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【観劇レポ】田代万里生の新境地 ミュージカル「マタ・ハリ」

ミュージカル「マタ・ハリ」(2021年)。大阪公演を見てきました。

本公演はメインキャスト3役がすべてWキャストで、2×2×2=8パターンの組み合わせがあるのも魅力の一つ。今回は見た組み合わせはこちら。

マタ・ハリ役:柚希礼音さん
ラドゥー役:田代万里生さん
アルマン役:三浦涼介さん

全体感想

現実に存在した女性スパイ「マタ・ハリ」を主人公としたストーリー。作品から感じるテーマは、第一次世界大戦下という特殊な環境での人と人の繋がり、生き方、生き様、そして愛。

ストーリーはそれほど難しくもなく、史実を良い塩梅で脚色した感じで、一つのエンターテイメントとしてきれいに仕上がってると思いました。

マタが欲しかった愛、アルマンが命を懸けた愛、ラドゥーが手に入れられなかった愛。
戦争とイコールに考えるのは違うかもしれませんが、「ノーマルがノーマルじゃない世界」という意味では、未知の病が流行する今の時代にも、何か通ずるものがあるような気がします。

随所で披露される柚希さん演じるマタのダンスは、それだけでグッと世界に引き込むような力もありつつ、どこか現実離れした夢幻のような不思議さ、女性特有のしなやかさと丸みを感じました。
タカラジェンヌの男役をされていた方なので、逆に「女性らしい」ダンスって難しいんじゃないかなと想像しますが、さすがです・・。

戦争という重いテーマを扱っているので、不穏な空気や痛ましいシーンも多い中、マタのダンスがヨーロッパを魅了した意味を考えさせられる。生きるためには強くならないといけなかった。その強さは決して誇らしい強さではないかもしれないけど、恥じ悔いるわけでもないという独特な強さが、人々を魅了したのでしょうか。

演技・歌唱については言うことなしです。強いて言うなら、席と音響装置の位置関係によるかもしれませんが、やや低音がオケに負けて聞こえたかなあくらい。全体的にキーが低めなのかな?

印象的なシーン

個人的に印象に残ったシーンは、工藤大夢さん演じる若い兵士・ピエールが「(ほぼ死ぬことが確定する飛空艇に)乗りたくない、死ぬのが怖い」と訴えて上官や仲間に抵抗する場面。

「死にたくない」と、誰もが心に思っているけれども、国のために戦うため心の奥に封印した思い。上官であるアルマンに、命令違反としてその場で殺されてもおかしくない状況で、「生」にしがみつくために言葉にした思い。心の奥に封印するのにも「強さ」が必要だけれども、死への恐怖を言葉にするのも別の意味の強さが必要。死とすぐ隣り合わせの状況で思う生と覚悟。
メインキャストではありませんが、多くの人の印象に残る、良い役どころじゃないでしょうか。

三浦さん演じるアルマンは、ストーリーが進むにつれてどんどん感情移入させられるキャラクターだったんですが、このピエールとのシーンは大きなポイントなのかなと思います。
上官として、あるいは一人の兵士として、若い兵士とのやり取りを経て覚悟を持ったというか。そして人並な感想かもですが、簡単に「死ね」とか「殺す」とか、そういう言葉を使ってはいけないなと、ピエールとアルマンのシーンを見て改めて思いました。

ところで三浦さん、脚長いっすね。めっちゃ長い。顔も小さいし、一体何頭身なんでしょう。

マタと衣装係・春風ひとみさん演じるアンナのやり取りも良かったです。マタがついカッとなってけなしたとしても、変わらずマタを案じるアンナ。
親子のようでもあり、友人のようでもある。そんな二人は、客入りの状況を聞くマタに、アンナが「大入り満員です!」と答えるのが冒頭場面からの「お約束」シーンでしたが、ラストでの「お約束」は涙が流れるのを止められない。アンナがやや涙を潤ませたような声で言うのも泣かせに来てますね。

このお約束のセリフ「大入り満員です」が、劇中のいろんなシーンを走馬灯のように思い起こさせてくれます。そしてアンナの献身もまた、作品のテーマである「愛」の形やなあと。

僕はミュージカルの醍醐味の一つに「空気感」をことあるごとに挙げているのですが、今回のアンサンブルさんたちが作る雰囲気も、世界観にグッと引き込んでくれて素晴らしかったです。
柚希さん、三浦さん、田代さんのメインキャストだけでなく、脇を固める役者さんたちの演技が印象に残ったのは良い舞台だったなあと思います

万里生ラドゥーがすごい

ところで。今回話さないといけないのはこの方ですよ。

ミュージカル界の貴公子・田代万里生。声からも表情からも立ち姿からもにじみ出る、あふれんばかりの気品、言うなればプリンス感が彼の魅力の一つだと思うのですが、今回のラドゥー大佐はいわゆるヒール役(あえて悪役とは言いません)。マタやアルマンを追い詰めていく役割であり、そして中々に人間臭い役。

