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白磁のアイアンメイデン 第4話〈1〉 #白アメ

第3話   目次

<前回までのあらすじ>
 ハンク王国に広がる禁忌の地、”忌み野”。魔術師へリヤは、彼の地に眠る”忌み野の竜”が握る魔術の深奥を探るべく”忌み野”を訪れる。困難な旅路の果て、慣れぬ旅路に疲労困憊だった彼が出会ったのは、ドレスを身にまといつつ魔物を蹴散らすご令嬢、その名をベアトリス。そして彼女に付き従うオートマタ執事兼強化外骨格のアルフレッド、そしてオートマタメイド兼恐るべき破壊槌の使い手たるフローレンスという珍妙な一行だった。彼女らの目的は一つ。”忌み野の竜”を「打ち倒し、平伏させ、最後に足で踏んでやる」ことだ。
 利害の一致から同行することになった彼女らに、”忌み野の竜”の眷属たる竜人(ドラゴニュート)らが襲い来る。ベアトリスは<遥けき東(ファー・イースト)>より伝わる格闘術「薫風(クン・フー)」を駆使し、恐るべき魔物共を退けていく。
 激闘の果て、ついに”忌み野の竜”の寝所に到達した一行。だが、姿を表した”忌み野の竜”の圧倒的な力の前に手も足も出ない。ベアトリスの心に暗い影が差そうとしつつあったその時、ヘリヤの決死の行動で”竜”に刹那の隙が生まれた。その隙を逃さず放たれたベアトリス必殺の跳び後ろ回し蹴りは、あやまたず”竜”に叩き込まれたのであった。

 衝撃とそれに伴う混乱から立ち直りかけたとき、”竜”の視界は黒一色に染まっていた。

 ”竜”は冷静に思考、自らの状況を把握しようと努める。全身のダメージは軽微、仔細はない。となれば、視界が暗いのは単に物理的な原因によるものであろう。全身の感触から判断するに、どうやら瓦礫に深く埋もれてしまっているらしい。

 ”竜”は体を動かそうと試みる。のしかかる重さはそう大したものではない。腕を一振るいでもすればことごとくを粉砕し、身体の自由を取り戻せよう。だが。

 何故だ? 何故妾(わらわ)が、偉大なるこの”竜”が、”五色の竜”たるこの妾が、なにゆえこのような無様をさらしているのか。

 ”竜”の脳裏に、先程の光景が蘇る。眼前に迫るピンヒール。衝撃。暗転。

 ――”竜”が冷静な思考を保てたのはそこまでであった。

 嵐が、言葉にならぬ感情の嵐が”竜”の内側で荒れ狂う。視界が赤く、赤く染まる。抑えきれぬ感情に表情が歪み――はからずも亀裂のような笑みを形作る。

 許さぬぞ。

 嵐はいつしかどす黒い一つの感情の塊となり、竜の心を塗りつぶす。

 許さぬぞ、ニンゲンども。殺す。否、ただ殺すだけでは足りぬ。ニンゲンごときには決して届かぬ圧倒的力を持って、塵芥になるまですりつぶしてくれようぞ。己の卑小さ矮小さを十二分に魂に刻みつつ――死ぬがよい。

 ”竜”は口から毒々しい紫色の舌を伸ばした。舌は一つの生き物のように――蛇のように――蠢きながら、瓦礫をかき分け外へ外へと伸びゆく。ぬらぬらと光る舌はやがて瓦礫の外に這い出ると、二つに別れた舌先を天に向けた。”忌み野”の空、蒼空の光を浴びた舌は醜くよじれ、絡まり、形を変える。捻じくれた枝めいた舌先には、蕾のような、否、蕾が生まれていた。そして蕾はほころび、赤黒い花を咲かせた。

 花は先触れである。”竜”が”竜”を取り戻すことの。

◇ ◇ ◇ ◇

「……今、なんと言った?」
「ええ」ベアトリスはさらりと答えた。「逃げましょうと申しました」

 ヘリヤは床に体を預けたまま、ベアトリスを下から見上げる。重装鎧のような強化外骨格――執事のアルフレッドが姿を変えたものだ――その頭部装甲の合間から見える彼女の紅い瞳には、虚言を弄しているかのような色は一切見えなかった。では本当に、本気で逃げ出すつもりなのか。

「だが、だが逃げたとして、その後どうするんだ。それとも、ヤツに一撃食らわせただけで満足ということか」

「まさか」ベアトリスは装甲の下にいつもの笑みを浮かべながら言う。
「申し上げたはずですわ。私の目的はただ一つ。”忌み野の竜”を叩きのめし、踏んでさし上げることです」

 ぶれないな。

 ベアトリスの視線がついと動き、ヘリヤの後方に向けられた。つられて振り向くヘリヤの視線の先に写ったのは、うず高く積み上がった瓦礫の山。先程の一撃で”竜”が叩き込まれた場所だ。

「我ながら会心の一撃だったとは思いますが、あれしきでどうにかできるような輩ではありませんわ。肉体的なダメージは無きに等しいかと。ですが」

 ベアトリスは、ヘリヤに向かって右手を差し出した。

「蔑み嘲っていた『たかがニンゲン』にご自慢の術式を破られ、あげく顔面を足蹴にされたのです。あれの高慢な誇りは今頃、木っ端微塵に砕けてしまっていることでしょう」

 ヘリヤは素直に差し出された手を掴んで立ち上がると、ベアトリスの顔を正面から見据えた。思えば、こうやって彼女の顔をしっかりと見たのは初めてではないだろうか。とはいえ、ほぼ全面が装甲で覆われているため、見えるのは彼女の目、紅玉の赤に染まる瞳だけだが。

「誇りを砕かれた”竜”がどう出るか――おわかりですか?」
「ろくなことにならない、ということしかわからんよ」
「ヤツの力を与えられたドラゴニュート共を思い起こしてくださいな」
「――なるほど、な」

 つまり、怒り狂った”竜”が「正体を表す」というわけだ。

 となれば、さきほどから私が感じている微かな振動、これは”胎動”ではないのか?

 そうヘリヤが気づいた瞬間、”忌み野”の大地が激しく揺れ動いた。

続く

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