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サンライズカラー①

四楽八楽、七転び寝起きで大切な試験準備期間を消化しかけていた。
「学ぶために生きると書いて学生なのだ。今のお前は何者だ?」と月並みな自問で自尊をくすぐるものの「ぼくはぼくでーす。それ以上でも、それ以下でも、ましてや、それ以外でもないのですよ。すまみせーん」と前頭葉は舐めた態度で怠惰を決め込んでいる。
口を流れる緩い甘みと迫真を絵に描いた映画くさい演技は、リビングソファに深く腰掛ける僕を寝かしつけた。

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悲鳴にも近い女の怒声で飛び起きた。
「あんた大学にいくらかかってると思ってるの!!!」
数十分雷に打たれた後、引きずられるように二階へ連れられ自室に放り込まれた。
だが、こんなことでやる気が出れば苦労はない。然るべき折にやる気をコントロール出来るほど僕は器用ではないのだ。
最初の五分くらいは気合いで以って獣医解剖学Ⅱに齧り付いたが、長くは続かず僕は木目調の天板に頬擦りを始めた。

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なまった身体を伸ばした時、皺という皺、隙間という隙間に埃が詰まったウルトラマン人形が目についた。僕はほとんど無意識で引き出しから綿棒を拾い上げ、お餅のような綿体を器用に使って赤と銀白の身体をゆっくりと撫で回した。
しばらくして、ほとんどの埃は取り去ったが、どうしても第四指腔に挟まる埃が取れなかった。代打でルーズリーフのこよりを起用してみたけれど、先がへなってよろしくない。ホチキスの芯やコンパスの針先はソフトビニールを傷つけてしまいそうで、あくまで想定に留めておいた。
この難題に頭を悩ませていると、スマホから丸っこい通知音が三回鳴った。


「暇?」

「飲み行こ」

「横浜」

悪友に名高い進くんからの連絡だった。
僕の前頭葉は大切なことに気がついた。
人生は極彩色であるべきなんだ。目の前に広がるのが茶、赤、銀白だけじゃあ味気ない。欲と自由とご機嫌のために生きる我々は、人間だ。
僕はしゅわっちと言ってウルトラマンをシングルベッドへ放り投げ、月明かり差す窓から飛び降りた。奇想天外な色彩を纏った透明のクロックスを庭先で拝借し、繁華街へ向かった。

これから長く険しい人生を頑張れます