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白磁のアイアンメイデン 第1話〈2〉 #白アメ

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【告知】この作品は、「逆噴射小説大賞」に投稿した同名作品のリライトです。ストーリー自体は変わっていません。それでもよろしければ、どうぞお楽しみくださいませ。初見の方は、どうぞよろしくおねがいします【飛膝】

「竜狩り」「ええ、竜狩りですわ」「竜を」「ええ」「まさか、”忌み野の竜”を」「ええ、”忌み野の竜”を」「狩りに」「ええ、狩りに……これはなにかの遊戯ですの? ならば受けて立ちますわ。ルールを教えていただけますかしら」「いや、す、すまない」

 ――正気か。竜を、しかもよりによって”忌み野の竜”を、狩る? 正気で言っているのか?
「無論、正気ですわ、魔術師殿」「なっ」心を読まれた?
「まあ、ご心配なく。わたくし魔術のたぐいは使いませんのよ」
 そういってベアトリスは意地悪そうに微笑む。
「殿方のお気持ちを当てるのは、子供の時からの特技なのです」

「……正気で言っているというのならば、無知にすぎる。ただの竜退治ですら、超一流の冒険者が、最高の装備と技術、そして運をすべて備えてようやく為せるものだ」
 初等科の学生に講義をしている心持ちで、ヘリヤは続けた。

「ましてや相手は”忌み野の竜”。文字通り神話の生き物だ。そんなものを狩ると臆面もなく言うやつなど、正気を疑われても仕方あるまい」
「まあ、ひどい言われようですわね」
 苦笑交じりでベアトリスは言う。

「私には運も実力もないと?」
「運は知らん。だが実力はどうかな」
 挑むような口調でヘリヤは答える。
「確かに先程、リザードマンどもを一蹴していた技は見事だったが」

「薫風(クン・フー)。<遥けき東(ファー・イースト)>の技ですわ」
「すまんが、そういうものには詳しくない。ともかくそれも、たとえリザードマンに通用したからと言って、そのまま竜に通用するとは到底思えない。あれは、我々とは次元の全く違うモノだ」
 ヘリヤは断言する。

「随分と、竜にお詳しいのですね」
「―――相対したことが、ある」
「まあ」

 そう、あれは、真に『次元の違う存在』だ。もう何年も前のことだが、忘れられようもない。ヘリヤは肌がわずかに粟立つのを感じた。

「そうだな、紅茶の礼だ。本気で忠告しておこう」
軽く間を置くと、ヘリヤは真摯な口調で語りかける。

「いくら技が立つといえども、竜を殺すなど無謀の極みだ。そんなことはどこぞの英雄様たちにでもお願いして、自分はお家に帰ってお茶でも飲んで待っているんだな。英雄様の、凱旋話を」

 そこまで言うと、ヘリヤの顔に皮肉めいた笑みが浮かぶ。
「まあ、そいつらの訃報になるかもしれないが」

 黙って耳を傾けていたベアトリスは、小さく息を吐いた。
「ご忠告、痛み入ります。お会いしたばかりなのに、こんなに心配していただけるなんて」

 ヘリヤは慌てて叫ぶ。「他意はないぞ!」「もちろんですわ」
 飲み終えた紅茶のカップをテーブルに置くと、ベアトリスはヘリヤの顔を正面から見据えた。アイス・ブルーの瞳に宿る、強靭な意志。

「ですが、それではやめておきますわ、とはいかないのです。私は竜を狩るために、”忌み野の竜”を打ち倒すためにここに来たのですから」
 真っ直ぐな瞳を向けられ、ヘリヤは思わず気圧されそうになる。

「なぜ、そこまで……」
『お嬢様』アルフレッドが会話に割り込んできた。
「なにかしら、アルフレッド」
『リザードマンどもの新手が近づいてまいります。その数、二十二』
 アルフレッドが彼方を見つめつつ、淡々と報告する。何かを計測してでもいるのか、微かな駆動音が響く。

「リザードマンだけですの?」
『いえ、どうやらそれらの頭目らしき存在も』

 そう聞いてベアトリスは微かにうなずくと、ヘリヤの方に顔を向けた。
「狙い通りですわ。それでもこんなに早くとは思いませんでした。私の運の良さ、証明できましたかしら」
「狙い通り、だと」

 ベアトリスは、目の前で両手を軽く叩き合わせた。
「さて、あとは実力ですわね。すぐに証明してみせますわ」

 ベアトリスはそう言っておもむろに立ち上がると、真紅のドレスを優雅に翻しながら歩き出す。その視線の先には、規則正しく隊列を組み行進する重装リザードマン、更にその後ろに、圧倒的な存在感を放つ何かがいた。ヘリヤはすかさず<遠視>の術を唱える。リザードマンよりも一回り大きい体躯、ボロ布をまとい隠す肌には、赤銅色の鱗が並ぶ。

「まさか、ドラゴニュート……か!」
 ヘリヤは驚愕に思わずつぶやく。まったく、彼女と出会ってからこっち驚いてばかりだ。私の冷静さはどこへ行ってしまったのか?

