は現在のIT技術の進歩やグローバル化したマクロ環境の変化に対応するということでしょう。変化に対応して利益が出せれば必ずしも「デジタル」である必要はありませんが、今の時代にデジタルを活用せず競争優位を築くのは困難でしょう。現在のマクロ環境の変化に対応するためには、自然とデジタルを企業戦略に組み込むことが必要となってきます。

過去の日本におけるマクロ環境の変化について見てみると、1960年代は安保抗争や学生運動、四日市ぜんそくや水俣病等の公害問題、また人口爆発問題による人口抑制政策、移民政策などがありました。1970年代にはニクソンショックや1ドル=360円の固定相場制の崩壊、第一次石油危機をきっかけにした物価上昇などがあり、1980年代から1990年代にかけてプラザ合意などを経てグローバル化が進んできました。2022年現在は「悪い円安」などと言われていますが、昔ならマクロ環境が"良かった"のかというと、いつの時代も「変化」がある度に不況だ、環境が悪いと騒がれていました。そう考えるとマクロ環境は常に変化しており、企業をそれに合わせて常に変化していく必要があり、それはいつの時代でも困難なものなのでしょう。

21世紀初頭に突入した頃に始まったソサエティー4.0、つまり情報社会になって以降ではマクロ環境の変化が加速しています。集団脳という考え方がありますが、インターネットにより世界中の人が繋がり、知識の普及・継承・発展が加速したことによって新しいアイディアが生み出される速度が加速したからだと考えられています。3Dプリンターの技術進歩などが特徴的な例かと思います。今ではこのようなインターネットであったり、さらにはAWSやAzure等のパブリッククラウドのような情報基盤は誰でも使えるインフラとなってきています。これらが誰でも簡単に使えるようになった今、グローバルの様々な競合他社が最新技術を有効活用してビジネスをしていることを考慮する必要があります。つまりDXとは何かというと、これらの情報基盤の普及というマクロ環境の変化への対応過程のことと言えるでしょう。

DXは必要か?

米国企業等はこのマクロ環境の変化を早々に把握し変革してきています。IBMのCEOに就任したガースナーは1995年の時点で「ネットを中心としたコンピューティングの時代が来る」と宣言し、これまでのハードウェアの販売・運用からサービス主体に事業構造へ変革しました。また近年のITに関するマクロ環境の変化として注目すべきは、先程も上げたパブリッククラウドとAIやセンシング技術の進歩により可能になったデータ活用があります。同時に脱炭素(グリーントランスフォーメーション)やSDGs、ESGといった社会問題等もまたマクロ環境の変化であり、各企業としてはどうしようもできず対応していくしかありません。さらにもう少し先まで目を向けると、宇宙関連ビジネスや量子コンピュータなどへの対応などもでてきます。

こういった状況の中で誰でも利用可能な情報基盤を有効活用できないのは、例えるのであれば物流企業で関東から関西へものを運ぶのに、高速道路というインフラを使わずに鉄道や船、下道を使って運んでいるようなものでしょう。海外勢や若い企業は高速道路の使い方を知っていてものすごい速さで物を運んでいるのに、変革できない企業は下道を使い続けている。そこへさらにUberやAirBnBのような"高速道路"を巧みに使いこなす企業がでてきて下道を使っている企業は衰退していく。ITは高速道路と違って目に見えづらいところがありますが、見えにくいからと言って見なくていいわけではありません。

一方で注意しなければならないのは、ITの活用は手段であって目的ではないということです。パブリッククラウドやAIの「特性」をどう活用したら自社のビジネスを伸ばしていけるのか。企業理念に沿った価値創出をITによりどうやって加速できるのかが重要になるはずです。運ぶものによっては高速道路ではなく鉄道や船が適しているものもあります。盲目的に"皆と同じDX"をやってしまうと自滅することもあります。サブスクビジネスで失敗している会社などがそうでしょう。自分に適した"交通手段"は何かを考える必要があります。

中国企業に学ぶDX

DXを学ぶため、中国の経営者の取り組みを見てみたいと思います。今、日本が明治維新後に西側諸国から技術や制度を学習して取り込んでいたように、中国は建国後何もないところから企業を作りあげています。日本に例えると渋沢栄一を筆頭にゼロから国を作り上げた人たちがいた時代に、インターネットがありグローバル化していたと考えるととても刺激的な環境と想像できます。

「チャイナ・ウェイ」では、中国経営者の特徴を以下のように述べています。

西側の経営者が目先の株主価値の創出を重視するのに対し、中国の経営者は長期的な株主価値を重視することに気づいた。また、西側の経営者が権限移譲と組織力で実行力を上げるのに対し、中国の経営者は権威と説得によって実行力を上げている。西側の経営者が生産性と効率を強調するのに対し、中国の経営者は反省と学習を強調している。

