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(小説)笈の花かご #14

4章 エレベーターは5階まで⑴

イチョウは、モクレン館最上階の5階に入居してすぐ、その人と出会った。
昼食の後イチョウは、2階の事務室に、手紙の投函を頼みに行った。
その帰り、エレベーターを待っていると、
「一緒に頼みます」と、白髪の大柄な男性が横に並んだ。
彼は、何やら香ばしい匂いを体中にまとっていた。
イチョウの鼻が動いたのを目ざとく捉えたらしく、彼は、
「2階のキッチンで餅を焼いて貰いました」と言った。
「2階のキッチン?」とイチョウ。
「差し入れの品を焼いたり、切ったりするのは、2階のキッチンでしか
やってくれないよ」
(ややこしいこと)
「それで、餅1個、焼いて貰いはったん?」
「イヤ、2個。部屋に持って帰ってはいけないと言うので、キッチンカウンターの椅子に座って喰いました」
(昼食の後ではないか、すごい食欲!)
餅の話の途中で、エレベーターのドアが開いた。
「レディ・ファースト、どうぞ」と彼は言った。
(レディ?)
イチョウに続いて彼が入ると、焼餅の匂いが籠中に満ちた。
よく見ると、彼は食べかけの餅を手に持っている。
「何階ですか?」と聞くと、彼は、
「6階を頼みます」と、ニッコリ。
エレベーターの案内板にRはない。
イチョウは間髪を容れず答えた。
「6階は天国でございます」
「ハイ、ゆるゆるお願いします」
ユーモアたっぷりのその人が、イチョウと同じ5階の入居者、かもめイチロウであった。

その出会いをきっかけに、4階の食堂で、鴎イチロウと挨拶を交わし、時に短い会話を交わすようになった。
スイデンも、イチョウにつられて、鴎イチロウと挨拶をするようになった。

ある時、鴎イチロウが、小型のパソコンを抱えていることがあった。
「分からないことが多い」と呟いて、近くのコンピューター学院まで出かけて行った。
スイデンは、モクレン館入居を機にパソコンから遠のいたが、イチョウは、ケーブル会社と契約し、モクレン館の居室で、何とかパソコンを使っていた。
(80歳の私が何とか使っているパソコン。88歳の鴎さん、よく頑張っておいでになる……)
鴎イチロウは、
「Windows10が使いづらくて……」と、こぼした。
モクレン館に入居する前のことであるが、スイデンも同じ悩みを持っていた。スイデンは、セブンから自動更新されたテンにテコズリ、業者に頼んで、元のセブンに戻したことがある。
イチョウは悪戦苦闘しながら、何とかテンに馴染んで行った。
鴎イチロウは、スイデン夫妻に出会うと、パソコンの話をするようになった。
会話は、いつも、「パソコンの調子はどうですか?」で始まった。

さてさて、その鴎イチロウであるが、前章では、5階のエレベーターホールで転倒した所で話が終わった。
その続きである。

→(小説)笈の花かご #14
4章 エレベーターは5階まで⑵
 へ続く




(小説)笈の花かご #14 4章 エレベーターは5階まで⑴
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2023年10月21日#1 連載開始
著:田嶋 静  Tajima Shizuka
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