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減法を説明するための闘い(2)|T社が常に「新しい」理由

 加減の説明の方法として、教科書は
パターン1)Kr社
パターン2)T社・S社・D社・Ky社・N社
パターン3)G社
の3つのパターンに大別できる。
 パターン1では○より△大きい数/小さい数で加減を説明し、パターン3は2つの点(座標)のひき算を求答の根拠とする。


図が命のパターン2

パターン2は矢線ベクトルのモデル

 そして現在多くの教科書が採用するパターン2は、数直線上でまっすぐな矢線を並べ、矢線という図解のもと、矢線ベクトルどうしの演算として加法・減法を説明をする方法である。たとえば、T社の21年度版で減法を説明する方法を見てみよう。

Q 次の□にあてはまる数を求めてみましょう。
□+(+5)=+2
□+(+5)=+2の□に当てはまる数は、次のひき算で表される。
  (+2)-(+5)=□ …… ③
 また、□+(+5)=+2の□にあてはまる数は、右(※このnoteでは下)の図からわかるように、次のたし算でも求められる。
  □=(+2)+(-5) …… ④
 ③,④より
  (+2)-(+5)=(+2)+(-5)

 T社に限らず、パターン2の各社そろって、説明したいことを図から読み取らせようとする。現行21年度版でパターン2を採用している5社の教科書から、図と文の説明の関係を示す部分を抜き出してみる。

□にあてはまる数は,右の図からわかるように,次のたし算でも求められる。(T)
右の図からわかるように,□にあてはまる数は,次のたし算の結果に等しい。(S)
右の図のように,+2の矢印の向きを変えると,どんな式で表せますか。(D)
また,右の図で,□は,・・・・とみることもできるから,□は次のようになる。(Ky)
また,図㋑から,□は,+5に+3の符号を変えた数-3をたして求められることがわかります。(N)

 このパターン2の各社に共通するのは、次の通り。
[1]□を含めた減法の式・加法の式の関係性を数直線上の矢印の図に示す。(小学校でのテープ図に相当する)
[2]ひく数(減法の第2項)の矢線の向きを反転させた図をその下に示し、□と等しいのは(□を求めるには)どの矢線とどの矢線の「たし算」か、図から読み取らせる
[3]反転した矢線の図を加法の式に表現して、元の減法の式に対応させ、「ひく数の符号を変えて加法になおす」こととして一般化する。

矢線モデルのメリットとデメリット

 パターン1と3は、減法の意味から答を求める方法をまず示し、そのあと別に「減法を加法になおす」アルゴリズムの存在に気付かせる,という2段階を経る。一方でパターン2は、減法の意味から答えを求める方法と、実際の計算アルゴリズムが一体のものである。2つのことを説明したり、作業させたりする必要がなく、説明は1つですむ。このことはパターン2のメリットと言える。

 数学的にも、この図を抽象化したものが(1次元)ベクトル空間であり、矢線という抽象化されたもので説明できるのは、数学を学んだ教員からすると「現代的」な装いを感じるのかもしれない。

 しかしこのパターン2にもデメリットがある。その1つは、突然「矢線の反転」が出てくることである。なぜ矢線を反転させたのか? という疑問に答えにくいことである。

 なぜこの矢線反転の発想を持ち出したかというと、誰かがこの説明を思いつき、これだと何かと都合が良くうまくいくから,としか説明のしようがない。あくまでご都合主義なのであり、必然性はない。

 a+a’=0なる逆元a’が存在することがベクトル空間の定義の一つであるのだから、数学的に負数の演算をベクトルで説明しようとすると、論点先取の自己撞着、ということになる。あくまで、図からわかってもらうしかないのである。

 学習者が、この反転に納得ができないのであれば、そういうもんだと飲み込んで、アルゴリズムとして記憶して処理をしていくしかない。それもまた、致し方ない方法ではあるのだが。

 ということで、反転した矢印を隣にそっと置いておいて、ホラ便利でしょ、と理屈の流れごと示しておくのがパターン2である。学習者がいろんなことを試すなかで矢印の利用を思いついて、逆向きにするという発想にたどり着く、そうした七転八倒を暖かく見守る方策を,パターン2ではとらない。T社の指導書にも、そのことははっきりと書いてある。

減法の計算のしかたを、生徒が自ら試行錯誤を重ねることにより発見的に考えていくことが難しく、指導者が説明的に展開した方が混乱もなく、生徒は理解しやすいと考えたからである。
(H28年度版教師用指導書指導編1年 46ページ)

 もう一つ、数直線でベクトルを扱うデメリットは、G社の分析でも行ったように、減法を数直線上で扱うとすると、数直線上の点(位置)としての数と、ベクトルとしての数と、とたんに2つの読み取り方を要求されて、しかもその2つの数を同一視することを求められるのである。学習者には2種類の「数」の区別や関係を厳密にしてしまうと面倒だし、さりとて混乱の根源であることには変わりない。
 特に、加減の学習の前で、数直線上の点を読み取る練習をさんざんした後である。数とは、数直線上の点のことであり、それ以外ではないと、1対1で考えるのも無理はない。
 それなのに、加法に入った瞬間、移動(ベクトルの具体化)を数として考えろ、というわけである。
 教科書に書いてあることをあまり疑問を持たず、大人も言うのでこれも数なのね、というのであれば、そんなに問題はない。でも、数とは点であるというここまでの読み取らせ方とは明らかに違う。ここで数の2つの姿(とその行ったり来たり)をうまく飲み込めないまま、おいて行かれている学習者は結構いるのではないか、と思う。

 点も数であり、矢線も数である。視点を0に固定した矢線の先が指ししめす点である。・・・と気づいてしまったが最後、その違いについて、まさしくこの文章のように、そもそも数というのには点を表す数と、ベクトルを表す数とがあり、分かち難く2つは関係取り合っているのだ、ということを注意深く分析をしなければ、スッキリしなくなるのだ! おお、こわ。学習者がこの図を読み取れずにモヤモヤするのは、無理もないことである。だって、今度は矢線を数と考える誤魔化しをしているだもの。それなら、数直線上の点を数と見るのも、止めるか、あまりやりすぎないほうがいい。

しかし、数直線で、点を数として読み取らせたあと、今度は矢線を数として認識をさせるわけであり、学習者の数認識を統合する、あるいは少なくとも2つの数モデルが数直線上に存在し、必要に応じて使い分ける必要があることは、学習者に生のまま伝えるわけではないにしても、指導者支援者の側は意識的な使い分けをしなければなるまい。

T社とそれ以外の教科書との比較

 なお、実はT社はパターン2の最後発であるのだが、パターン2を採用する他の教科書と比較すると、実はT社とそれ以外で大きくちがうところがある。T社の図には、出発点には黒丸があるが0は書いていないのである。また、T社の図の数直線には目盛りがない。T社は「原点から長さを読み取らせる」ことはしない。矢線ベクトルの演算という抽象概念として図を提示するに徹している。位置ではなくベクトルである、という考え方を徹底している。一方で、他社は、目盛つき数直線の0から出発して、矢線の移動後の数直線の目盛を読み取らせる、という形で演算結果を知る、という形になる。
 この減法の演算で求めるのがベクトルであり、自由ベクトルであるとするならば、T社の方法が数学的に厳密、ということであるが、学習者にとってはそこまで厳密にする必要があるのか、という議論もあり得るだろう。
 現行(21年度版)で、パターン2を採用している教科書の図を比較すると,次のようになる。もちろん教科書の執筆者によって微妙に異なるのである。

 なおT社は,図を版が重ねる度に不断に改良し続けている。その改良の軌跡はまたどこかで触れることにしたい。

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