ミュージカルを見に行く時、特定の俳優さんを追っかけて見に行くということはないのですが、作品自体を楽しみにしつつ、俳優・田代万里生を見に来たのも事実。
直近の「マリー・アントワネット」のフェルセンのイメージで、貴公子イメージがやはり強いのでどんなヒール役を見せてくれるのか、すごく楽しみにしていました。配信で見た「スリル・ミー」の私役も(えげつない狂愛を腹に秘めてはいるけど)好青年の役どころでしたし。

とりあえず結論から言うと、素晴らしすぎてキャパオーバーDEATH

最初こそ「相変わらず姿勢よくてシュッとしてはるなあ…」とか「歌うまいなあ…」とか思ってました。何回聴いても聞き心地の良いお声。耳が幸せ。
座席が前の方だったこともあって、細かい表情や動きも見えるし、声は直接体に染みてくるし、「そう、これを求めてた」という舞台だったわけですが、ストーリーが進むにつれて、俳優・田代万里生の新たな一面にノックアウトされ続けていることに気付きます。

ん?これはヤバいやつ?・・・と気付いたころにはもう遅く、NEWスーパー万里生パフォーマンスに僕の残機はゼロです。マンマミーア。

まず新たな一面。キャリアのある俳優さんなので、演技力・表現力はもちろん言うことなしの安定感と感動があります。よく響き伸びるテノールや、姿勢の良さ、細やかな演技や表情。
特に目力は今回すごかった。マタやアルマンを歪んだ愛と嫉妬で抑えつけるようでもあり、自分の弱さを隠すための威嚇のようでもあり。座席が前の方だから細かい表情が見えたという事実を差し置いても、目から発される演技に意識を吸い込まれる。眼光がステージを支配する。

さらに今回はヒール役としての演技力で、新たな扉を開けてくださった。裏声で「ヒャハハハハハッ!!」と笑うシーンは、振り切りすぎて思わず笑ってしまいました。

え?4カ月前にマリー・アントワネットに「泣かないで」って優しく歌ってた人と同じ人…?万里生さんこんなファンキーな笑い方もできるの…?自分が好きな俳優やアーティストがこうして新たな一面を見せてくれると、それだけでノックアウトされるのがオタクという生き物。僕が好きなポルノグラフィティはその典型例ですが、これからは田代万里生も例にします。

ヒールである一方で、ただの悪人感がでないのは、田代万里生という人間が持つ魅力故だと思っています。「憎めない悪役」とか、「同情を誘うような悪役」でもなくて、「田代万里生が演じるヒール役とはこういうこと」という唯一無二のものを見せてくれたような気がしています。

戦果を挙げられず部下の死を見ているだけの軍大佐としての苦悩を歌う「一万の命」に代表されるように、ラドゥーの心根にある真っすぐさや正義感・使命感と、田代万里生の持つまっすぐさと気品がマッチしている。
「一万の命」は力強く、切なく、心を揺さぶるものでしたし、アルマンと対峙するシーンでの「二人の男」も、一人の人間としての苦悩と、隠せないアルマンへの嫉妬、軍人の責務などがごちゃ混ぜになった感情がにじみ出ますが、ただドロドロした感情ではなくて、どこかピュアな欠片も見える。

軍人であることや自分のミッションに対する責任感と重圧。戦時下という特殊な時代・場面で歪んでしまった愛の概念。その狭間での苦悶。
ラドゥーの役のキーワードとして出てくるのはこういう言葉なのですが、彼はそこに「もし戦時下でなければラドゥーは(田代万里生のイメージのように)まっすぐな人物だったかもしれない」「ラドゥーもひねくれているようで、本心や根本の性格はクリーンないい人なのかもしれない」ということを想わせる。それは演技やセリフ、脚本だけでは引き出しきれないものであって、「ひとりの人間・田代万里生」としての魅力がそうさせているのだと思います。

上手くまとまらないのですが、要するに万里生さんの魅力に改めて惚れたという話です。

最後に

残念ながら新型コロナの影響で、2021マタ・ハリ大阪公演は千穐楽を迎えることができませんでした。大阪が最後だったので、大千穐楽も迎えられず、ですね。コロナ禍で、こうしてエンタメが大きな打撃を受ける様はつらい。
そして同時に、生で見に行けたこと、全公演とは言えずとも公演をできたことがいかにすごいことか、改めて感じる次第。

一方うれしいことに12月にDVD化が決定しており、全パターンとはいかないものの全キャストの公演を観ることができるとのこと。はい、即買いました。今年のクリスマスプレゼント(セルフ)は確定。

DVD化されるのは本当にありがたいことです。DVDで見ると改めて知る表情や空気がありますし、メインWキャストのもう一方のキャストも見れるし。

映像化や配信もコロナ禍で比較的身近になりましたが、すべての舞台・ミュージカルでできることでもないので、映像化されるだけでも本当にありがたいことです。今年の年末は届いたDVDを見て過ごそうと思います。

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