 ドラゴニュート。竜人。竜の従者。竜に仕えることを選び、竜の力を得た、元人間だ。元人間といえども、その力は並の魔物を遥かに凌駕する。まごうことなき化物だ。

 だが。
 それを知ってか知らずか、ベアトリスは臆さない。”忌み野”に硬いヒールの靴音を響かせ、一直線に軍団へと歩を進める。互いの距離がおよそ二十歩分ほどに縮まったとき、彼女はようやく立ち止まった。

「何だ、きさ」「はじめまして皆様! わたくし、ベアトリスと申します」
 紅いドレスのスカートをつまみ、優雅に挨拶してみせるベアトリス。彼女がスカートから手を離した瞬間、ドレスは一瞬で音もなく体に巻き付く。しなやかな体のラインが浮き上がる。腰まで伸びた黒髪が、瞬時に肩まで縮む。淑女の装いは一転、戦装束と化した。

「お近づきの印に!」跳躍! 距離を一気に詰め、先頭のリザードマンに膝蹴りを叩き込む! 
「お膝など差し上げますわ。どうぞご遠慮なさらずに!」

 膝蹴りの勢いでリザードマンの集団、その中央に飛び込むベアトリス。軽やかな足取りで着地すると、ドラゴニュートに視線を向ける。

「何のつもりだ、女」
 ドラゴニュートが冷たく問う。
「まあ、お膝では足りませんでしたか? 欲張りさんでいらっしゃるのね。ならば、」いち早く胡乱な乱入者に反応したリザードマンに叩き込まれる、後ろ回しピンヒール! 下あごをそぎ落とす! 「ご満足いただけるまで、」続いて大剣を振り上げた別のリザードマンの脚を、水面蹴りで払う! 「いくらでも、」回転の勢いを殺さず、立ち上がりざま横のリザードマンの顔面、回し蹴りを叩き込む! 「ご進呈いたしますわ」転倒から立ち上がろうとしたリザードマンの頭を、ヒールで踏み抜く! 「わたくし、吝嗇(りんしょく)家ではありませんもの」

 舞踏と見まがう華麗な動きと裏腹の、一撃必殺の破壊力。流れるように三体を屠ってみせた業前を目の当たりにして、リザードマンたちは気おされ、怖気づき、じわじわと後退する。

 ――ドラゴニュートは腕組みをしたまま一歩も動かず、冷ややかに彼女の舞いを眺めていた。
「何のつもりだ、女」
 ドラゴニュートは無表情のまま、再び問う。
「我々をこの地の王、偉大なる君主、”忌み野の竜”様の一党と知って仕掛けてきたのか?」

「ええ、もちろんですわ」
 ベアトリスは、にこやかに笑いながら告げる。
「わたくし、無作為に暴力を撒き散らす狂犬ではありませんもの。正しく目的あってのことですわ」

 ベアトリスは左手を目の前に上げると、手の甲を相手に向け、挑発的に手招きをした。
「そして目的はあなたです、竜人殿。何のつもりか知りたければ、力づくで吐かせてはいかが? 能(あた)うかどうかはあなた次第ですけれども」

「ふん」
 さほど面白くなさそうに、ドラゴニュートは鼻を鳴らした。組んでいた腕をほどくと、ベアトリスに向かって歩を進める。竜人が一歩踏み出すごとに、その体に力が、威力がみなぎるのが、目に見えてわかった。鱗に覆われた腕は、古代の神殿の柱が如き剛健さを秘め、ベアトリスの腕と比べると、まるで大樹と苗木のようだ。

「フローレンス!」
 ベアトリスが叫ぶ。
「今からこの方と踊ります。残りのトカゲさん達、任せてもよろしくて?」

 それまで後方に控えていた物言わぬオートマタメイド、フローレンス。目鼻の代わりに顔に備えられた六つの光点が、僅かな音と共に明滅する。【チチチ】それは了解のサインか。リザードマンの群れに向かって踏み出した彼女の両手には、いつのまにか巨大な武器が握られていた。

続く

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