チャイナ・ウェイ - 中国ビジネスリーダーの経営スタイル

1点目と2点目は、典型的でないにしても企業によっては西側諸国でも見られる形です。Amazonは長期的な株主価値を重視していますし、経営者の権威と説得による実行力ついては創業経営者が多い中国では自然なことと思われます。この中で中国で特徴的なのは3点目の反省と学習でしょう。この特徴が形成された背景としては中国のマクロ環境が関係していると思われます。中国の起業家たちが置かれた環境は、政治的リスクとグローバル化、デジタル化の影響を同時に受け、極度に先を見通すことができない環境でした。その中で変化への対応のため、西側諸国からの知識の吸収そして中国へのローカライズや実践での経験と学習を行ってきました。生き残るためにアジリティが何よりも重要だったと考えられます。政治的リスクがどのぐらい大きかったかというと、今日までは政府が推進していたビジネスが、利益を上げ過ぎている企業がでてきたら次の日には違法となり経営者が逮捕されることもあったようです。

この「学習」により自らを変革していくということが、まさに今皆がやろうとしている"DX"と呼んでいるものの真髄でしょう。"DX"という皆が使える off the shelf のソリューションは無く、学習して変化に対応することがDXの根本です。バンケ創業者の王石は、最初トウモロコシ取引の仲介から始まり、現在は不動産業になっています。またそれと同時に組織体制の再構築も行っています。自身で作り上げたものなので、今ある事業や組織を完璧なものではないと考え改革を続けることができるのでしょう。日本でも今あるものを正解と思わず、視点を変えて企業のビジネスや組織がどうあるべきかは常に自問していくべきです。中国では日本や西側諸国のように既存の大企業やMBAなどもなかったため何が「正解」かという既成概念がありませんでした。中国経営者の強みは、現場での経験から自ら学習続け良いと思ったものをアジリティを持って実践してきたところにあるのです。西側諸国が中国でのビジネスが難しい背景には、中国企業が政府に守られているという事だけでなく、中国企業が本当にアジリティがあり変化への適応能力にすぐれているということがあるのでしょう(ただしこの特徴が創業経営者が引退した後も継続できるのかはわかりません)。ファーウェイが米国から規制されたりもありましたがが、このような政治的リスクはファーウェイが何度も中国国内で乗り越えてきている壁であると思います。

この変革を行うときに軸となるのが企業理念です。アリババの衛哲はこれを魂と呼んでいます。アリババの企業理念は「企業と消費者、買い手と売り手が出会うバーチャル市場のかけがえのない基盤を創る」です。ここはブレずに、中国版イエローページ中国黄頁に始まり「アリババ」「タオバオ」「天猫」「アリペイ」など次々にサービスを展開してきました。レノボは1990年に「ウィンテル」が出てきたとき、PC業界の競争は"製品イノベーション"から"コスト管理"に移ったといち早く見抜き、それまでのPCを仕入れて販売するモデルから自前製造に踏み切りました。それまでは"製品イノベーション"だったから価値の高かったPC業界でしたが、"コスト管理"に移った後も変革せずにPCというプロダクトが事業だと考えて作り続けていた企業は、企業価値を徐々に落としていたのです。

また中国の文化的な特徴として、長い歴史を持っていることから「時間の縦の繋がり」を自然と考える傾向があるように思います。西側諸国の経営手法などを取り込む際に、最新のものだけを取り込むのではなく、米国では古いと考えられていた古い手法のいいところと新しい手法をハイブリッドで取り込んだりなど、中国独特の視点があるように思います。

従来型の企業モデルに基づいたボストンのコンピュータ企業と新しいモデルに基づいたシリコンバレーのコンピュータ企業のち外を述べたアナリー・サクセニアンの論文を読む学生は、後者が全社に完全に勝っており、模倣すべきモデルであるととらえがちだ。しかし私達が観察した中国企業は、両者のモデルを借用していた。彼らは従来型の企業から生まれたコンピテンシーに注力しつつ、シリコンバレーモデルのフラットな組織と無駄を削ぎ落とした体制で事業運営している。そして日本企業の強い文化と忠誠心を情勢する手法を真似つつも、日本企業に見られる複雑なキャリア開発体制や時間がかかる合意形成は省いているようだ。

チャイナ・ウェイ - 中国ビジネスリーダーの経営スタイル

ところで中国がここまで変革を続けて成長を行う理由は何でしょうか。そこには自社のサービスを行き渡らせ、中国国内の全員が豊かになってほしいという創業経営者たちの思いがあるようです。高度経済成長期の終わった日本と同じ様に、中国の全国民がある程度裕福になった後の中国企業は新しいモチベーションを見つける必要があるかも知れません。