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【 小説 】 「 春嵐 」 #11 ( 全文無料 )( 投げ銭スタイル )


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終章 松田吾郎と多川節子の結婚


節子は、松田との再会から1ヶ月が経って
やっと松田プロポーズを受ける気持ちになった。
気持ちが固まるまで、ウジウジと考えた。
( 紆余曲折あったけれど、松田吾郎との出会いは運命である。
     生涯のパートナーは、やはりこの人である )
決心はついたが、しかし、松田に面と向かい合うのがためらわれる。
会って返事をする勇気が出ない。
なぜか。自分でも自分のことがよくわからない。
松田が節子の元から去っていた日の衝撃は、まだ、胸底に沈殿している。
忘れることはできないのだ。
( でも、夫となる人は、松田吾郎である )

節子は手紙で、申出を受けることだけを伝えることにした。
何度も書き直しをした。結局、手紙は短いものとなった。

お導きください。よろしくお願いします。
不一ふいち
多川節子

( 松田吾郎とこの先を共に歩んでいく。それでイイね )
と、自分に言い聞かせた。
明快な答えは返ってこない。
ためらいながら、投函した。
すぐに、松田から返信がきた。
( 会いたい )
と1行。

松田は即、行動に移り、節子と会う段取りをつけた。
これからのことなど話し会うことは山ほどある。
2人だけで神前結婚式を挙げることで、まず一致した。

挙式に先立ち松田は、多川家をたずねて、節子の両親に
ご挨拶したいと希望した。
このことを節子が両親に伝えると、
えらかりっぱな先生様がこらすとげなおいでになる
と喜びながらも狼狽うろたえた。
父親は、あわてふためいて長兄に、母親は妹に
面談の席に座って貰うよう頼みこんだ。

松田吾郎が、多川家を訪ねると
両親と節子の伯父と叔母の4人が卓の向こうに|
畏《かしこ》まって迎えた。
節子が、松田吾郎を紹介した。
松田は、まず、家族歴と履歴を書いた書面を差し出して、自己紹介をした。
そして、丁寧に頭を下げて、
「 節子さんに結婚の申し込みをいたしました。
   そして、節子さんに受けていただきました 」
と告げた。
松田の言葉に4人は揃って驚きの表情をした。
旧来のように、
「 お嬢さんと結婚させてください 」
という、両親への結婚申し込みの言葉を予想して待っていたからである。

続いて節子は、看護学校に続き助産婦学校まで4年もの間
経済的支援を受けた感謝の言葉を述べて両親に頭を下げた。
そして神前で、2人だけの結婚式をあげる予定であると告げた。
披露宴もしない。花嫁道具は要らないと伝えた。
父親は、
「 そうな…… 」
と淋しそうであった。母親は涙ぐんでいた。

節子が学んでいた4年間、両親の経済状態は最悪であった。
伯父の末子ばっしが就職した時
節子の父親は、身元保証人となっていた。
そのスソッ子が、職場での使い込みをして解雇された。
かなりの使い込み額であったが、節子の父親は、親戚から縄付きを出したくないといって、その負債を全部被った。
預貯金と株の売却などをして返済をしたが、まだ、高額の負債が残った。
困り果てた両親は、伝手つてを頼り、弁護士に相談した。
弁護士の働きで、残額は当人が生涯かけて償うことで決着をみた。

その後、僅か数年で、世の中の景気が好転した。
節子の父親の給料が上がった。
そして弟と妹は職を得て家を出た。
やっと両親は、暮らしにゆとりができる状態となっていた。
これまでの慣習に従い、タンス長持ちなどを注文して、
その中を晴れ着で満たし
文金高島田に装った長女を自宅から送りだす心積もりでいた。
「 タンスなどは、後で、自分でゆっくり調えます 」
という節子の言葉に
父親は、また、
「 そうな…… 」と言った。

それから6ヶ月後、松田吾郎と多川節子は
諏訪神社で2人だけの結婚式を挙げた。
節子は世間並みの結婚式と披露宴を望まなかった。
松田は、節子の両親に配慮して親族だけの披露の宴を持つことを提案したが
節子は、むしろ、豪華な松田と林華子の結婚披露宴を思い出させるものは
避けたいと思った。
節子は失意の中で松田吾郎の結婚披露宴の模様を聞いたのである。
節子の思いを松田は受け入れた。
松田の思い、節子の思いと、それぞれにほろ苦い。
回り道をして、やっと出発点に戻り、結婚することになったのである。
松田と節子の長い関係を周囲の仲間は承知している。
2人は新居に移った時
連名で友人や知人に住所変更通知をすることにした。

2人だけの式を挙げたその後
諏訪神社近くの池田写真館で記念の写真を撮った。
これは、松田が是非、残しておきたい、と強く望んだ。
節子の衣装は成人式で着用した黒のスーツ。
これは20歳の時、両親が、近くの洋装店に注文して
作ってくれたものである。
振袖の代わりに、やりくり算段して、注文した服である。
中着は絹のジレー。パールのネックレスが添えられた。
( これが私には最高の花嫁衣装。お父さん、お母さんありがとう )
松田も黒のスーツ、絹の黄白のネクタイといった装いである。
池田写真館には山下先生と船山院長から祝いの花束が届けられていた。

2人の新居は、東西医科大学の近くに松田が借家を用意した。
松田は、林 華子についてはその後も、黙して語らず、を貫いた。
節子も小学4年の担任の林華子先生のことを胸中にしまい込むことにした。
黄砂の舞う春嵐を潜り抜けた後には
それぞれに胸の底には秘めた思いが沈殿している。
その思いをわざわざ話すことでもない。

慌ただしく助産婦学校の講師就任に伴う諸手続きを進めていると
松田が戸籍謄本を差し出した。
「 要るよね 」
いずれこの日が来ることを承知して前もって用意していたようだ。
節子は一呼吸置いて
( 本籍は長崎県の五島か…… )
と、こわごわ戸籍謄本を広げた。
そこには、どこを探しても、松田の結婚歴の記載がなかった。
驚いて顔を上げ、松田を見た。
松田は、すまなさそうな表情をして、
「 待たせたね 」
と言って頭を下げた。
( 信じて待っていてよかった…… )
節子の両の眼に涙が膨れ上がった。



多川節子と松田吾郎の「春嵐」はこれでおしまいである。
覚悟の再出発をした2人の身に、続いて喜びの波が襲来することになる。

如何なる波乱が待ち受けているやら
付け足しの最終章をどうぞご覧ください。



次回 「 春嵐 #12 」 最終章 松田吾郎の在外研究 へ続く……

著:田嶋 静  Tajima Shizuka
【オリジナル小説】「春嵐 #11」終章 松田吾郎と多川節子の結婚【終わり】

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